2: ヒッチハイク ユトレヒトこのエントリをはてなブックマークに登録

2:ユトレヒ

すぐ車は捕まった。
速度制限のないアウトバーンは快適でわずか2時間余りでハノーバーに着いた。

途中降ろされた場所はカーブになった合流地点で見晴らしが悪いうえに車が止まるスペースがなかった。
ヒッチのやれそうな場所を求めてアウトバーンの中に入って行った。
ほとんどの車が100キロ以上で走っていた。
これはむずかしい。
その気になっても、ブレーキを踏むのに躊躇する。
 
1時間後、パトカーが止まった。
ソーセージを口にほ張った方が、ケチャップを右上唇につけたまま、乗れ、と目で合図した。
運転している方は耳を覆いたくなるような鶏声だ。
「あそこじゃあ無理。
止まるのはよっぽどの奴だ。
、下痢気味とかよ。
ヤーパン(日本人)?
重そうなリュックだな、米持ち歩いてんのか?
どこ行くんだ?」
アムステルダム
「俺も行きてえな。もう二年ご無沙汰だ。
パラジッソとファンタジオって名の旅人専用の安宿がある、そこに行くといい。
今ヒッチしやすい所に連れてってやるよ」

降ろされた所に、ヒッチハイカーが4人いた。
「運がいいな、4人だけか」
ケチャップがソーセージを食べ終えた。
「アウトバーンの中ヒッチやるなよ」

ハイカーは2人減って40分が経った。

一台の車が二人を通りすぎて俺の前で止まった。
40前後の人を食ったような赤ら顔が窓から出てきた、オリーブオイルでなでつけた髪が光っている。
リュックの日の丸ワッペンを不思議そうに見ている。

「免許証なんかどうでもいい運転できるか?。
運転さえしてくれればいいんだ」
車はくたびれた古いプジョーだ。
お仕置きを受けた傷が数か所見える。

「運ちゃん、ベルビエルスまで頼もうかな?」
「地図でどこにあるか教えていただけますか?」
「地図じゃあわからんよ」
アムステルダムの方向ですか」
知らんぷりして外を眺めている。

ガソリンスタンドで聞くと、アムスの方角ではなかった。
オリーブオイルは後部座席で酒を飲んでいる。
途中、ヒッチハイカーを見かけてはスピードを落とした。
今度も通りすぎた。
唾が飛んできた。
「止まれ!」 
ハイカーは女性だ。
おやじは後部座席に誘った。
ドイツ語を理解できない、間抜けな東洋の雇われ運転手の出番はない。  

ドルトムント近くで路肩に止めた。
荷物を持って降りると、ドイツ語で何か喚いた。
ボディを叩いて怒っている。
「おやじさん、ダンケ・シェーン!アウフ・ヴィダーゼン!」


目の前でBMWが止まった。
ドライバーは眼鏡をかけ、髪は五分刈りに近い。
白いものが混ざった顎鬚と口髭は伸ばし放題で、ジーパンに薄茶のワークブーツを履いている。
ブルーに白とピンクのストライプシャツの上にブルーのブレザーを着ていた。
礼を言うと、ユトレヒト・、フレドリック、と手を差し出した。
不思議そうに俺の後ろを見ている。
誰かいるのだろうか、、
「ジャパニーズ、コージ。
ユトレヒト近くのハイウェイで降ろしてください」

それから一分もしないうちに辺りが急に暗くなった。
強い風に雨が激しく落ちてきた。
それまで、誰かがお天とう様をなだめていたかのようだ。 
助かった。
目の前で親指が突き上がった。
ミスターFが微笑んでいる。
深海に横たわる地球の傷を治せないか、と苦悩しているような笑みだ。
手に異常を感じた、熱かった。

アーンヘムを過ぎてユトレヒトに達しようとしていた。
白地に赤くを眺めながら降りる用意をした。
そのとき日の丸ワッペンをなんとかしようと思った。

車がレンガ造りの二階建ての前に止まった。
玄関にカラフルな大きめのシャツを膝頭の辺りまで羽織った中年の女性が立っていた。
俺を見て頷いた。
「耕二、ここが家だ。泊まっていきなさい」
とミスターFは、家に入って行った 
彼女が笑みを浮かべ、エバ、と手を差し出した。
久しぶりに友人に会ったような感じがした。

彼女が二階客室まで案内してくれた。
なぜかしばらく家を留守にして帰ってきたような錯覚に陥っていた。
そこには「シャワーを浴びて、降りて行きます」
と言っている別の自分がいた。

ミスターFはブルーのフランネルのパジャマを着てソファに座っていた。
リラックスした様子で手巻きタバコ・サムソンを手に白ワインを飲んでいる。
エバさんはソファに座って、デッサン帳とにらめっこをしている。
さっぱりとした居間の片隅にいろんな物が置かれていた。
日本のお地蔵さんだろうか、ふっくらとした顔の像、パプアニューギニアの木製の顔、
象牙海岸の鳥が頭に乗っている手彫りのマスク、アステカの手足を縛られている囚人、
マヤの蟹の爪を持った人間、ペルーのナスカ以前の盃、古そうなバビロニアの小馬、
日本のつくね、モダンな形のシルバーフレームの鏡、ハーフムーンの目覚まし、器、ワイングラス、シャンペングラスも隅で輝いている。

エバさんが、「お腹空いている?」と聞いた。

シチューは旨かった、味のオンパレードだ。
三杯もお代わりした。
ガリガリに痩せていたので二人は不思議がった。
「美味いものなら腹がわめこうが泣こうが容赦しません。
極限まで食べます」
二人共、噴き出した。

食べ終えて動けなくなって居間のじゅうたんで大の字になった。
そのまま寝込んでしまったようだ。

意識がクリアになるにつれ、どこにいるのか、
恐くなってきた。金縛りになった。
動けない! 呼吸ができない!

ミスターFが右手で俺の額を触った。
全身の力が抜け、金縛りが消えた。
「旅の疲れが溜まってたね、バランスを保つために出した。
これからは余分な力や緊張をほぐせるようリラックスする方法を覚えると楽になる。
深呼吸を意識してね。
金縛りは精神の自由な遊びとも言える、普段は体も脳も同時に眠るから何も起きない。
今みたいなパニックに陥るのは体だけが先に眠ってしまったから意識はあせったんだ。
その間、意識は肉体から開放されて自由なんだよ」
金縛りが自由な遊び?
ミスターFは奇妙な人だ。  

ハーフムーンの形をした時計が目に入った、11時40分だった。
彼らはいつもなら床に入っている時間だろうか。
「もう遅いので先に休ませていただきます」
「耕二、もう少しここに居ないか?」
「今は不安でどこにいても落ち着けなくて動いているほうが楽なのです。
近いうちにこちらに住むつもりで来ますからその時はお願いします」
言葉が素直に出た。
「いつでも待ってるよ。
明日エバがハイウェイまで送って行く」

廊下の突きあたりの壁に小さな枠に入った顔写真があった。
ミスターFのお父さんだろうか?
髭、感じといいよく似ていた。

翌朝、キッチンにいたエバさんに、ミスターFは?と聞くと、隣の工房を指差した。
「邪魔じゃないでしょうか?」
「ええ、耕二が起きたら、来る様に、って」

納屋を改造した工房は、屋根が高く、小さな講堂のようだった。
窓から、ミスターFが一心不乱に土を捏ねている。 
ノックして入ると、おはよう、と言って作業を続けた。

許可をもらって、いろんな形をしたオブジェを見て回った。
彫刻、ブロンズ、木工、彫金、水彩、油絵、ガラス、ステンドグラス、シルクスクリーン、
乱雑に隅に立てかけてある。
靴、バッグ、食器、テーブル、椅子などの家具類も見えた。
好みの色はブルーのようだ。
でも、なぜ同じ色のブルーなんだろう。
それは、俺の知っているブルーと微妙に違った。
深夜人通りの途絶えたビルの立ち並ぶオフィス街を歩いているときに感じる、無機的なクールな音、”スー”と微かに唸る低い音になって入ってきた。
街の息遣いのようにも聞こえたが人間の介在は感じられない。

我に返ると、横にミスターFが立っていた。
「このブルーはどこから来たブルーですか?」
と尋ねようとした。
なんとなく生意気なようで思い止まった。
「耕二、知りたかったら自分で探せ」
とミスターFに言われたような気がした。
ミスターFはウィンクしていた。
なぜ理解できたのか不思議だった。

「これからどこへ行くの?」
「暮れまでヨーロッパでバイトします。
それから南米に渡り、
来年の今頃はニューヨークにいる予定です」
「暮れまでヨーロッパにいるの?」
「ええ、多分、アムステルダムチューリヒ辺りに」
「必ず来るのよ、待ってるわよ」
「はい、アムステルダムにバイトがあったらいつでも来れるけど。
でも、どうなるか」
「うん、先の話。あなたが自分の足で立とうとしているから、私たち、邪魔しないわ」

ミスターFの心に話しかけた。
「風と雨のお陰であなた達に会えたような変な気がします。また来ます。ありがとうございました」
「耕二、こうなるようになってたんだ、あの雨、風はね。
あの道路もどうして入ったのか分からないんだよ」
と言った。


車の中でエバさんに尋ねてみた。
「2階の廊下の写真はミスターFのお父さんですか?」
「パドレ・ピオよ。1年ほど前フレドリックは大きな交通事故に巻き込まれて医者に植物人間と宣告されたの。その3か月後、奇跡的に意識を取り戻したのよ。
彼の話では、その前日、枕元にイタリアの神父さん、パドレ・ピオが現れて何度か自分をグノー神父と呼んだんですって。
フレドリックはグノー神父が何者なのかヨーロッパ中を調べ回っているの。
今回もそのことで仏に行ってたのよ。
パドレ・ピオは2年ほど前に他界しているのに、、今でも彼のお祈りで救われている人が世界中にたくさんいるのよ。
フレドリックの調べたところでは、1918年、パドレ・ピオが礼拝堂で祈っていると突然キリストが現われて彼に光の矢を投げて失神させたらしいの。
しばらくして意識が戻ると、両手、両足、左脇腹の五箇所が焼けたように爛れていて血が流れていたらしいわ。
それ以来、パドレ・ピオはヒーリングパワーを持つようになったんですって。
1968年に亡くなるまでの50年間、その傷から数日間にコップ一杯分にもなる血が流れ続けたらしいわ」
「ミスターFの作品の、あのブルーは今のと?」
「耕二も気付いた。あのブルー、その事故からよ」

話に圧倒されていた。
エバさんの顔が目の前にあった。
とっくにハイウェイに着いていたようだ。
彼女が何やらダッシュボードから取り出した。
「お腹が空いたら食べてね。
フレドリックも好きな、エバのフライドライス」

彼女が走り去った方向を眺めていた。
何か大切なものを忘れてきたような感覚が残っていた。



その頃、チャックとロバートは、
スペイン・バルセロナからフェリーでイビサ島のエイビサに着いた。
この島は、ヨーロッパ・ヒッピー、アーティストのメッカで旅行者も多く、しばらく身を隠くすには打ってつけの所だった。


 五:  アムステルダム。 

 
エバさんと別れて、すぐ車が止まった。
中は灰色だ。
貧乏揺すりがひどい。
タバコをくわえ、足が交互に跳ねている。
いや、全身だ、タバコも。

「時間があるんで好きなとこに降ろすよ」
アムステルダム市駅まで頼んだ。
市内に入って、雲息が怪しい。
渋滞だ。事故だろうか。
5円硬貨をプレゼントして降りた。

犬の糞を踏んづけそうになった。
「、、運転してるときはテンポの早いロックは聴かないほうが、、」
「よく言われるよ。
揺すると事故らんのよ。
わかる?」

駅に向かった。
渋滞の原因は事故じゃないようだ。
若者が恐い顔をして走ってきた。
「お巡りがダム・スクェア(ダム広場)にたむろしてる
ヒッピーたちを追ん出そうと放水して追っかけまわしてんだ!
逃げてっとこさ。
おまえも小突かれるぞ、そのなりじゃ!
先は行かないほうがいいぜ!」
なんて街だ、ここは、
犬の糞とヒッピーのか。

若者の群れが大声でわめきながら走って来た。
「逃げろー、逃げろー、お巡りだ!
お巡りだ!
みんな逃げろ!」
 
しかたなく俺も一緒に走った。
鶏声が教えてくれたパラジッソかファンタジオを探すことにした。
一緒に走っている髭もじゃのヒッピーに尋ねた。
「パラジッソに行きたいんだ?」
「そこにいる。
少し遠いけど探すのそんなに難しくないよ。
地図持ってる?
連れてけたらな。
友達とはぐれちまって心配でな」

パラジッソは、ダム・スクェアから4.50分程、
歩いたローゼングラヒト通りにあった。
講堂のような五階建ての大きな古ぼけたビルだった。
入り口がわからない。

隣接した空き地を囲った、朽ち果てた塀から男が出てきた。
イラストの入ったサイケ調のTシャツを着ている。
ヘアバンドをしたお釈迦さんとモハメッド、
キリスト達がロックバンドを結成したようだ。

「ウェルカム、パラジッソ(天国)へ」
顔を凝視していたようだ。
「どこかで会ったかな?」
「ストックホルムにいたことは?」
出任せを言った。
予期せぬ答えが勢いよく返ってきた。
「ストックホルから昨日帰ってきたところだ。
ジャパニーズ?
もしかしてストックでロバート・スコットというアメリカ人に会ったことないか?」
会ったことがない、
と言うと、ひどくがっかりした。

パラジッソに入ると、適当に学校の机を、
15、6個並べて囲った受付があった。
後ろの棚に、バック・パック、リュックが並んでいる。
「泊まりたいんだけど?」
囲いの中にいた、180センチはありそうな女性に尋ねた。
「1日、2ギルダーよ」
「安いな。頼むよ」
「貴重品預かるとこないから自分で管理してね。
ここには規則ってものはないから責任持って行動して。
ここにいる若者はビューティフルよ。
何も起こってないわ。
バック・パックはこの後ろに置いてね。
ここだと誰かいるから安全よ。
みんな寝袋だけ持って行ってるわ。
それぐらい、、、かな、、、私、ネロ」
「耕二。
よろしく。
ここは誰が経営してるの?」
「はっきりとは知らないけど市が関わってるみたいよ」 
市だって、事実ならすげぇ街だ。
彼女が行こうとしたので部屋の番号を尋ねた。
「そんなもんないわ、1階以外なら屋根でも」
「天国(パラジッソ)には部屋の番号がないんだ?」
誰があんたに教えるもんですか、って笑みが返ってきた。

後ろの棚に白地に赤くを置いて、その、どこでもいい寝場所を探しに行った。
各階が体育館の広さだ。
それぞれの階に無数のマットレスが乱雑に横たわり、上で寝袋・蓑虫がうごめいている。
ヒッピーのユースホステルがあるなんて。

適当に寝袋を放り投げ1階まで降りてきた。

受付の反対側からボリューム一杯に音がうなっていた。
蝋燭の炎と一緒に15、6人の狂人が揺れている。
まるで別世界だ。

ダムスクェアに向かった。
髮長族、リュックを背負った若者、
それに犬の糞だらけだ。
昨日、マラソン中、なんとなく臭かった。
パラジッソ尋ねた彼が踏んづけたな、
と思っていたら俺だった。
天国の入り口でぶつかりそうになった若者が鼻をつまんだ
「BULLSHIT(牛の糞)?DOGSHIT?(犬の糞)」
犬をまだ見ていない。
犬のじゃないのか?

通りではサイケデリックなポスターがビルの壁をにぎわしている。
来週ビーチ・ボーイズがコンサートをやるようだ。
アムスに、真新しい鼓動を感じた。
燃料は若者の熱気と犬の糞だ。

日本を出るとき不安だった。
リュックに、白地に赤く、を付けた。
も少し何かが必要だった。
髪を二分刈りにした。
不思議なもので少し落ち着いた。
いつのまにか首の辺りまで伸びていた。 

ダム広場にあっけなく着いたので拍子抜けした。
ここが騒動の起点だ、と言っていたのに。
午前中は追い駆けっこやって昼過ぎに止めるのか?
ここならそれもありそうだ。

広場ではMungo Jerry(モンゴ・ジェリー)の
「IN THE SUMMERTIME」の曲に合わせて4〜5人が踊っている。

翌日、オールド・チャーチのチャイニーズレストランで、犬の糞、いや、昨日のヒッピーに声をかけられた。
「俺、ジェームス。
今どこにいる?」
「耕二。
パラジッソだよ」
「おかしいな、会わないな。
何階?」
「4階のど真ん中」
「2階だから会わないわけだ。
どうアムスは?」
「バイトがあったら住みたいね。
ジェームスは?」
「ここに来て2か月。
そろそろカタロニア(スペイン北東)の姉貴の所に行こうかと思ってる。
それからブエノスアイレスに帰る」
「アルゼンチンから?」
「ロンドンに一年いた。
スペイン語訛りの英語の普及にね」

彼の顔は、長髪、髭、顎髯で覆われていた。
眼鏡を掛けていたので素顔が見えない。

出会った日にダム・スクェアで何があったのか聞いた。
「野宿しているヒッピーを排除しようとポリスが放水したんだ。
みんなで抗議したら追っかけてきた。
それだけ。
ゲームでたまにあんだ。
ポリスも刺激が必要なんだ」

別世界へ行った。
光に教わった、Rare Earth、Black Sabbath、Ten Years After、Grand Funk Railroad、Guess Who、Trafficなどのロックがかかった。

いきなり蝋燭の光が連続して飛んできた。
目の前で線香花火をやっているようだ。
能面かぶって踊ってる。
あれ、呼んでる、俺を?
「あんた。どこから来たのん?」
「ジャパン」
「それって、火星のどこあたり?」
「、、、、、」
「私の髪、どう?2mあん..よ。
でもこれ.私の..じゃないの。
家に猫ちゃん..10人と住んでるの。
みんなこの..髪にくるまって..寝んの、最高よ。
みんな..に役割が.あって、ごろごろの..目覚まし..やさんとか、あなた、大丈夫?]
耳をつんざくような音の洪水で聞き取れない。
「えっ、何、何が大丈夫かって?」

大丈夫はそっちだろうが?
すぐ横で数人の男が牛と鳥になっている。

「おい、姉ちゃん、俺の踊りわかるか?」
「私としちゃあ.そう.簡単に.わかっ.てもらいたくない。その質問に.は.答えたくない.」
「俺が聞いてん、、、だろう、、、が?
その右手はヘアバンドかな?
あっ、わかった!
鳥の翼だな」
「いい線いってるけど、まだ、もうちょいが足りない。
いい、よく聞いて!
これは.ジーザス・クライストが.私を選んで.
つけてくれた傷があるんで隠してんの!」
「ジーザス・クライスト?
何言っているんだ」
「ねぇ中性!あたいの.靴踏まないでよ.
これシャネルよ.高かったんだから!」
「わ.たしの.髪の毛.触らない.で。
ねえ、わかる?
.喜びの踊りを振りつけてるとこ.
あなた.なんか.シッダルサみたいね」
「おまえどっから来た.
インドネシアか?.
アメリカン・インディアンみたいだな。
おい、あんちゃん!
この姉ちゃんに何飲ましたか教えてくんねぇか.ここじゃ手に入んねぇんだろうな。
インディアンのか?.
金は払うぜ.おしえてくん.、、、、
もしかして、おめえジャパニーズじゃねえだろうな.
親父がひでえめにアッてんだ.ジャパニーズによ.
戦争中に.わかるか?おめえ」
「..いいから私に聞いて.キリストと.シッダルサも.来たのよ」
「何言ってんだ.
おめえは.男女(おとこおんな)のなりしやがって.
俺が話してんだよ..
このジョップによ.
キリストなんざ.どうでもいいんだ!」  
「ねぇ押さないでよ!
.唐変木!
社会の窓.なんか.開けて.
閉め.とき.なさいよ」  
「何だとこの尼,髪長お化けめ!
カリフラワーみてぇな.頭しゃがって!
.でけえ爆弾が落ちたろうがヒロコ、、?
ヒロナガか.ちょい違うな
.アトム.よ、、原爆よ」
「アトム..原爆..聞いた.聞いた..知ってる!
絶対に許せない。
キリスト様怒ってた…ヒロシキ.とナガシキ.
なんで覚.えてないの!
常識よ!
人間の義務よ!
あんたは人間じゃない!!」
「ありがとうよ.カリフラワー!
.いいか.横から口出.すんじゃねえ!
黙ってろ!.
その.ナガシキの.収容所でよ.ジャップがよ.」
「キリスト様をあなた.なんて言った?」
「うるせえな!
男女(おとこおんな)!
.このジャップに話があんだよ!」
「わたしは.一番弟子よ!」
「親父がよ.ジャップに.ひでえことされたんだ.ナガシキで」
「さあ、いまからでも.遅くナイ.悔い改めろ!」
「うるせぇ!!」

ハイメが座っているテーブルに戻った。
「耕二、何やってた?」
「あの髪の長い彼女が呼んだからさ。
何を話しているのかとんちんかんぷんさ。
まともに話せない。
みんな気が狂ってるんじゃないの?」
「わからなかった?
ドラッグだ。
相手にするな。
疲れるだけだ。
明後日、出るんで俺はこれからファンタジオの友達に会いに行くよ」
「明後日、出る?
来年の一月頃、南米に行く予定なんだ。
連絡してもいいかな?」
「ほんとうか?歓迎するよ」


ネイヴィのポロシャツに
オリーブ色のチノパンツをはいた男が入ってきた。
見回している。
あの宗教バンドのマネージャーだ。
こにには泊まっていないようだ。
「やあ、覚えてる。昨日?」
「ええ」
「時間あるかな」
「ええ」
「昨日尋ねたロバート・スコットのことなんだ。
背の高い奴だ。
ガムラブロによく出入りしてたらしい」
「ガムラブロに行ったことは?」
「Rockただで聞けるのでよく行ってました」
「ストックにどのくらい居たのかな?」
「4か月ぐらいです」
「ジャパニーズだよね。
ベ平連は知ってる?」
「はい」
「ベ平連と関係あるのかな?」
「ありません。ロバートはベトナムに?」
エドワードが頭をよぎった。
「ベ平連の助けでスウェーデンに来た。
差し支えなかったら、これからの予定聞けないかな。
おう、申し訳ない。自己紹介忘れてた。
シャーキー・マーフィ。
ワシントンから来た。
君は、、、」
「耕二です。
これから南に下って南米に行きます」
「じゃあ、頼み聞いてくれないかな?」
「ええ、事情によっては」
「そうだね。頼むからにゃ事情を話すのが礼儀だな。
3か月ほど前、ストックにいるって手紙をもらった。
国には帰れんし、ストックはおもしろくないんでこの冬カナダに行くと、書いてあった。

彼の家族に不幸があってね。
どうしても居所が知りたいんだ。
ガールフレンドも知らない。
最後に会ったのは7月終わりらしい。
アムスに何度か行ってた、と言ったんで来たんだが、
何も出てこない。

手ぶらで帰るのもしゃくでね。
旅の途中、もし彼に出会ったら俺が捜してたって伝えて欲しいんだ。
どうかな?
頼めないかな?」
「そういうことなら」
「ありがとう。
これは2年前の写真。
右の耳たぶに小指の爪ほどのほくろがある。
身長6.5フィート、cmだと約190センチぐらいかな。
体重は180パウンドだから約80キロ。
サイズはミーディアム。歳は24」

あどけない顔が笑っていた。
映画「イージー・ライダー」のCaptain America役のピーター・フォンダそっくりだ。
「国が近い南米に行く可能性がある。
これが私の名刺だ。
手がかりがあったらなんでもいいから名刺の電話番号にコレクトで頼むよ。
居所がわかったら1000$払うから」


ダム近くのマジックバス発着場でハイメを見送った。
金がやばい。
400そこそこしかない。
翌日、バイト探しに出かけた。
レストラン、ホテル、手当たり次第に聞いて回った。
労働許可証がないのですべて断られた。
次の日も7、8軒トライした。
マネージャーが休みなので明日来てくれ、
と言われたホテルが唯一残った。
角さんと光に生意気なことを言った自分はいなかった。

翌朝、そのホテルに行った。
ダムスクェアから2、3ブロック南に下った、
アムバサダ・ホテルのレストランだ。

「今からやれるか」と聞かれた。
朝の11時から夜10時まで、1時間の休憩のみ、
立ち尽くめだった。
棒になった足をひきずってサブ・マネージャーの所ヘ行った。
「どうでした?
今日暇だったので楽でしょう。
バイト料、時間、2ギルダーです。
朝10時から夜10時まで、
1時間の休憩を除いて11時間で22ギルダー。
それから食費2ギルダーを引くので、20ギルダー。
これでOKですか?」
チューリヒへ向かった。




六:  チュウーリヒ.


ハイウェイに出た。
車がユトレヒトを通るならミスターFの所に寄るつもりだった。
残念ながらロッテルダム行きだ。
その後、2台の車をヒッチしてアントワープまで来た。
橋桁の下で野宿した。

翌早朝、運良く一発でマストリッヒ行きの車に拾われた。
その後すぐケルン行きのトラックに拾われた。
ケルンだと遠回りになるので手前のドーレンで降りた。
まだ5時前だ。
途中から小雨が降ったりやんだりの嫌な天気だ。
2台の車を乗り継いでマインツの手前10キロ辺りまで来た。蒸し暑い。

9時を過ぎていた。
お天とう様はどっちにしようかまだ決めかねている。
フランクフルトまで5,60キロの距離だったので続けることにした。
こんな天気で野宿なんかしたくない。

30分後、アウデイに拾われた。
フランクフルトに向かっている、と言った。
疲れが飛んだ。
今朝アントワープを出発してここまでの距離が約600キロ、新記録、達成だ。
ドライバーの顎髯と口髭が約1cmの幅で書いたように繋がっている。
ネイヴィグリーンのシャツに、グレイのVネック、プルオーバーのセーターを着ている。
ズボンが赤のコーデロイで靴も赤だ。
色は然ることながら、横にいるだけで汗が出てきた。 

10分ほどして本を差し出した。
「興味あるか?」
若者が裸で手を繋いでいる。
「興味ない」
気分を害したのか低く咳払いした。
お天とう様は決心したようだ。外は霧雨だ。
車が路肩に止まった。
前を向いたまま言った。
「降りてくれ」

夕暮れも店閉まいだ。
見渡しても雨をしのげるような所は見当たらない。
ただ濡れた道路だけが、灯を浴びて息づいている。
白地に赤くからアノラックを取り出した。
10時になろうとしていた。
たいして乗っていなかった。
路肩から少し離れて歩き出した。
白地に赤くがひどく重い。

1時間が経った。
雨宿りできるような場所はない。
リュックの重さが肩に食い込んだ。
アウディが頭から抜けない。
悲しかった、リュックの重さより。

車が急ブーレーキをかけた。
40〜50m横滑りしながらスピンした。
ああ、、、なんとか止まった。
今にも壊れそうな古いシトロエンだ。
「どこ行くんだ?」
何事もなかったように言う。
何だ。、こいつは、
死んでいたかもしれないのに。
「大丈夫か!」
髮長の若いカップルだ。
「ああ、もちよ。
乗れよ。この雨、この時間で散歩のわけねぇだろう」
「パウロ、あれじゃない?
世界一周徒歩旅行とか、、、」
「そうなのか、何だ、そうなら止まって損した」
「違う!違うよ!
何言ってんだ!、
ヒッチしてんだ!」 
「分かってるわよ、冗談。
あなた、その赤い太陽のマーク、、、ジャパニーズ?」
「そう。
どこに向かってる?」
「どこに行きたいの?」
「どこに行きたいの、、、、、って。
連れてってくれるの?」
「ええ、車で行けるらどこでもいいわよ」
二人で笑っている。
何だ、、彼等は。
チューリヒに向かってるんだ」
「いいわよ。
連れてってあげる。
夜通し走るわよ。
私、ハイディ、僕、パウロ。
そっちは?」
「耕二、よろしく」
アムステルダムからの帰りらしい。
「学生で春先から5か月間住んでいた」と言った。
彼らはオープンで自由で純粋だった、しかも底なしだ。

夜通し走った。
早朝、スイス国境が見えてきた。
パウロが仏語で国境の係官と話していた。
その後、別の係官とイタリア語で話し出した。
「パパはイタリア人、
ママがフランス系スイス人だからイタリア語とフランス語だろう。
スイスはドイツにも接しているから、この3っは母国語」

ユースまで送ってくれた。
彼等がどこに向かっているのか、さっぱりわからない。
「ここから、どこに行くの?
俺のために来たのなら申し訳ないんだ。
頼むよ。教えてくれ」
「耕二、ここだよ」
「ええ、それはないだろう?」
「あるのよ」
ハイディが念を押すように言った。

電話番号をもらって別れた。
何だ!あいつら、、、。
アウディの嫌な思いをきれいに掃除してくれた。
ありがとう。

街に出た。
広いリマット川を挟んでオールドタウンがあった。
さしずめ(ストックホルム+ベルリン+アムステルダム)÷三−犬の糞=チューリヒだ。
2週間余りの出来事を整理しようとした。
無理だった。
流れに身を任しているのに溺れそうだ。
そろそろ光もストックを出る頃だ。
NYで再会できるのだろうか。

前日、オールドタウンで見つけた
「BLOW UP」という名のパブ兼喫茶店に行った。
M・ Antonioniの映画タイトルと同じだ。

James Gang、J・Airplaneなどのロックと J Coltrane,Miles、E Dolphy等がかかっていた。
壁に1m大のビートルズの写真があった。
「彼らのハンブルグ時代に、ここまで足を伸ばして来たことがあるんだ。
あれは、ここでライブやったときの写真だ」
バーテンダーが誇らしげに言った。
そこには、リンゴスターを除く三人と別の顔があった。

おかしい。
今日はジミヘンしかかからない。
「今日、ジャズかけないの?」
「知らないのか、ジミー・ヘンドリックス、
昨日ロンドンで亡くなったんだ。
今日はヘンドリックスしかかけないよ」
「亡くなった!
どうして!」
「ドラッグだろう」
怒ったように吐き捨てた。
ジミヘンの車にはブレーキがなかったんだ。
へラルド・トリビューに、
「原因不明、睡眠薬による窒息死か」とあった。

ウッドストックで、最後に出てきた。
午前0時の予定が9時間遅れてしまった。
既に客の大半は去っていた。
残っていた、疲れはてた若者がジミーを野次っている。
「Well, why don't you all go home,if you don't want to listen to this , I'm just trying to find something here」
「聴きたくなかったら家に帰れよ。
俺は、ここで探 してるもんがあんだ」

Star Spangled Bannerが、行く末を暗示した戦場に響いた。
ぼろぼろの寝袋、段ボール、新聞、空缶、
シャツ、服、靴、木片、ゴミ、壊れた椅子、
ずたずたに裂かれたテント、泥、
反吐にまみれたがらくたの海に向かって、、、
ジミーは弾いた。 
ビートニック・カルチャーの終焉を感じた。

バイトを探すことにした。
久し振りにパウロに電話した。
ジミヘンの死にショックを受けていた。
「耕二、バイト探し手伝う。
新聞に職業紹介所が載ってる。
可能性がありそうな所を書き出しておくから、
明日、10時頃電話をくれないか?」
「ビザのない旅行者が行っていいのか?」
「可能性、自分で閉めるなよ。
情報ある所に当たるのがベストだろうが」

パウロが教えてくれた、駅近くのルーウェン・シュートラゼにある紹介所へ行った。
「皿洗いのバイトを探しています。
ここで働けるビザは持っていません。
どうか仕事、紹介していただきませんか?」

翌朝、トラム(路面電車)でチューリヒバーグを目指した。
紹介されたレストランの名はメーヴェンピック、市内から北北東、約15キロの郊外にあった。




11月初め、チャックとロバートはツアー旅行で帰国する英人に紛れて、イビサ島からロンドン・ヒースロー空港に降り立った。

アールスコートのインド人が経営するB&B(Bed&Breakfast)に泊まって、ダラスに住む元大佐との接触を試みた。
3日目に繋がった。
チャックの存在を悟られたくなかったのでロバートが受話器を取った。
「グレン大佐か?」
「誰だ?」
「あんたを探すの苦労したぜ」
「誰だ!おまえは!」
「ティムだ。あんたの部下だったティム・ロビン。忘れたのか」
「ティム・ロビン?そんな名前は知らん」
「思い出したくもない名前は忘れるって訳か。
あんたに殺されたティムだよ!
ベトナムのジャングルでな」
「一体何のことだ。
切るぞ!」
「ティムから手紙もらってな。
中に興味深いもんが入ってた。100万$と交換したい」
「何だと!
何を言ってる?」
「サンプルと楽しい会合場所の地図送るからそれ見て決めな。現金で、100$万用意しとけ。
パーティは12月17日だ。
場所は地図見て判断しな。
現れなかったらすべて公表する。
大騒ぎになるな」
「寝惚けたことを!
おまえは馬鹿か、何に100万$払う?
いい加減にしろ!
おまえの名前は!」
「ティムって言っただろうが。
17日に待ってる」

取り引き後の脱出に頭を痛めた。
サッカー好きのチャックが解決した。
会合場所はスペイン、マドリッドのベルナベウ・スタジアム内のコーヒーショップだ。
17日のバルセロナ戦、数万の観客に紛れ込むことにした。
 

11月半ば、2枚の写真と1枚のサッカー観戦の切符がロンドンから大佐の元に届いた。
ベトナム従軍中、カンボジアへ密かに行ったとき、
部下のティム・ロビンが撮影したパーティの写真だった。
ティムの挙動に不審を抱いてジャングルで始末した。
処分したフィルムはすり替えられていた。
部下を動員してティム・ロビンの周辺を調べた。

12月初め、ティムの出身地とベトナム脱走兵をふるいにかけた。
それらしき男が浮かんできた。
その人物の写真とおおよそのバックグラウンドを入手した。
その男には右の耳たぶにほくろがあった。
ボブ・レノンに、ヨーロッパへ行って男を探すよう、命じた。


12月3日に出ることにした。
パウロ、ハイディが市内のレストランで送別会をしてくれた。
パウロが船乗り用の頑丈な分厚い麻でできたバッフルバッグを俺に差し出した。

白地に赤くから解放される。
でも、自分の足で立てるのかまだ自信がなかった



七:  バルセロナ.  


さすがに12月は寒い。
古着屋で仕入れたアーミーコートとセーターを着込んでハイウェイに立った。
肩まで伸びた長髪、着膨れで体は風船、
まるでアルプスの雪男だ。
俺が運転手なら乗せない。

昨日、金をチェックしたら800$ちょっとあった。
日本を出てから8か月間で6か月以上働いていた。
旅をしたのはたった1か月。
まるで出稼ぎだ。
スペインへはなるべく仏領を通らないコースを選んだ。
今まで遭った仏人が悪かった。
俺の英語に仏語で返してきた。他国の人には英語で答えているのに。

それにしても寒い、もう2時間以上立っていた。
小便をしていたらバスが見えたので少し高い位置に移動した。パウロのバッグ目指して流れている。
とっさに動いた。
靴、ズボンにシャワーがかかった。
そこが凍った。

車が前方15mで止まった。
救出された。
靴、ズボンをバッグで隠して走った。

ブルーのサンダーバードで戦車のようだ。
真っ黄色のシャツに、
真っ青のブレザー姿の黒人の若者が座っている。
バッチリ決まっていた。

スペインに行く途中です。
下るならどこでも構いません。
乗せてください」
「とんでもない遠くに行くんだね。
乗んなよ、ブラザー。
2、3キロがんばってみる」

ジェシーと名乗った。
ゴールドのネックレス、ブレスレット、たくさんの指輪を身につけている。
それらが、顔、皮膚に反射し、踊っている。
ジュエリー関係の仕事でもしているのだろう。
歩く広告塔だ。

Aretha Franklinの「Chain of Fools」 が鳴っている。
「へい、ブラザー、どっから来てどこに消えようってんだい?」
「日本から来て南米に消えます」
「よっぽどおもしろいことあんだろうね、え?」
「この曲と同じで馬鹿なんですよ。
何やりたいのかさっぱりわからないし」
どすのきいた低い声が返ってきた。
「マン、てめえが馬鹿だとわかってるだけおまえさんはそうじゃねえってことだ。
だがな、自惚れるな。
ほとんど馬鹿との差はねえんだからな!」

下手なことを言うと、放り出されて轢かれそうだ。
スイスまで逃げてきたブラック・パンサー(黒人解放組織)にしては派手なので違うと思った。

ローザンヌで別れた。

スイスはヒッチが難しかった。
1時間たっても車を拾えない。
汽車に乗った。
運悪く仏のリヨンまでしかなかった。
ジュネーブ経由のリヨン行きを買った。

リヨンに翌早朝、着いた。
ニメスまでのチケットを買いに行くと、
駅員は俺の英語を理解してくれない。
仏語でブツブツ言っている。
観光案内所を探して発着の時間を紙に書いてもらった。
午前11時に出て夜の10時に着く便しかない。

駅員は、中年のアメリカ人と英語で話していた
リヨンなんか糞食らえ!
町に出る気になれなかった。
寒いプラットホームの椅子に2時間座っていた。
風邪を引いてしまった。
その夜はニメス駅近くの安宿に泊まった。

翌朝、体がだるかった。
無理して道路に出た。
早く仏を出たかった。
仏人の車にも乗りたくない。
そんなことが可能だろうか?
2時間待って駄目なら汽車に乗ろう。

頭をうなだれて地面に座っていた。
女性の明るい声が窓ガラス越しに響いた。
「スペインに行くところよ。
今日はペルピニヨンでキャンプの予定だけど明日バルセロナに行くわ。
よかったら乗らない?」
アダムとジェニー、父親が軍人で、ベルリンの大学に通っている、と言った。
ギターケースの上に、Jack・Kerouac(ケロウアック)の「On The Road」の本があった。

熱があった。
周りがぼやけてきた。
どこにいるのか、何をしているのか、この二人は誰だったっけと考える有り様だ。
谷底に逆さまに落ちていった。

体に毛布がかかっていた。
「キャンプ場に着いたわよ。相当疲れてたみたい。気持ち良さそうに寝てた」
「申し訳ない。とんでもないヒッチハイカーで」
「いいわよそんなこと。どう、サンドイッチ食べれる」
アダムが備え付けの木製のテーブルにサンドイッチを並べていた。
「よく眠れたか」
「ありがとう。5時間近くも寝ていたんだね。仏人の車じゃなかったからよく寝れた」
「仏人が嫌いか」
「親戚に仏人がいたらいい気持ちはしない」
仏人が英語を話してくれないのを説明した。
「ここはどこだ?仏語で答えられてもしようがないだろう。嫌なら勉強しな」

昨晩から何も食べていなかった。
ひどく腹が減っていた。
ジェニーが彼女の分までくれた。
信じられないな、って顔でアダムが見た。
俺をよく思っていないようだ。
野宿する場所を探しているとアダムがやって来た。
「何やってる?」
「野宿する場所を探してる」
「俺たちはテントがあるから、おまえは車で寝ろ」

翌朝、簡単な食事の後ハイウェイに出た。
曇り空で今にも雨が落ちてきそうだ。

夕方バルセロナに着いて、郊外のキャンプ場に向かう途中で落としてもらった。
「風邪、治ってから動かなきゃだめよ」
ジェニーがウィンクした。
「体、気をつけるようにな」
とアダムがとポーカーフェイスで言った。
普通に接してくれていたのだ。
俺が狭量だった。


ユースでシャワーを浴びて横になると完全に鼻孔がふさがった。
翌朝、船会社に向かった。
「12月21日に、リオ・デ・ジャネイロ、サン・パウロ、モンテビデオを経由してブエノス・アイレスに行く船があります。
到着予定は1月4日。
ポルトガルの港町ヴィゴから出港します」

通りは、ポリスがやけに目についた。
髪が肩を過ぎていたせいか、彼らの視線がきつい。
ここはヨーロッパなのだろうか。
「俺たちはスペイン人じゃなくカタロニア人だ。
スペインではフランコの悪口を言うな」、
ハイメが言っていた。
彼の両親は内戦後の抑圧、虐殺を逃れて、アルゼンチンに渡ったのだろうか。

ガウディのサグラダファミリアを見に行った。
鳥、木、鶏、人が見える。
この人はキリストか、聖書の世界だ。
ゴールド色をしたくにゃくにゃの塔は?
触覚、貝殻とか地中海の自然だ。
太陽が反射して色彩が飛び散っている。
建物の中も太陽の光でとんでもない世界を作っているのだろうか? 
扉が偶然、開いた。何もなかった。
がらんがらんだ。
壁も手つかずだ。
窓のようなものがある。
鳥、蝶、なんにでも見えた。
すぐ北にあるガウディが作った?作り中の子供の遊園地に行った。
未完成だ。
おとぎ話の世界だ。
錆が所々見える。
ほんとうにおとぎ話で終わりそうだ。
死後、40年以上が過ぎていた。
ガウディは生まれ変わってくるつもりだ。
 
掃除で部屋に入れなかった。
ロビーのベンチで横になった。
男に起こされた。
「マドリッドへ行く旅行者を探してる。
5$で行ける。
出発は明日の午後4時。
どうだ、空は1つ。
乗るなら迎えに来る」


チャックは大佐が既にロバートを割り出している、と推測した。
自分の存在も時間の問題だ。
誰にも頼れない。
文無しの旅行者を装ってマドリッドに行くことにした。
実際、文無しに近いのは事実だ。
サッカーのチケット3枚、ロンドンへの旅行、
そしてイビサ島の滞在費。
中古のおんぼろトラックを100$で仕入れたので手持ちの金は少なかった。
この俺が、、、金欠とは、、お笑いだ。
節約のため旅行者を集めた。
ガソリン代を負担してもらうことにした。
以前、NATO情報部にいたので金は工面できた。
しかし、ヨーロッパにいることを誰にも知られたくなかった。


ボブ・レノンは、ほくろの男を求めてロンドンからストックホルムに飛んだ。
ヒッピーの溜まり場、ガムラブロに何度か足を運んで情報を得ようとした。
蝋燭の明かりだけの、薄暗い、汚い所だった。
Bob Dylanと Beatlesが一曲もかからない。
いらいらした。
女を口説くとき数分、長く間を持たせるものでしかなかった名前に、2人との神秘的な繋がりを信じていた。
音楽に詳しいと自負していたのに知らない曲ばかりだ。
うるさいロックは嫌いだ。

ほくろの男については興味深い情報を得た。
7月末を最後に忽然と消えていた。
9月に、同じ男を探していた40前後のアメリカ人の存在も知った。
大佐に報告した。
「ほくろの男、ロバート・スコットが写真を送った主だと思いますね。
今もって行方知れず。
人付き合いはいいほうではなかったようですが、限られた友達、ガール・フレンドにも、何も残してません」
「仲間は?」
「ええ、彼に近い人間でいなくなったのは見当たりませんでした。一つ気がかりなことは、9月に、アメリカ人がロバートを探していたそうです」
「仲間ではないようだな。
その人物も調べろ。
これからマドリッドへ飛んで2人と合流しろ。
まだ取り引きまで10日ある。
サッカー場の下調べと奴の現れそうな場所をチェックしろ」


翌日、午後4時、トラックが現われた。
荷台に5人、うち2人がアメリカの女性で、
デンマーク、イタリア、ドイツだ。
みんながジャック(チャック)と呼んでいた運転手の助手席に、帽子をかぶった髭面の男が乗っていた。
ジャック(チャック)がまずガソリンスタンドに寄った。
5$集めながら言った。
「夜どおし走って早朝マドリッドだ。
みんな振り落とされないように注意してくれ」
ジャックの横の男は帽子を深くかぶり、降りようとも振り向こうともしなかった。

さあ出発だ!
風邪薬を飲んだ。
頭が違う道を歩き出した。

オブラートに包まれた観覧車に乗っている。
馴染みのない絞った音が、ぶるぶる、ぶるぶる、とオブラートを震わしていた。
燃え盛る炎の地中海色の夕日を浴び、
逃げ惑う排気ガス越しに見える
バルセロナの街が瞬時に戦場と化した。
家路に急ぐ人々、車、バス、すべてが
この煙にすくむ焼け跡から逃れようと必死に喘いでいる。
内戦だ。 

4時間後、ドライブインに停車した。
ジャック(チャック)の食事代を、出す、出さない、
でドイツとイタリアが文句を言った。

「飯代まで聞いてないぜ、俺はやだ!」
この二人、大戦と同じで変なとこで手を結ぶ。
残りの4人で出した。
「もう一人いるじゃないか、あんたの横の奴はどうなんだ。
あいつはガソリン代払ってんのか、え?」
イタリアがチャックに詰め寄った。
「彼は文無しなんだ。
そこんとこは勘弁しくれ」

独り離れて、遠くのテーブルに座っているチャックの連れに目をやった。
帽子をとっていた。
おや、右の耳たぶに黒い物が見える。
背格好は合っている。
なんとなく似ている。
彼のテーブルに向かった。
ガラス越しに暗闇を見ている。
ガラスに俺が映ったのか、いきなり傍らの帽子を鷲掴みしてかぶった。
間違いなく彼だ、ロバート・スコットだ。
急いで帽子をかぶったせいか、右の耳たぶから小指の爪ほどのほくろが覗いている。

「すいませんが、ロバート?あなたは、ロバート・スコット?という名では?」
俺を見ようともしなかった。
「あなたの家族に不幸があったので連絡するよう頼まれました。シャーキー・マーフィという人です。
心当たりないですか?」
「人違いだ。
俺の名はトレシー、トレーシー、デビス。
悪いが、そのスコット〜〜なんかじゃない」 
「へい、トレーシー!
少しこのポテトチップあげっからよ!」
ジャック(チャック)だ。
「悪かったなさっきは。
飯代も始めから言っときゃよかった。
断られそうで言えなかったんだ」

無礼を詫びて席に戻った。
なぜ嘘をついたのだろう。
 
11時を過ぎていた。
荷台はひどく寒かった。
眠れなかった。
寝袋で覆っても風が忍び込んでくる。
辺りは砂漠のようだ。
道路の両脇に黒い山のシルエットが浮かんでは消えていく。

突然、イタリアが大声で喚いた。
「ミ・ギターラ!ミギターラ!」
車の弾みで飛んでいった。
ジャックが路肩に停めた。
イタリアが駆けていった。
しばらくして罵る声とどぎつい不協和音が響いた。
「グヲガギューー!!!!」
真っ赤な顔でイタリアが戻ってきた。
ジャックに毒突いた。
「あのギター500$もしたんだ、この野郎!
どうしてくれんだ!
おまえが飛ばすからだろうが。
え!どうしてくれんだよ!」
 
イタリアが急に静かになった。
呻き声を出して前につんのめった。
トレーシーが担ぎあげて荷台に載せた。
月に照らされた顔は無表情で人形のようだ。

 真夜中、ガソリンを補給して、マドリッド目指した。

太陽の目覚めとともに無事マドリッドに着いた。
みんな土埃のシャワーを浴びていた。
顔は土色、髪の毛は逆立ち、俺の髪はアフロだ。

ジャックが希望する場所にみんなを落としていった。
俺が最後だ。
カサデカンポのユースまで送ってくれた。
トレーシーが寄ってきた。
「俺がロバート・スコットだとしたらどうする。シャーキーって奴に連絡するのか?」
「ロバートの望みはそうじゃあないような気がする」
笑みが浮かんだ。
あの写真の、あどけない顔だ。
「ありがとう。恩に着るよ」
「シャーキーのカードあげる。じゃあ、トレーシー、ジャック、元気で!」
 

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