2: ヒッチハイク ユトレヒト
2:ユトレヒ
すぐ車は捕まった。
速度制限のないアウトバーンは快適でわずか2時間余りでハノーバーに着いた。
途中降ろされた場所はカーブになった合流地点で見晴らしが悪いうえに車が止まるスペースがなかった。
ヒッチのやれそうな場所を求めてアウトバーンの中に入って行った。
ほとんどの車が100キロ以上で走っていた。
これはむずかしい。
その気になっても、ブレーキを踏むのに躊躇する。
1時間後、パトカーが止まった。
ソーセージを口にほ張った方が、ケチャップを右上唇につけたまま、乗れ、と目で合図した。
運転している方は耳を覆いたくなるような鶏声だ。
「あそこじゃあ無理。
止まるのはよっぽどの奴だ。
、下痢気味とかよ。
ヤーパン(日本人)?
重そうなリュックだな、米持ち歩いてんのか?
どこ行くんだ?」
「アムステルダム」
「俺も行きてえな。もう二年ご無沙汰だ。
パラジッソとファンタジオって名の旅人専用の安宿がある、そこに行くといい。
今ヒッチしやすい所に連れてってやるよ」
降ろされた所に、ヒッチハイカーが4人いた。
「運がいいな、4人だけか」
ケチャップがソーセージを食べ終えた。
「アウトバーンの中ヒッチやるなよ」
ハイカーは2人減って40分が経った。
一台の車が二人を通りすぎて俺の前で止まった。
40前後の人を食ったような赤ら顔が窓から出てきた、オリーブオイルでなでつけた髪が光っている。
リュックの日の丸ワッペンを不思議そうに見ている。
「免許証なんかどうでもいい運転できるか?。
運転さえしてくれればいいんだ」
車はくたびれた古いプジョーだ。
お仕置きを受けた傷が数か所見える。
「運ちゃん、ベルビエルスまで頼もうかな?」
「地図でどこにあるか教えていただけますか?」
「地図じゃあわからんよ」
「アムステルダムの方向ですか」
知らんぷりして外を眺めている。
ガソリンスタンドで聞くと、アムスの方角ではなかった。
オリーブオイルは後部座席で酒を飲んでいる。
途中、ヒッチハイカーを見かけてはスピードを落とした。
今度も通りすぎた。
唾が飛んできた。
「止まれ!」
ハイカーは女性だ。
おやじは後部座席に誘った。
ドイツ語を理解できない、間抜けな東洋の雇われ運転手の出番はない。
ドルトムント近くで路肩に止めた。
荷物を持って降りると、ドイツ語で何か喚いた。
ボディを叩いて怒っている。
「おやじさん、ダンケ・シェーン!アウフ・ヴィダーゼン!」
目の前でBMWが止まった。
ドライバーは眼鏡をかけ、髪は五分刈りに近い。
白いものが混ざった顎鬚と口髭は伸ばし放題で、ジーパンに薄茶のワークブーツを履いている。
ブルーに白とピンクのストライプシャツの上にブルーのブレザーを着ていた。
礼を言うと、ユトレヒト・、フレドリック、と手を差し出した。
不思議そうに俺の後ろを見ている。
誰かいるのだろうか、、
「ジャパニーズ、コージ。
ユトレヒト近くのハイウェイで降ろしてください」
それから一分もしないうちに辺りが急に暗くなった。
強い風に雨が激しく落ちてきた。
それまで、誰かがお天とう様をなだめていたかのようだ。
助かった。
目の前で親指が突き上がった。
ミスターFが微笑んでいる。
深海に横たわる地球の傷を治せないか、と苦悩しているような笑みだ。
手に異常を感じた、熱かった。
アーンヘムを過ぎてユトレヒトに達しようとしていた。
白地に赤くを眺めながら降りる用意をした。
そのとき日の丸ワッペンをなんとかしようと思った。
車がレンガ造りの二階建ての前に止まった。
玄関にカラフルな大きめのシャツを膝頭の辺りまで羽織った中年の女性が立っていた。
俺を見て頷いた。
「耕二、ここが家だ。泊まっていきなさい」
とミスターFは、家に入って行った
彼女が笑みを浮かべ、エバ、と手を差し出した。
久しぶりに友人に会ったような感じがした。
彼女が二階客室まで案内してくれた。
なぜかしばらく家を留守にして帰ってきたような錯覚に陥っていた。
そこには「シャワーを浴びて、降りて行きます」
と言っている別の自分がいた。
ミスターFはブルーのフランネルのパジャマを着てソファに座っていた。
リラックスした様子で手巻きタバコ・サムソンを手に白ワインを飲んでいる。
エバさんはソファに座って、デッサン帳とにらめっこをしている。
さっぱりとした居間の片隅にいろんな物が置かれていた。
日本のお地蔵さんだろうか、ふっくらとした顔の像、パプアニューギニアの木製の顔、
象牙海岸の鳥が頭に乗っている手彫りのマスク、アステカの手足を縛られている囚人、
マヤの蟹の爪を持った人間、ペルーのナスカ以前の盃、古そうなバビロニアの小馬、
日本のつくね、モダンな形のシルバーフレームの鏡、ハーフムーンの目覚まし、器、ワイングラス、シャンペングラスも隅で輝いている。
エバさんが、「お腹空いている?」と聞いた。
シチューは旨かった、味のオンパレードだ。
三杯もお代わりした。
ガリガリに痩せていたので二人は不思議がった。
「美味いものなら腹がわめこうが泣こうが容赦しません。
極限まで食べます」
二人共、噴き出した。
食べ終えて動けなくなって居間のじゅうたんで大の字になった。
そのまま寝込んでしまったようだ。
意識がクリアになるにつれ、どこにいるのか、
恐くなってきた。金縛りになった。
動けない! 呼吸ができない!
ミスターFが右手で俺の額を触った。
全身の力が抜け、金縛りが消えた。
「旅の疲れが溜まってたね、バランスを保つために出した。
これからは余分な力や緊張をほぐせるようリラックスする方法を覚えると楽になる。
深呼吸を意識してね。
金縛りは精神の自由な遊びとも言える、普段は体も脳も同時に眠るから何も起きない。
今みたいなパニックに陥るのは体だけが先に眠ってしまったから意識はあせったんだ。
その間、意識は肉体から開放されて自由なんだよ」
金縛りが自由な遊び?
ミスターFは奇妙な人だ。
ハーフムーンの形をした時計が目に入った、11時40分だった。
彼らはいつもなら床に入っている時間だろうか。
「もう遅いので先に休ませていただきます」
「耕二、もう少しここに居ないか?」
「今は不安でどこにいても落ち着けなくて動いているほうが楽なのです。
近いうちにこちらに住むつもりで来ますからその時はお願いします」
言葉が素直に出た。
「いつでも待ってるよ。
明日エバがハイウェイまで送って行く」
廊下の突きあたりの壁に小さな枠に入った顔写真があった。
ミスターFのお父さんだろうか?
髭、感じといいよく似ていた。
翌朝、キッチンにいたエバさんに、ミスターFは?と聞くと、隣の工房を指差した。
「邪魔じゃないでしょうか?」
「ええ、耕二が起きたら、来る様に、って」
納屋を改造した工房は、屋根が高く、小さな講堂のようだった。
窓から、ミスターFが一心不乱に土を捏ねている。
ノックして入ると、おはよう、と言って作業を続けた。
許可をもらって、いろんな形をしたオブジェを見て回った。
彫刻、ブロンズ、木工、彫金、水彩、油絵、ガラス、ステンドグラス、シルクスクリーン、
乱雑に隅に立てかけてある。
靴、バッグ、食器、テーブル、椅子などの家具類も見えた。
好みの色はブルーのようだ。
でも、なぜ同じ色のブルーなんだろう。
それは、俺の知っているブルーと微妙に違った。
深夜人通りの途絶えたビルの立ち並ぶオフィス街を歩いているときに感じる、無機的なクールな音、”スー”と微かに唸る低い音になって入ってきた。
街の息遣いのようにも聞こえたが人間の介在は感じられない。
我に返ると、横にミスターFが立っていた。
「このブルーはどこから来たブルーですか?」
と尋ねようとした。
なんとなく生意気なようで思い止まった。
「耕二、知りたかったら自分で探せ」
とミスターFに言われたような気がした。
ミスターFはウィンクしていた。
なぜ理解できたのか不思議だった。
「これからどこへ行くの?」
「暮れまでヨーロッパでバイトします。
それから南米に渡り、
来年の今頃はニューヨークにいる予定です」
「暮れまでヨーロッパにいるの?」
「ええ、多分、アムステルダムかチューリヒ辺りに」
「必ず来るのよ、待ってるわよ」
「はい、アムステルダムにバイトがあったらいつでも来れるけど。
でも、どうなるか」
「うん、先の話。あなたが自分の足で立とうとしているから、私たち、邪魔しないわ」
ミスターFの心に話しかけた。
「風と雨のお陰であなた達に会えたような変な気がします。また来ます。ありがとうございました」
「耕二、こうなるようになってたんだ、あの雨、風はね。
あの道路もどうして入ったのか分からないんだよ」
と言った。
車の中でエバさんに尋ねてみた。
「2階の廊下の写真はミスターFのお父さんですか?」
「パドレ・ピオよ。1年ほど前フレドリックは大きな交通事故に巻き込まれて医者に植物人間と宣告されたの。その3か月後、奇跡的に意識を取り戻したのよ。
彼の話では、その前日、枕元にイタリアの神父さん、パドレ・ピオが現れて何度か自分をグノー神父と呼んだんですって。
フレドリックはグノー神父が何者なのかヨーロッパ中を調べ回っているの。
今回もそのことで仏に行ってたのよ。
パドレ・ピオは2年ほど前に他界しているのに、、今でも彼のお祈りで救われている人が世界中にたくさんいるのよ。
フレドリックの調べたところでは、1918年、パドレ・ピオが礼拝堂で祈っていると突然キリストが現われて彼に光の矢を投げて失神させたらしいの。
しばらくして意識が戻ると、両手、両足、左脇腹の五箇所が焼けたように爛れていて血が流れていたらしいわ。
それ以来、パドレ・ピオはヒーリングパワーを持つようになったんですって。
1968年に亡くなるまでの50年間、その傷から数日間にコップ一杯分にもなる血が流れ続けたらしいわ」
「ミスターFの作品の、あのブルーは今のと?」
「耕二も気付いた。あのブルー、その事故からよ」
話に圧倒されていた。
エバさんの顔が目の前にあった。
とっくにハイウェイに着いていたようだ。
彼女が何やらダッシュボードから取り出した。
「お腹が空いたら食べてね。
フレドリックも好きな、エバのフライドライス」
彼女が走り去った方向を眺めていた。
何か大切なものを忘れてきたような感覚が残っていた。
その頃、チャックとロバートは、
スペイン・バルセロナからフェリーでイビサ島のエイビサに着いた。
この島は、ヨーロッパ・ヒッピー、アーティストのメッカで旅行者も多く、しばらく身を隠くすには打ってつけの所だった。
すぐ車は捕まった。
速度制限のないアウトバーンは快適でわずか2時間余りでハノーバーに着いた。
途中降ろされた場所はカーブになった合流地点で見晴らしが悪いうえに車が止まるスペースがなかった。
ヒッチのやれそうな場所を求めてアウトバーンの中に入って行った。
ほとんどの車が100キロ以上で走っていた。
これはむずかしい。
その気になっても、ブレーキを踏むのに躊躇する。
1時間後、パトカーが止まった。
ソーセージを口にほ張った方が、ケチャップを右上唇につけたまま、乗れ、と目で合図した。
運転している方は耳を覆いたくなるような鶏声だ。
「あそこじゃあ無理。
止まるのはよっぽどの奴だ。
、下痢気味とかよ。
ヤーパン(日本人)?
重そうなリュックだな、米持ち歩いてんのか?
どこ行くんだ?」
「アムステルダム」
「俺も行きてえな。もう二年ご無沙汰だ。
パラジッソとファンタジオって名の旅人専用の安宿がある、そこに行くといい。
今ヒッチしやすい所に連れてってやるよ」
降ろされた所に、ヒッチハイカーが4人いた。
「運がいいな、4人だけか」
ケチャップがソーセージを食べ終えた。
「アウトバーンの中ヒッチやるなよ」
ハイカーは2人減って40分が経った。
一台の車が二人を通りすぎて俺の前で止まった。
40前後の人を食ったような赤ら顔が窓から出てきた、オリーブオイルでなでつけた髪が光っている。
リュックの日の丸ワッペンを不思議そうに見ている。
「免許証なんかどうでもいい運転できるか?。
運転さえしてくれればいいんだ」
車はくたびれた古いプジョーだ。
お仕置きを受けた傷が数か所見える。
「運ちゃん、ベルビエルスまで頼もうかな?」
「地図でどこにあるか教えていただけますか?」
「地図じゃあわからんよ」
「アムステルダムの方向ですか」
知らんぷりして外を眺めている。
ガソリンスタンドで聞くと、アムスの方角ではなかった。
オリーブオイルは後部座席で酒を飲んでいる。
途中、ヒッチハイカーを見かけてはスピードを落とした。
今度も通りすぎた。
唾が飛んできた。
「止まれ!」
ハイカーは女性だ。
おやじは後部座席に誘った。
ドイツ語を理解できない、間抜けな東洋の雇われ運転手の出番はない。
ドルトムント近くで路肩に止めた。
荷物を持って降りると、ドイツ語で何か喚いた。
ボディを叩いて怒っている。
「おやじさん、ダンケ・シェーン!アウフ・ヴィダーゼン!」
目の前でBMWが止まった。
ドライバーは眼鏡をかけ、髪は五分刈りに近い。
白いものが混ざった顎鬚と口髭は伸ばし放題で、ジーパンに薄茶のワークブーツを履いている。
ブルーに白とピンクのストライプシャツの上にブルーのブレザーを着ていた。
礼を言うと、ユトレヒト・、フレドリック、と手を差し出した。
不思議そうに俺の後ろを見ている。
誰かいるのだろうか、、
「ジャパニーズ、コージ。
ユトレヒト近くのハイウェイで降ろしてください」
それから一分もしないうちに辺りが急に暗くなった。
強い風に雨が激しく落ちてきた。
それまで、誰かがお天とう様をなだめていたかのようだ。
助かった。
目の前で親指が突き上がった。
ミスターFが微笑んでいる。
深海に横たわる地球の傷を治せないか、と苦悩しているような笑みだ。
手に異常を感じた、熱かった。
アーンヘムを過ぎてユトレヒトに達しようとしていた。
白地に赤くを眺めながら降りる用意をした。
そのとき日の丸ワッペンをなんとかしようと思った。
車がレンガ造りの二階建ての前に止まった。
玄関にカラフルな大きめのシャツを膝頭の辺りまで羽織った中年の女性が立っていた。
俺を見て頷いた。
「耕二、ここが家だ。泊まっていきなさい」
とミスターFは、家に入って行った
彼女が笑みを浮かべ、エバ、と手を差し出した。
久しぶりに友人に会ったような感じがした。
彼女が二階客室まで案内してくれた。
なぜかしばらく家を留守にして帰ってきたような錯覚に陥っていた。
そこには「シャワーを浴びて、降りて行きます」
と言っている別の自分がいた。
ミスターFはブルーのフランネルのパジャマを着てソファに座っていた。
リラックスした様子で手巻きタバコ・サムソンを手に白ワインを飲んでいる。
エバさんはソファに座って、デッサン帳とにらめっこをしている。
さっぱりとした居間の片隅にいろんな物が置かれていた。
日本のお地蔵さんだろうか、ふっくらとした顔の像、パプアニューギニアの木製の顔、
象牙海岸の鳥が頭に乗っている手彫りのマスク、アステカの手足を縛られている囚人、
マヤの蟹の爪を持った人間、ペルーのナスカ以前の盃、古そうなバビロニアの小馬、
日本のつくね、モダンな形のシルバーフレームの鏡、ハーフムーンの目覚まし、器、ワイングラス、シャンペングラスも隅で輝いている。
エバさんが、「お腹空いている?」と聞いた。
シチューは旨かった、味のオンパレードだ。
三杯もお代わりした。
ガリガリに痩せていたので二人は不思議がった。
「美味いものなら腹がわめこうが泣こうが容赦しません。
極限まで食べます」
二人共、噴き出した。
食べ終えて動けなくなって居間のじゅうたんで大の字になった。
そのまま寝込んでしまったようだ。
意識がクリアになるにつれ、どこにいるのか、
恐くなってきた。金縛りになった。
動けない! 呼吸ができない!
ミスターFが右手で俺の額を触った。
全身の力が抜け、金縛りが消えた。
「旅の疲れが溜まってたね、バランスを保つために出した。
これからは余分な力や緊張をほぐせるようリラックスする方法を覚えると楽になる。
深呼吸を意識してね。
金縛りは精神の自由な遊びとも言える、普段は体も脳も同時に眠るから何も起きない。
今みたいなパニックに陥るのは体だけが先に眠ってしまったから意識はあせったんだ。
その間、意識は肉体から開放されて自由なんだよ」
金縛りが自由な遊び?
ミスターFは奇妙な人だ。
ハーフムーンの形をした時計が目に入った、11時40分だった。
彼らはいつもなら床に入っている時間だろうか。
「もう遅いので先に休ませていただきます」
「耕二、もう少しここに居ないか?」
「今は不安でどこにいても落ち着けなくて動いているほうが楽なのです。
近いうちにこちらに住むつもりで来ますからその時はお願いします」
言葉が素直に出た。
「いつでも待ってるよ。
明日エバがハイウェイまで送って行く」
廊下の突きあたりの壁に小さな枠に入った顔写真があった。
ミスターFのお父さんだろうか?
髭、感じといいよく似ていた。
翌朝、キッチンにいたエバさんに、ミスターFは?と聞くと、隣の工房を指差した。
「邪魔じゃないでしょうか?」
「ええ、耕二が起きたら、来る様に、って」
納屋を改造した工房は、屋根が高く、小さな講堂のようだった。
窓から、ミスターFが一心不乱に土を捏ねている。
ノックして入ると、おはよう、と言って作業を続けた。
許可をもらって、いろんな形をしたオブジェを見て回った。
彫刻、ブロンズ、木工、彫金、水彩、油絵、ガラス、ステンドグラス、シルクスクリーン、
乱雑に隅に立てかけてある。
靴、バッグ、食器、テーブル、椅子などの家具類も見えた。
好みの色はブルーのようだ。
でも、なぜ同じ色のブルーなんだろう。
それは、俺の知っているブルーと微妙に違った。
深夜人通りの途絶えたビルの立ち並ぶオフィス街を歩いているときに感じる、無機的なクールな音、”スー”と微かに唸る低い音になって入ってきた。
街の息遣いのようにも聞こえたが人間の介在は感じられない。
我に返ると、横にミスターFが立っていた。
「このブルーはどこから来たブルーですか?」
と尋ねようとした。
なんとなく生意気なようで思い止まった。
「耕二、知りたかったら自分で探せ」
とミスターFに言われたような気がした。
ミスターFはウィンクしていた。
なぜ理解できたのか不思議だった。
「これからどこへ行くの?」
「暮れまでヨーロッパでバイトします。
それから南米に渡り、
来年の今頃はニューヨークにいる予定です」
「暮れまでヨーロッパにいるの?」
「ええ、多分、アムステルダムかチューリヒ辺りに」
「必ず来るのよ、待ってるわよ」
「はい、アムステルダムにバイトがあったらいつでも来れるけど。
でも、どうなるか」
「うん、先の話。あなたが自分の足で立とうとしているから、私たち、邪魔しないわ」
ミスターFの心に話しかけた。
「風と雨のお陰であなた達に会えたような変な気がします。また来ます。ありがとうございました」
「耕二、こうなるようになってたんだ、あの雨、風はね。
あの道路もどうして入ったのか分からないんだよ」
と言った。
車の中でエバさんに尋ねてみた。
「2階の廊下の写真はミスターFのお父さんですか?」
「パドレ・ピオよ。1年ほど前フレドリックは大きな交通事故に巻き込まれて医者に植物人間と宣告されたの。その3か月後、奇跡的に意識を取り戻したのよ。
彼の話では、その前日、枕元にイタリアの神父さん、パドレ・ピオが現れて何度か自分をグノー神父と呼んだんですって。
フレドリックはグノー神父が何者なのかヨーロッパ中を調べ回っているの。
今回もそのことで仏に行ってたのよ。
パドレ・ピオは2年ほど前に他界しているのに、、今でも彼のお祈りで救われている人が世界中にたくさんいるのよ。
フレドリックの調べたところでは、1918年、パドレ・ピオが礼拝堂で祈っていると突然キリストが現われて彼に光の矢を投げて失神させたらしいの。
しばらくして意識が戻ると、両手、両足、左脇腹の五箇所が焼けたように爛れていて血が流れていたらしいわ。
それ以来、パドレ・ピオはヒーリングパワーを持つようになったんですって。
1968年に亡くなるまでの50年間、その傷から数日間にコップ一杯分にもなる血が流れ続けたらしいわ」
「ミスターFの作品の、あのブルーは今のと?」
「耕二も気付いた。あのブルー、その事故からよ」
話に圧倒されていた。
エバさんの顔が目の前にあった。
とっくにハイウェイに着いていたようだ。
彼女が何やらダッシュボードから取り出した。
「お腹が空いたら食べてね。
フレドリックも好きな、エバのフライドライス」
彼女が走り去った方向を眺めていた。
何か大切なものを忘れてきたような感覚が残っていた。
その頃、チャックとロバートは、
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