下:5キャラメル 手紙
下 キャラメル超特急
Sweet Candy Express
5・手紙
3日後、パソコン机の引き出しから手紙が出てきた。
《アラン、耕三、奇妙な出会いだった。
この歳になるまで一時期、思想で繋がった同士はいたが友達と呼べる人間は存在しなかった。
あんたたちと出会わなかったら、その大切さ、素晴らしさを知らずに死んでいくとこだった。
まずそれに感謝したい。
もう少し早く出会えたらと思うがそれは言わないことにしよう。
俺は道を誤ったとは思っていないが取り返しのつかないことをしでかしたのは事実だ。
世界の流れに鈍感だった。
マルクス・レーニン、アナキズム(無政府主義)の思想に酔った。
社会の変革が必要だと信じていた。
独り善がりの思想を他の人々に押しつけようとした。
社会、世界は俺を置き去りにしてどんどん走り去っていった。
父は戦時中、仏に亡命していたドイツ共産党員だった。
彼はスイス人実業家になりすましてドイツ軍内の反ナチ分子の組織化に努めた。
皮肉なことに戦後10数年もたって、逆にナチスパイ容疑をかけられ、失意のうちに俺が6歳の時、病死した。
仲間の裏切りと母の父親の存在が背景にあった。
戦後、仏共産党員だった父の仲間はナチスパイ容疑をでっち上げた。
仏駐留ドイツ軍、数百人の脱走に成功し、一部は抵抗組織に入ってドイツ軍と戦うまでに組織化した父の手柄を横取りした。占領時、ドイツ傀儡政府に尻尾を振っていた人間までもが戦後、父を糾弾した。
母の父親は哲学者で知識人だった。
ドイツ軍協力者として有名な人物で、仏中部の小さな温泉町、ビシーに置かれたドイツ傀儡政府で要職を勤めたほどだ。
母方の身内にも多くのドイツ軍協力者がいた。
パリ解放当時、妹、二人は群衆に頭を剃られてパリ中を引き摺り回されたぐらいだ。
彼女は家で唯一ナチスに抵抗した立派な女(ひと)だった。
絵描きだった。
しかし、父の死後、彼女の人間性までもが変わってしまった。
自分の気に食わないことなど最初は取るに足らない生活上の細々としたものだったが、やがて、政治、社会、すべてを否定するようになっていった。
キャンバス前に座ることはもうなかった。
俺が寝るとき彼女はいつも自作の子守を歌ってくれたよ。
内容は適当に変わるが、大体こんな調子だ。
何も恐れるものはない。
やみくもに突っ走れ。
みんな長いものに巻かれてふらふら気が変わる。
自分さえよけりゃあいいの。
まともな人間なんてこの世にいやしない。
もうあの世で嘲り笑ってる。
この世は屑だ、ゴミだ。
壊せ、社会を!
葬れ、国を!
目障りなものをすべて砕いて悪魔に捧げろ。
何も恐れるものはない。
さあ、壊せ!
粉々にして、自由!
自由になるんだ!
当時は何も感じなかったがひどい内容だ。
俺は子供心に彼女の言葉を信じて育った。
11の時、精神病院に入れられた。
やがて狂い死にした。
俺は元ナチ協力者だった祖父の元に預けられた。
彼は完全に俺を無視した。
声をかけることも、俺を見ることさえしなかった。
俺は透明人間だった。
彼も狂っていたがそれ以上に母の妹たちはひどかった。
「戦後、私たちがひどい目に遭ったのはお前の両親のせいだ」
と口汚く罵られ、いつも彼女らに殴られた。
大きくなるにつれ、ナチス協力者、ナチスパイという言葉が、頻繁に周りで聞こえてきた。
少年期、思春期、内でも外でもことあるごとに除け者にされて俺はいつも独りぼっちだった。
唯一の友達は、まだ正気だった頃の母がクリスマスにプレゼントしてくれた犬のシルビーだけだった。
登校している間を除いて、毎日、何年も片時も離れず二人だけで過ごした。
初めの頃は一方的にシルビーに話しかけて自分を慰めていた。
そのうち彼女の目を見て、何を考えているのか、何をしたいのか、手に取るように理解できるのに気づいた。
こんなこと書くと笑うだろうな。
正直、誰にも打ち明けたことがない俺の秘密だ。
14年も向き合っていると分かるようになる。
楽しいときは一緒に喜び、悲しければ慰め合い、苦しいときはそれを分かち合おうとする。
俺が家にいないとき、妹たちがシルビーをどう扱っていたのか、彼女の世話を頼んでおいた使用人から聞かされていた。
石を投げ、彼女の食事を捨て、画鋲を彼女の遊び場、寝床に置くのはいつものことで、大きな犬をけしかけたり、水を入れたドラム缶に投げ入れて蓋をして溺死させようとしてたらしい。
俺は20のとき大学の寮で寄宿生活をしていた。
そのとき、シルビーは15歳だった。
もう足は弱く、歩くことはままならなかった。
その彼女を、彼らは首輪に縄をかけて車の後部バンバーに縛り付けてドライブに出た。
「シルビーには少し運動が必要よ」と抵抗する使用人に抜かしたそうだ。
その夜、知らせを受けて駆けつけた時、彼女は既に埋められていた。
掘り起こしてみると首と足が無かった。
体は今にもちぎれそうで倍以上に伸びていた。
かろうじて皮で繋がっている状態だ。
狂ったように首を探した。
明け方過ぎ、家から2kほど離れた道路脇に、粗くミンチされた肉の塊があった。
右目だけ無傷だった。
それを手に取ったとき、いきなり目が開いたんだ。
信じられないだろう。
びっくりした。
そして、言った。
「ジャン、彼女らに何もしてはいけない。
忘れるんだよ。
私はいつあの世に行ってもおかしくない歳だったの。
それが少し早く来ただけ。
ジャン、約束よ!
何もしないって!」
俺が彼等をどうしたと思う。
すぐにでも殺すつもりだったが6か月待つことにした。
冷静に考えた。
悪魔を殺して捕まったんじゃあ割に合わないってな。
彼らは母屋の外れに住んでいた。
丁度6か月たった真夜中、車で往復、7時間かけて彼女らを焼きに行った。
そのアリバイ作りを手伝ってくれたのが、同じ大学の学生でADメンバーだった。
彼がADのメンバーなんて知らなかった。
これがADに入ったそもそもの動機だ。
秘密を握られた。
だが、居心地は思ったより良かった。
初めて俺に偏見を持たない同世代の人間と対等に付き合うことができたんでな。
おっと話が逸れた。
翌朝、刑事が訪ねてきた。
叔母さんが不審火で焼死した、と言った。
心底笑いたかったが、悲しい顔をしてやった。
これがほんの一昔前の俺の姿だ。
今もたいして変わってはいないが、あんたたちを知って楽になったというのが偽らざる心境だ。
改めて感謝したい。
ここに来て、警察に発見される恐怖、社会への批判、憤り、それらから初めて解放されて平和な生活を送ることができた。
この2年余り、自己を見つめて生きることの大切さを知った。
俺は人を人とも思わない傲慢な人間だった。
自分自身を愛する、ということの大切さを知らなかった人間だ。
それが他人への思いやり、愛へと繋がる最初の一歩だということを今まで知らなかった。
どういうわけか、その母方の家族から服役中に遺産が転がりこんできた。
罪滅ぼしのつもりだろうか、もう余命いくばくもない人間に送ってくるなんて、、、。
祖父、二人の叔母は既に亡く、、、、。
俺が殺したんだったな。
系図では俺しか残っていないそうだ。
こんな家系は絶えて当然だ。
弁護士に遺言状を送ってある。
住所は下に書いてあるから彼に会ってほしい。
少し二人にやってもらいたいことがあるんだ。
どうかお願いする。
それからレジナルドのことだが、おもしろいことに彼のお祖父さんも、ビシー傀儡政府の要職に就いていたらしい。
しかも噂では、祖父よりナチス崇拝者だったということだ。
しかし、彼の家は戦後ナチスを糾弾する側にうまく立ち回って、ナチス協力者のレッテルを貼られることはなかったらしい。
皮肉なもんだ。
俺と立場が逆転していてもおかしくないなんてな。
こんな形で別れるのは本意ではないが、どこか救われた気持もある。
許してくれ。
最初あんたたちと出会ったとき、何を話していいのか、どう対処していいのか途方に暮れた。
友達と呼ぶと、あんたたちは嫌な顔をするかもしれんが、ありがとう。
いい歳をして恥ずかしいが、、、こんな気持になるのは生まれて初めてなんだ。
信じちゃあくれないだろうが、、、。
二日後、俺たちは弁護士を訪ねた。
俺たちの身元を確認すると一通の封書を差し出した。
《下記の銀行に預けてある約$百万余りの遺産を、均等に分けて手紙のリストの家族に送ってほしい。
但し、ジャン・メルク・トトの名前は伏せてほしい。
その仕事の報酬というわけではないが、二人に$5万ずつ用意してある。
弁護士に渡してあるので、どうか俺の感謝の気持だと思って受け取ってくれ。
耕三、結局こういう形でしか償いができない。
許してくれ。
生き続けて、人のために何か有意義なことをしたかった。
人が喜ぶ姿を見たかった。
感謝されたかった。
だが、今の俺は、酒を食らって酔うことぐらいしかできない。
この50年余りの人生で染みついた垢を落とすことができないでいる俺に、180度違うことをやるには荷が重すぎる。
現在の俺の心境を言わしてもらえば、きれいさっぱりこの世とはおさらばしたい。
AD・革命細胞、元メンバー、ジャン・メルク・トトとは、この世限りでおさらばしたい。
仮に来世があるのなら、今の心境を出発点として生まれ変われたら、と切に祈る。
「ジャン、彼女らに何もしてはいけない。
忘れるんだよ」
この10年近く、シルビーの最後の言葉をいつも思い浮かべていた。
あのときはできなかった。
だが、今の自分ならシルビーの言葉に従える。
あの世では同じ過ちを犯さないと約束するよ。
ロシュトー
「表向き、ジャンは約百万$の遺産を相続したことになっていますが、実際は約2百万$を少し超えていました。
相続時に、匿名で約百万$をユネスコに寄付しています」
Sweet Candy Express
5・手紙
3日後、パソコン机の引き出しから手紙が出てきた。
《アラン、耕三、奇妙な出会いだった。
この歳になるまで一時期、思想で繋がった同士はいたが友達と呼べる人間は存在しなかった。
あんたたちと出会わなかったら、その大切さ、素晴らしさを知らずに死んでいくとこだった。
まずそれに感謝したい。
もう少し早く出会えたらと思うがそれは言わないことにしよう。
俺は道を誤ったとは思っていないが取り返しのつかないことをしでかしたのは事実だ。
世界の流れに鈍感だった。
マルクス・レーニン、アナキズム(無政府主義)の思想に酔った。
社会の変革が必要だと信じていた。
独り善がりの思想を他の人々に押しつけようとした。
社会、世界は俺を置き去りにしてどんどん走り去っていった。
父は戦時中、仏に亡命していたドイツ共産党員だった。
彼はスイス人実業家になりすましてドイツ軍内の反ナチ分子の組織化に努めた。
皮肉なことに戦後10数年もたって、逆にナチスパイ容疑をかけられ、失意のうちに俺が6歳の時、病死した。
仲間の裏切りと母の父親の存在が背景にあった。
戦後、仏共産党員だった父の仲間はナチスパイ容疑をでっち上げた。
仏駐留ドイツ軍、数百人の脱走に成功し、一部は抵抗組織に入ってドイツ軍と戦うまでに組織化した父の手柄を横取りした。占領時、ドイツ傀儡政府に尻尾を振っていた人間までもが戦後、父を糾弾した。
母の父親は哲学者で知識人だった。
ドイツ軍協力者として有名な人物で、仏中部の小さな温泉町、ビシーに置かれたドイツ傀儡政府で要職を勤めたほどだ。
母方の身内にも多くのドイツ軍協力者がいた。
パリ解放当時、妹、二人は群衆に頭を剃られてパリ中を引き摺り回されたぐらいだ。
彼女は家で唯一ナチスに抵抗した立派な女(ひと)だった。
絵描きだった。
しかし、父の死後、彼女の人間性までもが変わってしまった。
自分の気に食わないことなど最初は取るに足らない生活上の細々としたものだったが、やがて、政治、社会、すべてを否定するようになっていった。
キャンバス前に座ることはもうなかった。
俺が寝るとき彼女はいつも自作の子守を歌ってくれたよ。
内容は適当に変わるが、大体こんな調子だ。
何も恐れるものはない。
やみくもに突っ走れ。
みんな長いものに巻かれてふらふら気が変わる。
自分さえよけりゃあいいの。
まともな人間なんてこの世にいやしない。
もうあの世で嘲り笑ってる。
この世は屑だ、ゴミだ。
壊せ、社会を!
葬れ、国を!
目障りなものをすべて砕いて悪魔に捧げろ。
何も恐れるものはない。
さあ、壊せ!
粉々にして、自由!
自由になるんだ!
当時は何も感じなかったがひどい内容だ。
俺は子供心に彼女の言葉を信じて育った。
11の時、精神病院に入れられた。
やがて狂い死にした。
俺は元ナチ協力者だった祖父の元に預けられた。
彼は完全に俺を無視した。
声をかけることも、俺を見ることさえしなかった。
俺は透明人間だった。
彼も狂っていたがそれ以上に母の妹たちはひどかった。
「戦後、私たちがひどい目に遭ったのはお前の両親のせいだ」
と口汚く罵られ、いつも彼女らに殴られた。
大きくなるにつれ、ナチス協力者、ナチスパイという言葉が、頻繁に周りで聞こえてきた。
少年期、思春期、内でも外でもことあるごとに除け者にされて俺はいつも独りぼっちだった。
唯一の友達は、まだ正気だった頃の母がクリスマスにプレゼントしてくれた犬のシルビーだけだった。
登校している間を除いて、毎日、何年も片時も離れず二人だけで過ごした。
初めの頃は一方的にシルビーに話しかけて自分を慰めていた。
そのうち彼女の目を見て、何を考えているのか、何をしたいのか、手に取るように理解できるのに気づいた。
こんなこと書くと笑うだろうな。
正直、誰にも打ち明けたことがない俺の秘密だ。
14年も向き合っていると分かるようになる。
楽しいときは一緒に喜び、悲しければ慰め合い、苦しいときはそれを分かち合おうとする。
俺が家にいないとき、妹たちがシルビーをどう扱っていたのか、彼女の世話を頼んでおいた使用人から聞かされていた。
石を投げ、彼女の食事を捨て、画鋲を彼女の遊び場、寝床に置くのはいつものことで、大きな犬をけしかけたり、水を入れたドラム缶に投げ入れて蓋をして溺死させようとしてたらしい。
俺は20のとき大学の寮で寄宿生活をしていた。
そのとき、シルビーは15歳だった。
もう足は弱く、歩くことはままならなかった。
その彼女を、彼らは首輪に縄をかけて車の後部バンバーに縛り付けてドライブに出た。
「シルビーには少し運動が必要よ」と抵抗する使用人に抜かしたそうだ。
その夜、知らせを受けて駆けつけた時、彼女は既に埋められていた。
掘り起こしてみると首と足が無かった。
体は今にもちぎれそうで倍以上に伸びていた。
かろうじて皮で繋がっている状態だ。
狂ったように首を探した。
明け方過ぎ、家から2kほど離れた道路脇に、粗くミンチされた肉の塊があった。
右目だけ無傷だった。
それを手に取ったとき、いきなり目が開いたんだ。
信じられないだろう。
びっくりした。
そして、言った。
「ジャン、彼女らに何もしてはいけない。
忘れるんだよ。
私はいつあの世に行ってもおかしくない歳だったの。
それが少し早く来ただけ。
ジャン、約束よ!
何もしないって!」
俺が彼等をどうしたと思う。
すぐにでも殺すつもりだったが6か月待つことにした。
冷静に考えた。
悪魔を殺して捕まったんじゃあ割に合わないってな。
彼らは母屋の外れに住んでいた。
丁度6か月たった真夜中、車で往復、7時間かけて彼女らを焼きに行った。
そのアリバイ作りを手伝ってくれたのが、同じ大学の学生でADメンバーだった。
彼がADのメンバーなんて知らなかった。
これがADに入ったそもそもの動機だ。
秘密を握られた。
だが、居心地は思ったより良かった。
初めて俺に偏見を持たない同世代の人間と対等に付き合うことができたんでな。
おっと話が逸れた。
翌朝、刑事が訪ねてきた。
叔母さんが不審火で焼死した、と言った。
心底笑いたかったが、悲しい顔をしてやった。
これがほんの一昔前の俺の姿だ。
今もたいして変わってはいないが、あんたたちを知って楽になったというのが偽らざる心境だ。
改めて感謝したい。
ここに来て、警察に発見される恐怖、社会への批判、憤り、それらから初めて解放されて平和な生活を送ることができた。
この2年余り、自己を見つめて生きることの大切さを知った。
俺は人を人とも思わない傲慢な人間だった。
自分自身を愛する、ということの大切さを知らなかった人間だ。
それが他人への思いやり、愛へと繋がる最初の一歩だということを今まで知らなかった。
どういうわけか、その母方の家族から服役中に遺産が転がりこんできた。
罪滅ぼしのつもりだろうか、もう余命いくばくもない人間に送ってくるなんて、、、。
祖父、二人の叔母は既に亡く、、、、。
俺が殺したんだったな。
系図では俺しか残っていないそうだ。
こんな家系は絶えて当然だ。
弁護士に遺言状を送ってある。
住所は下に書いてあるから彼に会ってほしい。
少し二人にやってもらいたいことがあるんだ。
どうかお願いする。
それからレジナルドのことだが、おもしろいことに彼のお祖父さんも、ビシー傀儡政府の要職に就いていたらしい。
しかも噂では、祖父よりナチス崇拝者だったということだ。
しかし、彼の家は戦後ナチスを糾弾する側にうまく立ち回って、ナチス協力者のレッテルを貼られることはなかったらしい。
皮肉なもんだ。
俺と立場が逆転していてもおかしくないなんてな。
こんな形で別れるのは本意ではないが、どこか救われた気持もある。
許してくれ。
最初あんたたちと出会ったとき、何を話していいのか、どう対処していいのか途方に暮れた。
友達と呼ぶと、あんたたちは嫌な顔をするかもしれんが、ありがとう。
いい歳をして恥ずかしいが、、、こんな気持になるのは生まれて初めてなんだ。
信じちゃあくれないだろうが、、、。
二日後、俺たちは弁護士を訪ねた。
俺たちの身元を確認すると一通の封書を差し出した。
《下記の銀行に預けてある約$百万余りの遺産を、均等に分けて手紙のリストの家族に送ってほしい。
但し、ジャン・メルク・トトの名前は伏せてほしい。
その仕事の報酬というわけではないが、二人に$5万ずつ用意してある。
弁護士に渡してあるので、どうか俺の感謝の気持だと思って受け取ってくれ。
耕三、結局こういう形でしか償いができない。
許してくれ。
生き続けて、人のために何か有意義なことをしたかった。
人が喜ぶ姿を見たかった。
感謝されたかった。
だが、今の俺は、酒を食らって酔うことぐらいしかできない。
この50年余りの人生で染みついた垢を落とすことができないでいる俺に、180度違うことをやるには荷が重すぎる。
現在の俺の心境を言わしてもらえば、きれいさっぱりこの世とはおさらばしたい。
AD・革命細胞、元メンバー、ジャン・メルク・トトとは、この世限りでおさらばしたい。
仮に来世があるのなら、今の心境を出発点として生まれ変われたら、と切に祈る。
「ジャン、彼女らに何もしてはいけない。
忘れるんだよ」
この10年近く、シルビーの最後の言葉をいつも思い浮かべていた。
あのときはできなかった。
だが、今の自分ならシルビーの言葉に従える。
あの世では同じ過ちを犯さないと約束するよ。
ロシュトー
「表向き、ジャンは約百万$の遺産を相続したことになっていますが、実際は約2百万$を少し超えていました。
相続時に、匿名で約百万$をユネスコに寄付しています」
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