5a:キャラメル超特急
Sweet Candy Express
5a. 黄金の三角地帯
彼女の身の回りのものを整理してくれと大家に頼まれて彼女の部屋にしばらくいた。
表紙に《コートゥーレイ》と書かれたノートが出てきた。
日記帳だった。
1947年、10月6日、彼女がカナダに着いた日から始まっていた。
コートゥーレイってのはカレン人の独立した国の意味で、花咲く大地、平和に満ちた土地、って意味もあるらしい。
彼女の親父さんは、ソ・バウジーの片腕として外務大臣の仕事をしていた。
1946年、ソ・バウジーと共に独立を支援してもらおうと英に渡ったが無視されたので英連邦の国々に働きかけようとした。
当時、ビルマ政府はカレン族を武力弾圧し始めていたので、カレン族の存在を世界に認知させる外交活動が急務だった。
1947年,親父さんは香港経由でカナダへ向かった。
健康に不安があったので17歳の娘ラムを連れていった。
しかし、バンクーバーに着いて5日後、心臓発作で亡くなっている。
彼女はカナダにとどまり父親の遺志を継ぐことを選んだ。
一生懸命やったようだが、初めての国で独りで投げ出され限界があった。
《父が一月長く生きていたらすべてが変わっていた》と日記にあったよ。
親父さんはカナダで信頼できる人々、その他すべての情報を頭の中だけに残していたんだ。
ビルマ政府が親父さんを監視していたんでラムの安全を考慮したんだろうが。
親父さんの死後、彼女はカナダ外務省に何度も足を運んだが徒労に終わる。
1950年にソ・バウジーがコーカレイ山中でビルマ軍に包囲され非業の死を遂げてからは門前払いを食ったようだ。
カレン族に関わりあってもメリットはないと判断したんだろうな。
以来、わずかな金をカレンに送って彼女は独りで生きてきた。
俺は彼女がやっていたことを継ごうと決心した。
それからバンクーバに移って大人になるのをひたすら待った」
「何歳だった?」
「11。175cmはあったからバンクーバーで職探すときは18と言っても信用してくれた。
学校へは行かなかったが建築現場で働きながら図書館に通って、知識、情報を仕入れた。
争いごとからはきっぱり足を洗ってな」
「今何歳だ?」
「21」
「、、、、」
「老けてると言いたいんだろ。いつも言われるよ」
「で、今回ここに来たのは?金を持ってきたのか」
「いや、その金蔓を取りにな」
「金蔓?」
「カレンは他の部族と違ってヘロインには一切関わってないんだが、それなりにルートがここの山岳民族にある」
「ドラッグ?」
「雲南省の純度四度のヘロインをカナダに運んで金を作ってカレンに送ってる」
「ドラッグを売った金を送ってるのか?
そこら普通の旅行者とは感じが違うし、ドラッグには興味ないように見えたんで冒険家かなと思ったが危険なことをやってるな。
捕まったら手助けも何もないだろう。
なぜ俺にそんなことを話した?」
「生後すぐ孤児院の前に捨てられこれまで独りで生きてきたんだ。誰が信用できるかぐらいは分かる」
「運びはどのくらいやってる?」
「2年」
「19からか」
「物心ついたときからこの世界のすべてに興味がなかった。
生きててもつまらなかった。
いつも死ぬことを考えてた。
カレンの独立を手助けしようと決心したとき、生まれて初めてここに留まる理由を見い出した。
あのときはラムを殺した苦悩と初めて生きる目的、理由を得た、興奮、喜びで頭がこんがらがった」
「何故、他の手段で金を得ようとしない。
金以外のことでカレンのためにできることがあるんじゃないのか。
自分はいつ死んでもいいようなことを言ってるが今までの境遇を拗ねてるように聞こえるが、、」
いきなり何かが飛んできた。
目を開けると誰かが覗き込んでいた。
顔がおかしい、俺の顔じゃないようだ。
濡れたタオルが顔に乗っていた。
左目の辺りが少し腫れているのか触ると熱い。
口の中が切れたのか血の味がする。
「悪かった。許してくれ」
アランに殴られたのか。
「相手を間違えるな」
「申し訳ない。手が、、、許してくれ」
顔を冷やしたかったが水筒には飲水一杯分しかなかった。
躊躇しているとアランは自分の水筒を空にしてタオルに浸して俺の顔に当てた。
「もう動きたくないんでここで野宿する。ここで別れよう。聞いたことは忘れたんで心配しなくていい」
独りになりたかった。
他人に関わるのはもううんざりだ。
道路脇の草むらに横になった。
二人は立ち去ったのか静かになった。
時間がたつにつれますます顔が腫れぼったく感じた。
何度か顔がひんやりとした。
タオルに自分の残り水を浸した。
また腫れたようだ。
少し離れた所にロシュトーが横になっているのに気づいた。
さっき何度か顔がひんやりしたのは、彼がタオルに水を浸してくれていたのだ。
「ジャパニーズ、どうだ。痛むか」
「ああ、痛い」
「あんたとはいろんな所で会った。こんな所で会うとはな」
「俺はラジギールで数年ぶりに日本の友達に会ったことがあるよ」
「あんた、カシミールのアミールを覚えているか?」
「アミール!」
「思い出さないか。ラシッドは? アミールから皮のチョッキを買 っただろう」
「どうして知ってるんだ!」
「あんたがラッドとアミールの家に来たとき俺は3階の屋根裏部屋から見てたんだ」
「アミールの家にいた!」
「ポカラの糞詰まりはどうだ。
あんたがトイレで屈んでいたとき、あんたの懺悔をトイレの壁越しに聞いてたよ」
「俺を追ってたのか!」
「そっちが俺を追ってると思ったのさ。
とんだお笑いだ。
あんたとあのヨーロッパ人をインターポールだと勘違いしたんだからな」
「イギーのことか。
そうか、やっと分かった。
ボンベイの空港で写真を見せられた」
「俺の?」
「ああ、まだ若い顔をしてたが。
何をやった?」
「アクション・ディレクト(AD)って聞いたことは?」
「仏の過激左翼組織だな」
「メンバーだった。だから追われてる」
「過去形だな。もうテロは止めたのか」
「、、、」
「なんでヨーロッパのテロリストがこんな所に?」
「いいか、ジャパニーズ!
これからは俺をテロリストと呼ぶな!
その言葉には辟易してるんだ」
「破壊活動をやってるんならテロリストだろう」
「俺は警鐘の意味でしか爆破しない。
あくどい政治家、環境破壊企業の門、庭、塀それらしかな。
人を絶対に殺傷しない。
正義に反する奴らを懲らしめたいだけさ」
「元テロリストのせんづりか」
「ジャパニーズ、言葉には気をつけろ。
アランに借りがあるんであんたには何もしたくない」
ロシュトーは俺の顔から乱暴にタオルを取ると、自分の水筒を逆さにしてわずかの残り水をタオルに浸して、俺の顔に無造作に置いた。
「アランに借り?」
「カレンに捕まっていた俺を助けてくれた。
カレンはカシミールと同じでヨーロッパの国に俺を売って点数を稼ごうとした。
俺も同じことをやっただろうが、、」
「なぜここに?」
「ヨーロッパじゃ捜査が厳しくて身動き取れないんで一時的な避難場所確保にな。
ADのメンバーに頼まれた。
カシミールとここ、話は聞いてくれたがてんで相手にされなかった。
俺を捕まえてヨーロッパ諸国に差し出したほうがプラスだとさ。
2週間あまり独房に監禁されていたとこをアランが掛け合って助けてくれた」
濡れたタオルの冷たさで目が覚めた。
「どうだ、まだ痛いか」
朝日を浴びたアランの顔が俺を心配そうに覗き込んでいた。
しばらくして昨日のことが頭に浮かんだ。
顔を触ると少し腫れを感じる程度で痛みがなかった。
「薬草があるんだ。腫れがひいてよかった」
彼の目を見て昨日、一睡もしていないのが見て取れた。
彼は近くの部落に水と薬草をもらいに行っていたのだ。
改めて顔を触ってみた。
手に付いた薬草を嗅ぐとヨモギのようなにおいがした。
ロシュトーがやけに固いパンを一切れ俺にくれた。
口に含んで左の前歯が半分欠けているのに気づいた。
一時間後、俺たちは出発した。
ロシュトーの右足はひどく悪そうだ。
幾度となく立ち止まった。
アランの話では、ジャングルで数人の追剥に狙われたらしく逃げる途中、足首をひどくひねったらしい。
歩けない元テロリストをこんな山路に置き去りにする気は毛頭なかったので、俺たちは嫌がる彼に肩を貸して歩いた。
「足手まといになるからかまわず先に行ってくれ。
それに俺の写真が出回ってるかもしれんのでな迷惑かける」
ここまでロシュトーは寡黙だった。
このときだけ困惑したような顔で同じことを何度も言った。
三日間、行動を共にしていてなんとなく俺たち三人に連帯感が生まれていた。
翌朝、出発前にアランが唐突に言った。
「今日の午後あたりバス停に着く
。実は今、最高級四度のヘロイン、50gを持っている。
マエチャンに入る手前に軍の検査があるからバス停の手前で別れよう。
違うバスならなんてことはないんだが、もう2時のしかないから同じになる。
俺は知らんぷりするから赤の他人ということで通してくれ。
俺は出発間際に乗るから」
「検査があるのを知っててこのルートを選んだのか?」
「いつもはメー・ホーンソーン(チエンマイの北西、380kの山あいの町)に抜ける。
カレン族が近いからな。
今回は追剥に行く手を阻まれてこのルートになった」
「ヘロインをここで捨てる気は?」
「ない」
「ヘロイン50なら、何年刑務所だ」
「30から40かな。
だが実際のとこ、2gで23年、40gで15年ってのもあるから分からん」
「まったくよくやるよ」
アランとバス停、手前1kの所で別れた。
俺たちはバス停に着いた。
竹の帽子をかぶったお婆さんが石の上に座って、直径3cmもある巻煙草を吸っていた。
巻紙に糊が付いていないのか、煙草の真ん中を輪ゴムで留めてあった。
目は2m先の地面に吸い込まれている。
瞬きもせず見つめている。
彼女の想いが煙に乗り移って宙に消えていく様に俺たちは見とれていた。
ここらは煙草の葉の生産地でもあった。
「ビルマにはどこから入った?」
「カンチャナブリ(バンコック西、約120kの町)の先の何だったか、スリーパゴダだったか。
そこら辺りだ。
金はかかったがな」
「アランの話ではマエチャンでパスポートのチェックがあるらしい。そこらは大丈夫なのか」
「ビルマは密入国だ。
タイに居たことになってる。
俺の顔が出回っていない限り問題ないと思うが」
バスは1時55分に来た。
停留所で待つ乗客は7人に増えていた。
出発間際、アランがバスに乗ってきた。
彼は真ん中あたりに、俺たちは一番後ろの座席に座った。
1時間半後、マエチャンの町はずれでバスが止まった。
自動小銃を持った2人のタイ兵が厳しい目つきでバスに乗り込んできた。
バスの出入り口、2ヶ所にも数人の兵隊が立っている。
運転席横の入り口から乗客を入念にチェックし始めた。
5a. 黄金の三角地帯
彼女の身の回りのものを整理してくれと大家に頼まれて彼女の部屋にしばらくいた。
表紙に《コートゥーレイ》と書かれたノートが出てきた。
日記帳だった。
1947年、10月6日、彼女がカナダに着いた日から始まっていた。
コートゥーレイってのはカレン人の独立した国の意味で、花咲く大地、平和に満ちた土地、って意味もあるらしい。
彼女の親父さんは、ソ・バウジーの片腕として外務大臣の仕事をしていた。
1946年、ソ・バウジーと共に独立を支援してもらおうと英に渡ったが無視されたので英連邦の国々に働きかけようとした。
当時、ビルマ政府はカレン族を武力弾圧し始めていたので、カレン族の存在を世界に認知させる外交活動が急務だった。
1947年,親父さんは香港経由でカナダへ向かった。
健康に不安があったので17歳の娘ラムを連れていった。
しかし、バンクーバーに着いて5日後、心臓発作で亡くなっている。
彼女はカナダにとどまり父親の遺志を継ぐことを選んだ。
一生懸命やったようだが、初めての国で独りで投げ出され限界があった。
《父が一月長く生きていたらすべてが変わっていた》と日記にあったよ。
親父さんはカナダで信頼できる人々、その他すべての情報を頭の中だけに残していたんだ。
ビルマ政府が親父さんを監視していたんでラムの安全を考慮したんだろうが。
親父さんの死後、彼女はカナダ外務省に何度も足を運んだが徒労に終わる。
1950年にソ・バウジーがコーカレイ山中でビルマ軍に包囲され非業の死を遂げてからは門前払いを食ったようだ。
カレン族に関わりあってもメリットはないと判断したんだろうな。
以来、わずかな金をカレンに送って彼女は独りで生きてきた。
俺は彼女がやっていたことを継ごうと決心した。
それからバンクーバに移って大人になるのをひたすら待った」
「何歳だった?」
「11。175cmはあったからバンクーバーで職探すときは18と言っても信用してくれた。
学校へは行かなかったが建築現場で働きながら図書館に通って、知識、情報を仕入れた。
争いごとからはきっぱり足を洗ってな」
「今何歳だ?」
「21」
「、、、、」
「老けてると言いたいんだろ。いつも言われるよ」
「で、今回ここに来たのは?金を持ってきたのか」
「いや、その金蔓を取りにな」
「金蔓?」
「カレンは他の部族と違ってヘロインには一切関わってないんだが、それなりにルートがここの山岳民族にある」
「ドラッグ?」
「雲南省の純度四度のヘロインをカナダに運んで金を作ってカレンに送ってる」
「ドラッグを売った金を送ってるのか?
そこら普通の旅行者とは感じが違うし、ドラッグには興味ないように見えたんで冒険家かなと思ったが危険なことをやってるな。
捕まったら手助けも何もないだろう。
なぜ俺にそんなことを話した?」
「生後すぐ孤児院の前に捨てられこれまで独りで生きてきたんだ。誰が信用できるかぐらいは分かる」
「運びはどのくらいやってる?」
「2年」
「19からか」
「物心ついたときからこの世界のすべてに興味がなかった。
生きててもつまらなかった。
いつも死ぬことを考えてた。
カレンの独立を手助けしようと決心したとき、生まれて初めてここに留まる理由を見い出した。
あのときはラムを殺した苦悩と初めて生きる目的、理由を得た、興奮、喜びで頭がこんがらがった」
「何故、他の手段で金を得ようとしない。
金以外のことでカレンのためにできることがあるんじゃないのか。
自分はいつ死んでもいいようなことを言ってるが今までの境遇を拗ねてるように聞こえるが、、」
いきなり何かが飛んできた。
目を開けると誰かが覗き込んでいた。
顔がおかしい、俺の顔じゃないようだ。
濡れたタオルが顔に乗っていた。
左目の辺りが少し腫れているのか触ると熱い。
口の中が切れたのか血の味がする。
「悪かった。許してくれ」
アランに殴られたのか。
「相手を間違えるな」
「申し訳ない。手が、、、許してくれ」
顔を冷やしたかったが水筒には飲水一杯分しかなかった。
躊躇しているとアランは自分の水筒を空にしてタオルに浸して俺の顔に当てた。
「もう動きたくないんでここで野宿する。ここで別れよう。聞いたことは忘れたんで心配しなくていい」
独りになりたかった。
他人に関わるのはもううんざりだ。
道路脇の草むらに横になった。
二人は立ち去ったのか静かになった。
時間がたつにつれますます顔が腫れぼったく感じた。
何度か顔がひんやりとした。
タオルに自分の残り水を浸した。
また腫れたようだ。
少し離れた所にロシュトーが横になっているのに気づいた。
さっき何度か顔がひんやりしたのは、彼がタオルに水を浸してくれていたのだ。
「ジャパニーズ、どうだ。痛むか」
「ああ、痛い」
「あんたとはいろんな所で会った。こんな所で会うとはな」
「俺はラジギールで数年ぶりに日本の友達に会ったことがあるよ」
「あんた、カシミールのアミールを覚えているか?」
「アミール!」
「思い出さないか。ラシッドは? アミールから皮のチョッキを買 っただろう」
「どうして知ってるんだ!」
「あんたがラッドとアミールの家に来たとき俺は3階の屋根裏部屋から見てたんだ」
「アミールの家にいた!」
「ポカラの糞詰まりはどうだ。
あんたがトイレで屈んでいたとき、あんたの懺悔をトイレの壁越しに聞いてたよ」
「俺を追ってたのか!」
「そっちが俺を追ってると思ったのさ。
とんだお笑いだ。
あんたとあのヨーロッパ人をインターポールだと勘違いしたんだからな」
「イギーのことか。
そうか、やっと分かった。
ボンベイの空港で写真を見せられた」
「俺の?」
「ああ、まだ若い顔をしてたが。
何をやった?」
「アクション・ディレクト(AD)って聞いたことは?」
「仏の過激左翼組織だな」
「メンバーだった。だから追われてる」
「過去形だな。もうテロは止めたのか」
「、、、」
「なんでヨーロッパのテロリストがこんな所に?」
「いいか、ジャパニーズ!
これからは俺をテロリストと呼ぶな!
その言葉には辟易してるんだ」
「破壊活動をやってるんならテロリストだろう」
「俺は警鐘の意味でしか爆破しない。
あくどい政治家、環境破壊企業の門、庭、塀それらしかな。
人を絶対に殺傷しない。
正義に反する奴らを懲らしめたいだけさ」
「元テロリストのせんづりか」
「ジャパニーズ、言葉には気をつけろ。
アランに借りがあるんであんたには何もしたくない」
ロシュトーは俺の顔から乱暴にタオルを取ると、自分の水筒を逆さにしてわずかの残り水をタオルに浸して、俺の顔に無造作に置いた。
「アランに借り?」
「カレンに捕まっていた俺を助けてくれた。
カレンはカシミールと同じでヨーロッパの国に俺を売って点数を稼ごうとした。
俺も同じことをやっただろうが、、」
「なぜここに?」
「ヨーロッパじゃ捜査が厳しくて身動き取れないんで一時的な避難場所確保にな。
ADのメンバーに頼まれた。
カシミールとここ、話は聞いてくれたがてんで相手にされなかった。
俺を捕まえてヨーロッパ諸国に差し出したほうがプラスだとさ。
2週間あまり独房に監禁されていたとこをアランが掛け合って助けてくれた」
濡れたタオルの冷たさで目が覚めた。
「どうだ、まだ痛いか」
朝日を浴びたアランの顔が俺を心配そうに覗き込んでいた。
しばらくして昨日のことが頭に浮かんだ。
顔を触ると少し腫れを感じる程度で痛みがなかった。
「薬草があるんだ。腫れがひいてよかった」
彼の目を見て昨日、一睡もしていないのが見て取れた。
彼は近くの部落に水と薬草をもらいに行っていたのだ。
改めて顔を触ってみた。
手に付いた薬草を嗅ぐとヨモギのようなにおいがした。
ロシュトーがやけに固いパンを一切れ俺にくれた。
口に含んで左の前歯が半分欠けているのに気づいた。
一時間後、俺たちは出発した。
ロシュトーの右足はひどく悪そうだ。
幾度となく立ち止まった。
アランの話では、ジャングルで数人の追剥に狙われたらしく逃げる途中、足首をひどくひねったらしい。
歩けない元テロリストをこんな山路に置き去りにする気は毛頭なかったので、俺たちは嫌がる彼に肩を貸して歩いた。
「足手まといになるからかまわず先に行ってくれ。
それに俺の写真が出回ってるかもしれんのでな迷惑かける」
ここまでロシュトーは寡黙だった。
このときだけ困惑したような顔で同じことを何度も言った。
三日間、行動を共にしていてなんとなく俺たち三人に連帯感が生まれていた。
翌朝、出発前にアランが唐突に言った。
「今日の午後あたりバス停に着く
。実は今、最高級四度のヘロイン、50gを持っている。
マエチャンに入る手前に軍の検査があるからバス停の手前で別れよう。
違うバスならなんてことはないんだが、もう2時のしかないから同じになる。
俺は知らんぷりするから赤の他人ということで通してくれ。
俺は出発間際に乗るから」
「検査があるのを知っててこのルートを選んだのか?」
「いつもはメー・ホーンソーン(チエンマイの北西、380kの山あいの町)に抜ける。
カレン族が近いからな。
今回は追剥に行く手を阻まれてこのルートになった」
「ヘロインをここで捨てる気は?」
「ない」
「ヘロイン50なら、何年刑務所だ」
「30から40かな。
だが実際のとこ、2gで23年、40gで15年ってのもあるから分からん」
「まったくよくやるよ」
アランとバス停、手前1kの所で別れた。
俺たちはバス停に着いた。
竹の帽子をかぶったお婆さんが石の上に座って、直径3cmもある巻煙草を吸っていた。
巻紙に糊が付いていないのか、煙草の真ん中を輪ゴムで留めてあった。
目は2m先の地面に吸い込まれている。
瞬きもせず見つめている。
彼女の想いが煙に乗り移って宙に消えていく様に俺たちは見とれていた。
ここらは煙草の葉の生産地でもあった。
「ビルマにはどこから入った?」
「カンチャナブリ(バンコック西、約120kの町)の先の何だったか、スリーパゴダだったか。
そこら辺りだ。
金はかかったがな」
「アランの話ではマエチャンでパスポートのチェックがあるらしい。そこらは大丈夫なのか」
「ビルマは密入国だ。
タイに居たことになってる。
俺の顔が出回っていない限り問題ないと思うが」
バスは1時55分に来た。
停留所で待つ乗客は7人に増えていた。
出発間際、アランがバスに乗ってきた。
彼は真ん中あたりに、俺たちは一番後ろの座席に座った。
1時間半後、マエチャンの町はずれでバスが止まった。
自動小銃を持った2人のタイ兵が厳しい目つきでバスに乗り込んできた。
バスの出入り口、2ヶ所にも数人の兵隊が立っている。
運転席横の入り口から乗客を入念にチェックし始めた。
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