1960年から現在まで生きながらえている偉大なmusician、Eric Clapton、初期の彼のalbumはブルース一辺倒、それから、ロックへ。60年代、70年代の当時の多くの若者がマリファナ、ハシシ、LSDを使用した。コンサートに行く時は決めていく、そういう音楽シーンだった。コンサート中にどこからともなくジョイント(マリファナ)が回ってくる。そして、こちらも持っているものを回す。だが強いドラッグ(ヘロイン、コカイン)となると話は別だ。
勿論、それらと違って安くはない、しかも常習になるのが落ちだ。身体も狂う。多くの人がドラッグで命を落とすのは、手に入れたそれらの純度による。殆どの売人は通常、不純物を混ぜ、利を稼ぐ。しかし、たまたま仕入れたもののそれが高いと、、あの世へ、、となる。
ましてや、musicianとなると当然、それらが高いものを手に入る確率は高くなる、ファンが良い演奏を期待してそれを後押しすることもあるだろう。

60年代後半から70年初期のEricは正にjunky、ドラッグまみれだった。特に71年からはヘロインに溺れ、週$1.6000余りを使っていた。当時の彼は丸々のドラッグ太りで豚のような有様だ。72年のGeorge HarrisonのBangladeshコンサート中には意識をなくした。しかし、この頃から彼にかすかな変化が起こった。ヘロインからコカインと酒に替えたのが73年、それが74年の復帰作7461 Ocean Boulevardのヒットにつながる。82年頃までまだ溺れていたが、drug・junkyの彼が死神から生きながらえた裏には多くの悲劇があった、最初の彼女は彼との生活でヘロインを覚え後自殺しているように。

ヘロインにはまった要因の一つはHendrixの死だ。彼が亡くなったその日の夜Sly and Family Stoneのコンサートで落ち合う約束をしていた。左用のギターをプレゼントするつもりだった。翌日、彼の死を知って、彼は近くの公園で一日中泣いた。頭にきたからだ、、自分を置いて、勝手に逝ってしまったHendrixに。それほど彼等二人は仲が良かった。
(追記)Cream以降、EricはHendrix等の影響もあり米音楽シーンに興味を持っ。69年、自ら結成したBlind Faithのコンサートを通して知り合ったDelaney and Bonnie、その流れをくんだLeon RusselがJoe Cockerをメインに制作したコンサート映画(Mad Dogs and Englishmen)のmusician達と知り合い、そのリズム隊(bass: Carl Radle(1980年病死)、drum:Jim Gordon,(母親殺しで服役)と繋がりDerek and the Dominosの結成となる。当時、この二人のmusicianは売れっ子のセッションマンで、Rita Coolidgeを始め驚くほど多くのレコードにクレジットされている。米musician達(junnkyが多い)との接触もEricのドラッグ依存を加速させた。 

しかし、なんとか彼はドラッグから足を洗い酒だけにすることができた。その間、何度か自殺を考えた、だが、あの世では酒を飲めない、という理由で生き延びた。
そして、1988年のjourney manが素面のEricが制作した最初のalbumとなった。これまで、ドラッグ、酒なしで曲を書いたことがなかったのでひどく不安だった。しかし、その成功で彼は大衆からサポートされているのを感じ、生まれ変わることができた。

ドラッグ、酒で地獄を見、それらをブースターに40年年近くも素晴らしい曲を産みだしている稀有なmusician、Eric。
それは思うに、多くの亡き友達,musicianが彼を動かしているのだろう、Hendrix(1970)、Duane Allman(1971.オートバイ事故死)、Steve Ray Vaughan(1990、ヘリコプター事故)等の。
不思議なことにEricはRay Vaughanとは彼が亡くなった日にspecial guestとして彼のバンドのコンサートに参加している。Duaneとは1970、マイアミでのDerek and the Dominosのalbumレコーディンを通じて知り合い、バンドに入らないかとEricが誘ったぐらい気心が通じ合ったが、Allman brothersを結成してばかりだったので彼は断った。

Jeff Beck、Jimmy Page、John Mayall、Peter Green、Cream、Jimi Hendrix 、Beatles、Pete Townshend、 Duane allman、Delaney and Bonnie、Leon Russell、Joe Walsh、JJ Cale、Frank Zappa、Muddy Waterを始めとする多くのbluse guitarist、70年代初期のごく一部、、彼ほど多くのmusicianと繋がったrockerはいない。

EricとJohn Lennonの生い立ちがなぜか俺には重なる。時代背景もあるのだろうが、母親は極端に若く、父親はmusician、お婆ちゃんに育てられ、art schoolに通い、、、、父親とは上手くいかず。(Ericの父親は85年に死亡、息子が有名なmusicianだとは知らなかった)

彼は自ら公言するほどの女好き、それは、9歳の時、お姉さんと信じていた人がお母さんだったショックの裏返し、なのだろうか、、、

Hendrixが亡くなって一月後のEricが彼に捧げたコンサート(Lisner Auditorium in Washington DC on Wednesday 21 October 1970)
Little Wing  by Derek and the Dominos
https://www.youtube.com/watch?v=9G5CJFrO2Oc

余談:彼がslow handと呼ばれている理由、
諸説ありますが、Ericが言うには、

Stage上で弦が切れてもスタッフに任せることなく、必ず自分で交換した彼のその作業の遅さに聴衆はゆっくり手を叩いて気長に待った。その様子を見て、Yardbirds時代のマネジャー(Giorgio Gomelsky)がからかって言った言葉。“早弾の俺に彼が皮肉って言ったのさ。ばっちり決まってるだろう”

24日のオバマケア代替法案失敗でガキトラ政権の短命が見えてきた。
面白い記事を二つ、興味のある方は

1:アべ訪米の際、ガキトラが上機嫌だった理由は、、
日本人の通訳の胸に魅惑されていたから、、、?
http://www.nydailynews.com/news/politics/trump-reportedly-obsessed-translator-breasts-article-1.3006231

2:去年の米大統領選挙でロシア政府に加担したロシア人ハッカーの存在、、
Evgeniy Bogachev
https://www.wired.com/2017/03/russian-hacker-spy-botnet/


 続

2017.03.25 


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