57: With a little help. タクシードライバー・高木

with a little help from Stranger

57:タクシードライバー 高木

高木はNYでタクシードライバーを約5年やっていた。懇意の日本人観光客相手の土産物屋から娼婦を紹介してくれと何度も頼まれ、ピアノバーの友達に相談した。彼女が売春春織を作るのを手伝った。その縁でガンビーノ・ファミリー幹部、ジャーニーニと知り合った。今では彼の情報屋として金をもらうまで落ちていた。

NYに来た目的はこうではなかった。
アルトサックスにはまっていた。2002年、春1年間の予定でNYに来た。当時は貿易センターテロの影響で人々はひどく打ちしがれていた。だが高木はここのすべてを吸収しようと毎日が刺激の連続で充実していた。

クリスマス前の12月22日、零下2度まで気温が下がった夜9時過ぎ、ラファットSTとブロードウェイ間の8THアストールで吹いていた。
高いビル壁に挟まれたこの場所は音の響きが最高だった。街灯も遠く、程よい暗さだったので容易に音にのめり込めた。

自作の[Well, I used to play that song.(その曲はよくやってた)]を吹いていた。
普段は通行人が少ない通りもクリスマス前のショッピングで行き交う人が多かった。誰もが襟を立て、足早に家路に急いでいる。

伸ばし放題の長髪、あご髭、口髭の白人のホームレスが、ショッピング・カートを押して通りかかった。コリン・ウィルソン(Colin Wilson)のザ アウト・サイダー(The Outsider)の本がくすんだ灰色の寝袋に見えた。
体臭がきつかった、、彼を横目で見ていた、いや、睨んでいた、、うざかったのだ。
目を閉じて佇んでいた彼は寝袋に手を入れた。
アルト、メッキの剥げ落ちたセルマ、古い、まさかアルトが出てくるとは、

音が鳴った、風、宇宙の風。
やがてその音は泥くさくなった。それさえもが臭った、反吐の海で溺れている。
苦痛に耐え切れなくなった。
サックスをケースに仕舞おうとした、、、次のコーラスで動けなくなった。
甘美で狂おしいほど哀しく、切ない。

身震いする寒さだというのにホームレスは気持ちよさそうに寒風に身を委ねて揺れている。
閉じた目元から滲み出た水滴が額からこぼれ落ちる汗と交差し、口髭を濡らして光っている。
こぼれる汗、、こんなに寒いのに、、まるで彼は夏にいるようだった。

コーラスごとに浄化していった。
そして、テンションを突き抜け、解き放たれてただの音になった。
誰もが好んで聴くようなものでなかったが、ほんものに限りなく近いと感じた。何も介在しない、自分と音だけの世界。でも、泥臭かった、人間臭かった、、諸々の感情のごった煮、なのに、最後は、。

彼の演奏中、イースト・セントマークスから白のプラスチック・ショッピングバッグが通りのセンターを滑走してきた。
俺たちの目の前で急停車し、高さ20mもあるビルの屋上まで瞬時に舞い上がった。
そこで舞っていた、、顔、首のよう、、憑かれたように、、SOULに憑かれた。
彼の音がブーストしてそれを突き上げた。
ロケットになって闇夜に飲まれた。

一瞬の出来事だった。消え去った辺りを凝視した。
星が微かに光った。ホームレスのSOULだと、感じた。

吹き終えた彼は両目を閉じていた。
そして、目を開けた。
やさしさと慈悲に溢れていた。
「君の曲だね。タイトルを当ててみようか?」
ささやくような声だ。
「私ならI used to は使わない。過去、現在、この瞬間、すべてコネクトされているものだからね。
[I still play that song( 今でもその曲はやってる)かな」

ホームレスはサックスを寝袋に包んでカートに手をかけた。
「素晴らしい音が出せるのになぜ音楽をやらないのですか?」
ホームレスは高木の顔を直視した。
「君はなぜこんな寒い夜にサックスを吹いてたんだい?」
「テンションを持って吹きたいからです。寒さなんて吹き出したら感じません」
「音と一体になって別の境地に達したいのかね」
「ええ、それもあります。いい演奏ができるには、俺にはテンションが必要なんです」
「君は音楽のことしか頭にないんだね。今はそれでいいかもしれないがいずれ行き詰まるよ。副次的なものとして捕えたほうが音は成長する。ただし金、名声を求めているなら私の話は役に立たない」
「音の成長と金、名声は伴わないと?」
「自分で判断するんだね。君はサックスで生計を立てようと思っているんだね?」
「はい。失礼ですが、あなたはなぜサックスを吹いているのですか?」
「これは私のではない。友達が病気でサルベーション・アーミイ(救世軍)の施設に入っていてね。
手術代替わりにこのサックスを取られるんじゃないかと心配していてね。私が預かっているんだ」
「たまたまサックスがあったから吹いたのですか!」

ホームレスは問いに答えず行こうとした。
 高木は声を上げた。
「俺の部屋に来ませんか!」
浮浪者は振り返って高木を見た。
「私には受け入れるだけの勇気がない。この臭い、汚さが君を不機嫌にするのは目に見えているからね。ありがとう」
「風呂に入ればそんなもん消えます!」
「この臭いが私の一部でね。これなしでは気が狂うんだ」
「あなたの今の生活があなたからの出てくる音と関係があるのでしょうか?」
「NO、関係なんてない。ただ、いつも感覚を意識して生活するんだね、知覚が鋭くなるように。
大切なことは、自分の体験、普段の行ない、君の場合は演奏だね。それらに評価を与えないことだ。自分はどんな状態だろう?演奏技術は?周りの目は?、一切気にしないことだ」
「あなたの言葉が理解できません。もう少し教えていただけませんか?」
「呼吸音、そよ風が耳にあたる感覚、」
 ホームレスは辺りを見回した。
30m先のレキシントン・アベニュー線の地下鉄駅から出てきた家族連れを見ている。
「あの幼い女の子が見えるかい?彼女は微笑んで話しかけている。誰に言ってると思う?」
「何か抱えて、、ああ、小猫だ!」
「小猫は幸せだと思うかい?」
「ええ」
「じゃあ、笑顔のお母さんを見たまえ。どうだい?」
「ええ、幸せそうです」
「あの小猫はお父さんからのクリスマス・プレゼントだ。でもお母さんはあの子を家族の一員として認めていない。ほら、通り過ぎるときみんなの顔をよく見たまえ」

3人は楽しそうに前を通り過ぎた。

「あの中で一番幸せそうなのは幼い子だ。子猫はどうだった。不安におびえていた。お母さんの心を読んで自分がどうなるのかもう分かっている」
「いずれ捨てられると?」
「そこまでは分からない。ただ、あのお母さんに媚を売ろうなんて考えていないから彼女の愛を勝ち取るのはむずかしいだろうね」
「、、、、」
「生まれてわずか数週間の小さな体でもう死に直面している。それを受け入れるだけの勇気も少し持っている。君がアーティストなら見過ごしてはいけない」

ホームレスはショッピング・カートを押してウエストに向かって歩き出した。

高木は不思議なことに気づいた。
足早に歩く人々で通りは溢れていた。その中をぶつかることもなく、自分の歩調でゆったりと歩いている。周りも彼が存在していないかのように悠然と通り過ぎていく。
彼の演奏中もそうだった。
雑踏の中、俺たちだけがこの空間にいた。

それから、彼の言葉を実践した。理解しようと努力した。出来なかった。
ホームレスを見かけるたびに彼を探した。
翌年の真夏の深夜、老婆のホームレスが通りかかった。
あばたの醜い老婆だ。
「金を恵んでくれねっか?」
知らん振りした。
ケースの中の金を取ろうとした。
「婆さん、行けよ!相手してる時間なんてない。邪魔なんだよ!」
「クゥーオーター(25セント硬貨)ぐらいくれよ」
「行けよ!邪魔なんだよ!婆さん」

無視して吹き続けた。
老婆は鬼のような形相で睨んで去っていった。

やがて金は底をつき、日本人相手のピアノ・バーで演奏するまで落ちた。あのホームレスも年月が忘れさせた。売春の手伝い、情報屋、タクシードライバーでそこそこの生活は出来た。サックスなんかどうでもよくなっていった。アルトが部屋のどこにあるのかも定かではないほどだった。


高木はハワイ島経由でNYに来た、マウナロアの火山石をポケットに入れて。 

*ハワイ島の神ペレについては、“10章:火山の神・ペレ” を参照ください。


Theme: 連載小説
Genre: 小説・文学

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