51:With a little help. 華麗なペレの神

with a little help from Stranger


51:華麗なペレの神

プナの邸宅からキラウエアまで女性はある名前を口ずさ、、口ずさむ?黒の布袋の人形、子守唄じゃあるまいし、、テ、、ツ、ジ、、テツ、ジ、、キラウェアの火口から吹き上げてくる噴煙と共鳴して木霊、死を、、もはやこの世にいるようには。
ヘリから突き落とされた時も、その名を、楽しげにさえ、、火口に消えていく姿はまるでヴィーナスがハングライダーをやっているかのように華麗だった、ゆっくりと、弧を描いて。
呆然と、魅入って、、そうだった、、ヴィーナスではなかった。ここに住むペレの神だ。
そうだペレの神だ。
首から上を覆っていた黒い袋が、いや中身も、だ、離れた。急降下して火口に落ちていく、でも、ペレはまだ泳いでいた。火口の上を、首なしで遊んでいる。

おかげでヘリの操縦がおろそかになった、下からの風に煽られた。
危ういとこで姿勢を立て直した。
ゴメスが怖くて身構えた、、不要だった。突き落としたゴメス達、マフィアも皆、口を開けて火口を、体を乗り出して見入っていた。
ヒロに住む日系のパイロット仲間がいた、名がテツジ、彼女のテツジもジャパニーズにちがいない。

そのテツジを探し出すのに10年近くかかった。ビト・カンポスの過去を洗って探し出した。
シチリアだった、しかもマフィア、ガンビーノの敵対するディマッジョ・ファミリーだ。
80年代に、肌の色の違う、東洋系の子供がいた、と。70年中頃に生まれた子、アントニアが亡くなる数年前だ。
その子がその後どうなったのかは簡単に調べることが出来た。ディマッジョ・ファミリーと盟友関係のNY・ボナンノ・ファミリーにテツジという名の東洋系の若者がいたからだ。
ニューヨークまで出向いて彼を見た。目、鼻、間違いなかった、彼女の子だ。
誰が父親なのかは探し出せなかった。アントニアの母親が大阪で亡くなっていたのは突き止めたがそれから先は無理だった。
これらの情報も兄、イサムディンに伝えた。



彼女からの電話が1977年12月7日を最後に途絶えた。

音沙汰なし、、親父のカンポスからも、、それが1982年8月、糞暑い夜、電話があった。

”何年振りだね。5年は経ったか、、アントニアは1977年、12月から行方知れずだ。もうこの世にいない。私もじきおなじ運命、この世とおさらばする。実はアントニアには子供がいる。名前はテツジ、君とおなじ名を彼女は付けた。そうだ、君の子だよ。彼女が君にその存在を知らせなかったのは、、何なんだろう、、愛とでも、、なんなりと思ってくれ。今はNYのボナンノ・ファミリーが世話をしている。まだ5歳だ。だから君に頼みがある。贈り物をした。それでテツジを護って欲しい。上手く使えば何にでもなれる、、、君はジャパニーズのギャングだったな、、ボス、、、なれるよ、上手く使うことだ。もし表に出ればバチカン、CIA、マフィア、フリーメイソンのP2、、影の組織、、とんでもない事態になる。イタリア、米政府にも及ぶよ。だからどうかテツジを頼む。ボナンノに預けたのはある理由からだ。NYにガンビーノ・ファミリーという強力なマフィアがいる、NY5大ファミリーの一つだ。ボナンノの比じゃない。彼等が、、アントニアを殺した、、と思っている。きなぐさい話だが、、戦中、後から彼等とCIA、バチカン、すべて関係がある。私も関わっていたからね。とにかくテツジを護って欲しい”.



五日後、赤羽海産店の名でダンボール箱が届いた。北海道、、蟹だ、、8匹のズワイガニ、、その下に、、分厚い書類、、たまげた、、とんでもない代物だった。
バチカン銀行の子会社アンブレラ銀行の消えた莫大な金、14億ドルのおおまかな使途先が書かれてあった。バハマ、パナマのペーバーカンパニーを通してニカラグアのソモサ、その敵対するサンディスタ、その後のコントラ、ポーランド・ソリダリティのワレサの連帯、アルゼンチン、中米で、、だがこれもほんの一部で大半は闇だとあった。
それと1978年、在位僅か33日で亡くなったパウルス六世の暗殺にかかわったバチカン銀行頭取の役割、その後を継いだヨハネ・パウロ二世とイエスズ会の総長として生前で始めて解任された28代ペドロ・アルペとの確執。
アルペは社会正義の促進に力を注ぎ、中南米では“解放の神学”と呼ばれた運動を支持していた。多くの司祭が政治、革命闘争に関わった。パウロ二世はこの運動を快く思っていなかった。

パウロ二世は1981年3月13日、セントピーター広場(ST.PETER‘SQUARE)で正面から3発の銃弾を受けた。暗殺者イスラム教徒、アリ(Memhet Ali Aaga)は実は隠れイエスズ会の一員だった。米政府はロシア、アンドロポフが後ろ盾になっていると非難してロシアに対する武力構築を強化する。法王は専用の病院に搬送されることも特別に用意してある血液も使われなかった。ローマのゲメリ病院(GEMELLI hospital)に搬送され、後、一生悩むこととなる肝炎に汚染された献血が輸血された。それと法王暗殺失敗から約二週間後の3月31日レーガン大統領暗殺に失敗したヒックリの家族と副大統領のブッシュは関係がある、、すべて仕組まれたものだ、とあった。それにマフィアの金を洗浄していた事実も。

カンポスはどうやってこれらの情報を、、娘が不明になったのに自分だけ、、いや、もう彼もじきだと。
それにしても子供が、、俺の子がいたとは、、マフィアが世話してるだと、、


三日後、ボスの山口組若頭補佐、菅谷政雄に命じられてある場所に出向いた。
日生球場、近鉄とロッテの野球、、解せなかった。

指定された座席に座っていると、痩せた、もうあの世に旅立って久しい、貧相な老人が隣席に腰を下ろした。
爺さんがいきなり切り出した。
“これからは私が君の面倒を見る。何かあったら電話しなさい”

名刺が目の前にあった、、赤井大膳、とあった。右翼ボス、政界フィクサー、、と呼ばれていた人物だ。
Theme: 連載小説
Genre: 小説・文学

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