45:With a little help. ナチ、バチカン、マフィア

with a little help from Stranger

45:ナチ、バチカン、マフィア


鉄二の祖母、エリザベス(Elzbieta)と徹の父、マキシミリアノ・コルベの母親、クララ(Clara)はワルシャワで生まれ育った姉妹だった。
一家の幸せな生活は、1939年、ヒットラー率いるナチ侵攻で一変した。
四人家族はワルシャワのゲトーに閉じ込められ、1943年6月ゲトー陥落前に、当時17歳だったエリザベスはナチ親衛隊中佐、グスタフ・ワグナーに誘拐されて行方不明となった。
戦後、農務省に勤めるようになった姉妹の父親はシレシアに赴任した直後の1947年、元ポーランド地下抵抗運動の兵士達に殺害され、半年後、母親は病で後を追うように亡くなった。

戦後、数年経っても、ポーランド、いやヨーロッパ全体がまだナチスのプロパガンダに洗脳されていた。当時ポーランドに進駐してきたロシアの兵隊は、「ユダヤ人なんか殺してやる」と叫び、戦前、近所で親しく付き合っていた人々さえ収容所生き残りの人達に「ヒットラーがあなたたちを始末してくれると思っていたのに』と言い放った。
長い間、意志を殺す生活を余儀なくされていたので、収容所生き残りの人達は他人が聞きたいことしか話さなかった。本当は強制収容所内で何があったのか伝えたかったのだが無意味だと悟ったからだ。

1953年、クララは父方の親戚ベラ叔母さんに連れられてアメリカに移住した。叔母さんは戦争が終わる直前まで8週間アウシュビィツにいた。
多くのユダヤ人が、精神的、肉体的な傷を負ってヨーロッパからアメリカに渡った。
身寄り、家族はいなくても悪夢のヨーロッパから離れたかったのだ。
それでも多くの生き残りの人達が新天地で自ら命を絶った。


ナチス侵攻前からポーランドではヨダヤ人排他運動がひどくなっていた。
ポーランド社会から閉め出そうとあらゆる手段を講じて人種差別、排他、憎悪を人々に植えつけようと腐心した。
動物以下の間抜けでこっけいな生き物のように見せようとユダヤ人を馬鹿にしたポスターを街中に貼り、何をしようが良心の呵責を感じないレベルまで人々を洗脳していった。
子ども達は登校を拒否され、普通の一般市民が髭をはやしたユダヤ人のそれに平気で火をつけるまで。


ユダヤ人ではない母方の親戚が危険をおかして二年間、四人家族を匿ってくれた。
それも、1941年、隣人の通報で発見されてユダヤ人だけを集めたワルシャのゲトーに連行された。
そこは奇妙な所だった。
通りには人々が餓死寸前で横たわり、多くの子どもたちはお腹を空かして泣いていた。それなのにナイトクラブがあり、食べ物があふれたレストランがあった。
金はゲトー内でも万能だった。それさえあれば普通の生活は可能だったが、既に多くの人が数年間の略奪、没収で文無し状態だった。
ナチスはそれを餌に、「トレブリンカ収容所に行けば毎日食べ物にありつける。空気はきれいだし、病気もない」と宣伝した。
踊らされた多くの人がゲトーを出ていった。

1942年になって、ガス室のことがゲトー内で噂になりだした。トレブリンカ収容所から帰ってくる人が皆無だったからだ。
やがて、収容所行きは強制的になった。
幸い、姉妹の父親はナチ兵士に卸すパン屋の手伝いをしていたので収容所行きが延びていた。
1943年、暴動でゲトーが焼け落ちる1週間前、大金を払い、下水道を通ってワルシャワ郊外に住むポーランド軍の元大佐の所へうまく逃げることができた。
しかし、そこにエリザベスの姿はなかった。二週間前から行方知れずだった。

元大佐自身、ナチスに追われている身だったが偽造証明書を作成して多くのユダヤ人の逃亡を手助けしていた、立派な人だった。
しかし、数日後、「カトリックの牧師を連れてゲシュタボが大佐の家に向かっている」と近所の少年が知らせてくれた。
当時、多くのユダヤ人が身元を隠そうとカトリックに改宗していたのでゲシュタポは牧師を同伴させて教義の質問を浴びせ、素性を見抜こうとした。


バチカン(カトリック)とナチは裏で繋がっていた。
それだけではない、米政府、マフィアとも関係があった。
戦後、アドルフ・アイヒマン、ジョセフ・メンゲレ、多くのナチ戦犯を南米に逃がしたのはバチカンの一部の牧師達の組織だ。赤十字発行の偽名パスポート、資金まで用意して逃亡を手助けした。

米政府とは共通の敵、スターリンだ。戦後すぐロシア共産主義に対抗してバチカンはクリスチャン・フロントという組織をナチ逃亡者をメンバーにして作った。ロシア共産主義に対抗する目的で作られた組織を米は黙認した。だが、彼等はクレムリンの逆スパイだったとも言われている。

ムッソリーニに弱体化されたマフィアはバチカンのガードマン役を担い、生き残りをかけ積極的に関わった。ナチスに没収される寸前の数トンの純銀を密かにナポリからローマ(バチカン)へ運んだのは彼等だ。
米政府もマフィアを利用した。
1943年シチリア奪還の第一の功労者は、ラッキー・ルチアノ等、マフィアボス達だった。戦後、マフィアがイタリア全土に影響力を持ちえたのはその為だ。
ナチスを支援していたのはバチカンだけではなかった。スウェーデンは、鉄鉱石、ボールベアリングの供給国、ポルトガル、スペインはタングステン、アルゼンチンは武器、スイスは財源という形で協力した。


バチカンの助けで南米に向かっていたワグナー中佐と鉄二の祖母、エリザベスはシチリアで足止めを食った。それまでナチ逃亡者幇助を任されていたビト・カンポスの裏切りだ。
彼は戦前NYから放逐されたシチリアン・マフィアだったが、米は地元マフィアの連絡役として侵攻前に接触した。
ワグナー中佐はビトの手で極秘に殺害され、まだ19歳だったエリザベスは彼の屋敷に引き取られた。それから六年後の1950年、鉄二の母アントニア(Antonia)が生を享けた。

Theme: 連載小説
Genre: 小説・文学

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