下はわいーい4: ラルフ このエントリをはてなブックマークに登録

4:ラルフ・ヨハンソン


日本人旅行者が溢れているカラカウア通りから僅か2ブロックしか離れていないのに、戸昼が住んでいる、アラワイブルーバードに面したアパートの住人は白人が多かった。 
夜半、月に数回、パトカーのサイレンが鳴り響くような所だった。

ラルフがあごを数回振っただけで何も言わなかったので戸昼が強い口調で言った。
「奴らに聞かれたら金ぶんどられるぞ!
いいな!
そこの公衆電話は使うな」

零時の時報だ、寿子が腰を上げた。
「何を二人とも張り合ってるのよ。
ラルフ、あんた餓鬼みたいなこと言わないでよ。
相手は暴力団よ。
戸昼の計画なんだからボスでいいじゃない。
お金は3等分するんだから取るまでは喧嘩も何もなしよ!
約束して!」
「分かった。
約束する」 
こいつは寿子に惚れてるのかいつも従順だ。
「行くわ。
そうそう、今日あのパンチパーマがウエスタンビーチホテル内を歩いているのを見たのよ」
「ガングロでもいいからばれないようにしてくれよ。
明日、9時までにここに来てくれ
10時が2回目の電話だ」
「分かったわ」

ラルフがボールペンを口にくわえ、書類を見ている。
こいつと話すのはもううんざりだった。
ディスコで顔を合わせる程度で深い付き合いはなかった。
いつも顔に痣を作っていたので、どうしたんだ、と聞いたのが始まりだ。
その度に、喧嘩をした、と言った。
一月ほど姿が見えなかった。
喧嘩して入院していた、と。
こいつの喧嘩の説明はいつも同じで腑に落ちないものだった。
夜中、歩いているといきなり4人の男に後ろから襲われ、意識が戻ると道路に横たわっていた。
なぜ襲われたのかまったく記憶がない、と。
何回、聞いたことか、大男なので喧嘩を挑まれたと解釈していたが、何かあるようだ。
 
ふとある事を思い出した。
以前、ディスコ帰りに車で送ったことがあった。
クヒオ通りとカラカウア通りが交差する所にある小さな公園内で、一見して娼婦とわかる男女4人が怒鳴りあっていた。
「ちょっと停めてくれ」
一目散に彼らめがけて走り出した。
いきなり男二人を殴り倒した。
それだけでは終わらなかったので驚いた。
止めようと走ったが間に合わなかった。
鼻血まみれの彼女らの顔はひどい形相で、まだ殴りかかろうとしていたラルフの巨体を車に戻すのに一苦労した。
翌日の新聞に、娼婦の顎の骨が折れ、全治2か月とあった。
被害者が娼婦だったので警察が真剣に捜査をしなかったのだろう。
たまたま、ディスコが変装大会の日だった。
ラルフはゴジラのぬいぐるみ、俺がフランケンシュタインの面をかぶっていたので身元がばれなかった。
その時は深く考えずに笑い飛ばした。
それがきっかけで運送会社で働いていたラルフを仲間にした。

ベッド脇の目覚まし時計は2時10分前だ。
ラルフの逆三角形の大きな後ろ姿が目に入った。
ボールペンを食べ終え、今度はホッチキスをくわえている。
先祖はバイキングの末裔、親父はドイツの水泳の元オリンピック選手、遺伝子をよく自慢していた。
最初に会った時の髪型がモヒガン刈りだったのを思い出した。

後悔し始めていた。
こいつと数時間一緒にいるだけで疲れを感じる。
体の大きさに比べて異様に小さいラルフのスキンヘッドの後頭部を見ながら、起床まで2時間余り、どうやって過ごそうかと考えていた。


デスクに寄って荷物の連絡が何もないことを確認して、11時前に純はホタルの部屋に着いた。ホタルもモモも神妙な顔をして待っていた。
「参りましたよ。
ホタルさん、今日一日、散々でした。
長いのなんのって」
「スーツケース2個、行方不明なんだって」
「普段なら遅くても5時頃までには出てくるのですが、今回は他社の荷物スタッフに間違えて預けたみたいで見つけ出すのにどのくらいかかるか。
添乗員、下着類からいろいろ買わされて泣きが入ってましたよ」
「荒井邦男と上村正一のだろう」
「よく分かりましたね。
荒井邦男と社長の上村正一のです。
荒井邦男は最初、名前が部長の君夫になってたんですよ。
《うえむら》が《かみむら》になってたり」
「スーツケースは出てきそうか?」
「滅多になくなるって事はないですから。
遅くても明日の午後までには出てくるんじゃないですかね」
「純が今着ているアロハが東都ツアーズの制服よね」
「何だよ、モモ、いきなり。
いつも見慣れてるだろう」
「空港でロドマンのイラストの入ったTシャツ姿のパンチパーマの男が、行方不明のスーツケース2個を若い女性に渡したのを見たって言ったでしょう。
もっと紺色に近い、と思ってたけど似ている」
「でもね、今朝の中華便の荷物スタッフに女性スタッフはいなかったんだ。
彼女は家のスタッフじゃないよ」
「間違えて渡すことはよくあるのか?」
「いえ、僕の知る限りまれですね。
荷物スタッフが滞在ホテルの荷札を間違えたり、運転手がミスして滞在ホテル以外のホテルに運んだ例は何回もありますが、今回のように他社のスタッフに渡すなんて今まで聞いたことがありません」
「モモ、彼女が受け取りに行ったようだったか?」
「ええ、係って感じで自然に見えたわ。
パンチの人と親しく話していたし」
「グループ専用・到着口に東都のスタッフはいないのか?」
「いなかったのか気づかなかったようですね。
他社のグループが多いと気づくのに時間がかかります」
「だって、あの2個税関を通ってないのよ」
「え、、、!そうなの!」
「別の係りが誘導して税関過ぎたところで渡したの」
「じゃあ、、おかしいじゃん」
「重要なものが入ってたんだ、ドラッグか、余分な金か」
「パンチの人、大きなグループに巻き込まれちゃったの。
他のメンバーもいないし。
何度か人の流れに逆らって立ち止まってメンバーが来るのを待つ素振りをしていたけど、
結局、待合室で待つことにしたのよ」
「その女性はどんな感じだった?」
「ハウリー(白人)じゃなかった。
日系で私と同じぐらいの年格好。
会えば分かると思う」
「もし出てこなかったら空港で見てもらおうかな。
でもしゃくだな。
彼女のほうから近寄っていったなんて。
まるで詐欺みたいじゃん」 


theme : 連載小説
genre : 小説・文学

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