6:ヒッチハイク マドリッド. サンチアゴ・ベルナベウこのエントリをはてなブックマークに登録

6:マドリッド.サンチアゴ・ベルナベウ  

カサデカンポのユースは、遊園地、競技場が隣接している公園の中にあった。
門を入ると長屋風の建物が広い空き地を挟んで並んでいた。
受付に、ダリ風、面長の顔に、黒ぶちの眼鏡、口髭、頭が薄いおじさんが座っていた。
机にエンリケ・ゴメスと名札があった。
ユースのカードを取られた。
何日分か払おうと待っていると、「もう行け」と手で仕種をした。
このユースは後払いだった。

角さんのアドバイスを実行することにした。
ストックホルムで作ったドイツバンク発行のトラべラーズチェック、250$を紛失した、と支店に届けた。
上手く行けば入国する際、イミグレ(移民官)に見せる偽金として利用できる。

通された部屋には、恐そうな中年女性がいた。
「バルセロナからのヒッチハイク途中、紛失しました」、
鼻で笑った。
「トラックの荷台に乗ってき来た」、
噴き出した。
ヒッチハイクの言葉も初めて知ったようだ。
紛失したチェックは使えなくされた。
上手の彼女に袋小路に閉じ込められしまった。
演技をするなんて荷が重い。
「紛失したチェック探して持ってきなさい。簡単に見つかるでしょう」 
ポケットの中のチェックを握り締めてユースに帰った。

翌日、「よく探したら、ジーパンのポケットから出てきた」
番号札を渡された。
囚人だ。
「胸元に持ってなさい」
正面、右横、左横の写真を取られた。
彼女は顔を上向き加減に勝ち誇ったように鼻の穴を膨らました。
封筒から現金、250$を無造作に俺の前へ置いた。
「もっと巧い嘘をつくのね」

どんな嘘であれ、人の嘘を暴いて得意になるほど愚かなことはない、と思った。
結局、筋書きどおりに行かなかった。
小細工せずに進めということだ。

アルゼンチン大使館にビザを取りに行った。
髪の長さが気になった。
問題なかった。
旅に支障があるなら切る。
そうでない限り放っておくつもりだ。

遁ずらせずにゴメスさんの所へ行った。
他人のカードを渡されたので黙って自分のを探し出した。
東洋人を見分けるのは難しいようだ。

風邪は相変わらずで、この2日は熱と頭痛で最悪だ。
もうヒッチをやる気力はなかった。
金をチェックしたら505$あった。
ヴィゴまでのチケット代を払っても、450$そそここ持って船に乗れそうだ。

19日、ヴィゴ目指して出発した。



それより1週間前、ロバートとチャックは、
郊外のキャンプ場で寝泊まりしていた。
中央図書館で、レアル・マドリのホーム、サンチアゴ・ベルナベウ・スタジアムの設計図を調べていた。

4日後の17日、スタジアム内のコーヒーショップ、「エル・グレコ」、でグレン大佐と会う手筈だった。

すべての準備が整い、あとは大佐が現れるのを待つだけだ。
「大佐は来るだろうか?」
「のこのことな。
ロシア寄りのベトナムは共産圏なのに中国と犬猿の仲だ。
カンボジアはどちらかというと中国に近い。
国の若い者の命を犠牲にして奴はそこんとこを突いてぼろもうけした。
許せない国賊だ。
そんな小賢しい狸がみすみす破滅の道なんか選ばない。
スタジアム内には部下が入り込んでいるはずだ。
味方は観衆しかいない。
楯にして上手くやるんだ」


ボブ・レノンと部下の3人は、インターポール(国際刑事警察機構、ICPO)の偽手帳を使って、
ペンション、ホテルの宿泊名簿のチェックをしていた。
ここまでロバート・スコットの所在を確認できないでいた。

当日、スタジアム内は凄い熱気だった。
レアル・マドリが、前半32分に1点を入れてハーフタイムになった。
コーヒーショップ・エル・グレコに観衆がなだれ込んできた。

それより30分前、ロバートは隅のテーブルで大佐を待っていた。
客は10人ほどいた。
ほどなく黒のバーバリーコートを着た男が、
ロバートのテーブルに座った。
「うまい所を選んだな」
「グレン大佐か?」
「思ったより若いな。名前は?」 
男の右耳のほくろを確認した。
「手ぶらのようだが、金は?」
大佐は20m程離れた所にいる、サッカー観戦には不似合いな黒づくめの男2人に目をやった。
「ネガは?」
ジャンバーの胸ポケットから封筒を頭だけ見せた。
「あの頭の薄い方にテーブルまで金を持って来てもらおうか?」
大佐はその男に合図した。
アタシュケースを持ってきてテーブルに置いた。
「あんた等はもう用無しだ。
これからゲートナンバー4まで行ってもらう。
さあ、行きな」
「どうする気だ。
金はここにある。
早くネガを渡せ」
「ゲートナンバー4だ!
そこに試合が終わるまでいてもらう。
ネガは相棒がこの2人が4番に行ったのを確認してからだ。
そろそろハーフタイムだから早く行かないと人混みで歩けなくなるぜ」
「言われたとおりにしろ」 

2人が去って10分が過ぎた。
人の流れが多くなってきた。
「セニョール・ホルゲ!
セニョール・ホルゲ!テレフォノ!
セニョール・ホルゲ!テレフォノ!」 
ウェイトレスが大声で電話の呼び出しを告げた。

ロバートは、入り口脇にあるカウンターでウェイトレスから受話器をもらった。
「そっちに着いた?」
「ああ、大佐の部下がまだいるはずだ。
よく観察しろ!
席に着いたら、すぐ服を変えろ。
帽子も忘れるなよ」
「じゃあ、50分に」

ハーフタイムに入って、スタジアム内の通路は人々の動きで身動きが取れなくなっていた。
「おまえの名はホルゲか?」
「、、、、」
「相棒がいるのか?」
「俺に聞かなくても、調べはついてんだろう」
「相棒はここにいないってわけか。
青二才の分際で100万$も吹っかけたな」 
15m離れたトイレのサインの下で、タバコを吸っている男に目配せした。
「ネガを確認させてもらおうか」
「あんたはピストル持ってんだろな。
かなわないな、これがネガだ」
内ポケットから大佐の前に投げた。
大佐は中を見た。
写真が3枚入っていた。
「ネガは?」
「この前、2枚しか送ってないから、その3枚見たいだろうと思ってさ」
「いい加減にしろよ。
ネガと写真だ。
写真もこれしかないという保障はないんだ。
おまえを信用したから来たんだ。
どうにでもできるんだぞ」
「力づくか。大佐、行くぜ?」
「なんだと、どこに行くんだ!」
「ネガは残念ながらここにはない。
相棒が持ってる」
「何だと!
提案しといて約束破るとはなんだ!
ふざけたまねをするな」
「悪かったな。怒りなさんな。
あんたが独りでのこのこ来るわけないからよ。
こっちは頭を使わなきゃなんなかったんだ。
分かってくれよ」
「あそこのトイレのサインが見えるか。
部下がいる。
相棒を今すぐ呼んでもらおうか?
おまえにこれ以上付き合う気はない」
「期待に背くようだが連絡は無理だ。
公衆電話だ。
電話番号知らない。
ここは俺の言うとおりにしてもらうしかない。
約束どおりネガは渡す」
こんな若造に手玉に取られている自分が情けなかった。
「トイレの男をここに呼んで、ナンバー4ゲートまで行くように言ってくれるか」

大佐は深い溜め息を吐いた。
トイレの男を呼んだ。
「ボビー4に行け」 
ボブ・レノンは大佐の言葉が理解できなかった。
「大佐、こんな若造に!」
「いいから行くんだ!」 
「あんたが20分以内に着かなかったら取引は無しだ。
試合が終わる9時までそこにいてもらう。
相棒から確認の連絡があるからそのつもりでな。
破ったら無しだ」
「何だと!この若造。
大佐、こんな餓鬼の言うこと聞くんですか!」
「他に手がないんだよ。
ここにネガがないからさ。
3人でトランプでもやっといてくれ」
「行け。
言うとおりにしろ」

ボブ・レノンが人混みに消えたのを確認して、ロバートは立ち上がった。
「大佐、行くぜ。
アタシュケースを持ってくれ」
「なんだと、、、!」
「いやなら俺が持ってやろうか?」
大佐は席を立とうとしなかった。
「早く終わらせてバイバイしようぜ。
俺たちは写真持ってるからもうネガ必要ないんだ。
ネガは必ずあんたにあげる。
約束するよ」
「何だと!
やはり別にあるのか?
その写真も出せ。
そうじゃなきゃ取引は無しだ」
「いいのか?
表に出して。
あんたは俺たちを付け回すよな。
写真は保障に必要なんだよ。
あんたも同じことやるだろう。
今回はネガとその写真で我慢してくれ。
あんたが品行方正なお爺ちゃんになったら返す」
大佐はしぶしぶアタシュケースを持って立ち上がった。

ひどく重かった。
2人は座席に戻り始めた観衆の中に入っていった。
「どこへ行く!
席は33のA5だろうが。
反対だ」

無視して人の流れに任せて進んだ。
指定席は誰かまわず声をかけて、それより遠い所でゲート出入り口に近い、公衆電話が間近にあるのと交換した。
フィールドに近い席だったので誰もが欲しがった。

「待て!
ロバート!
わしはアタッシュケースをぶら下げてるんだ。
ゆっくり行け!」 
自分の名前に、一瞬凍りついた。
動揺を悟られないよう速度を早めた。
「、、ゆっくり行け。、、、
ゆっくりな、、」 

高血圧と心臓に持病を持っていたので気が気ではなかった。
息切れがひどくなってきた。
今にも爆発しそうだ
ロバートは歩みの速度を緩めなかった。
大佐は人を押し退け、払いのけ、殴り倒し、
必死で後を追った。
周りを幾度となく見回しては部下を探した。
4人しか連れてこなかったのをひどく後悔した。
送られてきた席に配置した部下は何の役にも立たない。
ボブ・レノンは最後の切り札として取っておくべきだった。

促されて席に座ったときには後半が始まっていた。
持病、怒り、追いつくことに一所懸命だったので、
アタッシュケースの重さはさほど気にならなかった。
今は両腕を切断しても惜しくないほど痛かった。
幾度も辺りを見回した。
部下の姿はなかった。

ロバートは、裏表兼用ジャンバーを裏地のブラウンに着直した。
内ポケットから灰色のベレー帽を2つ取り出し、1つを大佐の頭にかぶせた。
「何するんだ!」
「帽子はかぶるもんだ。
大佐、コート脱ぎな」
「なんだと!
寒いのに脱げ!」
「威勢だけはまだいいな。
2度と言わねえから」
「無理だ。
手が動かん!」
「手間のかかる年寄りだ」 
バーバリーコートを乱暴に剥ぎ取り、自分の膝に当てた。
大佐は青白い顔をしてグレーのスーツ姿で震えている。
ロバートは時計を見て立ち上がった。
「直ぐ戻る」

3人がゲート4にいる確認電話をチャックからもらった。
公衆電話番号はチャックが調べておいた。

「ロバート!
1人後から来たぞ。
3人でいいのか?」
「ああ!知らせようと思ったけど、公衆電話が鳴るってのは、万が一気づかれたらと思って出来なかった」
「正しい選択だ。
そっちの電話はどうだ、大丈夫?」
「こっちはOKだ。
受話器すぐ取るんで大丈夫だ」
「双眼鏡で見てるぞ。
帽子、深くかぶせろ。
お前もかぶってるよな」
「ああ、、」
「服もOKだな」
「ああ」
「部下がまだいるかもしれない。
気を休めるなよ。
早く戻れ、大佐、目立つようなことやってるはずだ」

席に行くと、大佐が帽子を脱いで立っていた。
強引に座らせて、帽子を鼻まで押し込んだ。
大佐の震えなど知らん振りして試合を見た。

「いつまで待たせる気だ!」
「アタッシュケースを開けてくれるか?」
「駄目だ。ネガと交換だ」
「じゃあ、相棒が来るまでだな」
「ロバート、わしには持病がある。
頼むからコートを返してくれんか」
「俺はロバートじゃない!」
「おまえの素性はわかってる」
「中身確認させてくれたらコートを返すよ」
「おまえは病気持ちの年寄りが震えているのにゲームをやりたいのか」
「中を見るだけだ。
膝の上で開けてくれりゃあいい」
100$紙幣の束が詰まっていた。
ロバートは黒のバーバリーコートを裏返しにして大佐の肩にかけた。裏地は茶色だ。

8時45分になった。

「大佐、来な」
「どこに行くんだ?」
「野暮用よ。
さっきみたいなことされると困るんでな」
「何の話だ!」
「いいから、さあ、来な」
8時50分、チャックから予定通り確認の電話が来た。
「ロバート、3人はまだいる。変わったことは?」
「今のところ、ない」

ゲート4からここまで、何もない状態で走ってみた。
7,8分かかった。
この人込みなら10分はかかるだろう。

「チャック、ロスタイム入れても11,2分だ。
がんばってね」
「年寄りに過酷な役回しやがって。
記録作れそうもないが、トライする。じゃあな」
全速力でコンコースに飛び出した。

終了間際、アラビア人のスカーフを顔に巻いたチャックが現れた。
ぜーぜー言っている。
後ろから大佐の肩をたたいた。
肩越しに紙包みを差し出した。
「そのまま前を向いてろ。ネガだ」
大佐が鈍い動作でそれを手に取ろうとした瞬間、
ロバートは大佐の胸元にあったアタッシュケーをひったくった。
弾みで紙包みが座席の下に落ちた。
スローモーションを見ているかのように大佐は崩れ落ちた。

2人は群衆に紛れ込んだ。
レアル・マドリ、2−0の勝利だった。

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