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5:バルセロナ.  

さすがに12月は寒い。
古着屋で仕入れたアーミーコートとセーターを着込んでハイウェイに立った。
肩まで伸びた長髪、着膨れで体は風船、まるでアルプスの雪男だ。
俺が運転手なら乗せたくない。
昨日、金をチェックしたら800$ちょっとあった。
日本を出てから八ヶ月間で六ヶ月以上働いていた。
旅をしたのはたった一ヶ月、まるで出稼ぎだ。
スペインへはなるべく仏領を通らないコースを選んだ。
今まで遭った仏人が悪かった、俺の英語に仏語で返してきた、他国の人には英語で答えているのに。

それにしても寒い、もう二時間以上、立っていた。
小便をしていたらバスが見えたので少し高い位置に移動した。
パウロのバッグ目指して流れていた。
とっさに動いた。
靴、ズボンにシャワーがかかってしまった。
そこが凍って寒い。

車が前方15mで止まった。
救出された、靴、ズボンをバッグで隠しながら走った。
ブルーのサンダーバードで戦車のようだ。
真っ黄色のシャツに、真っ青のブレザー姿の黒人の若者が座っていた。
「スペインに行く途中です。下るならどこでも構いません。
乗せてください」
「とんでもない遠くに行くんだね。乗んなよ、ブラザー。
2、3キロがんばってみる」
ジェシーと名乗った。
ゴールドのネックレス、ブレスレット、たくさんの指輪を身につけている。
それらが、顔、皮膚に反射し、踊っている。
ジュエリー関係の仕事でもしているのだろうか、歩く広告塔だ。
ローザンヌで別れた。

スイスはヒッチが難しかった。
一時間たっても車を拾えなかったので汽車に乗った。
運悪く仏のリヨンまでしかない、ジュネーブ経由のリヨン行きを買った。

リヨンに翌早朝、着いてニメスまでのチケットを買いに行くと、
駅員は俺の英語を理解してくれない。
仏語でブツブツ言っている。
観光案内所を探して発着の時間を紙に書いてもらった。
午前11時に出て夜の10時に着く便しかなかった。
駅員は、中年のアメリカ人と英語で話していた、リヨンなんか糞食らえ!
町に出る気になれなかった。
寒いプラットホームの椅子に2時間座っていた。
風邪を引いてしまった。
その夜はニメス駅近くの安宿に泊まった。

翌朝、体がだるかった。
無理して道路に出た。
早く仏を出たかった、仏人の車にも乗りたくない。
そんなことが可能だろうか?
二時間待って駄目なら汽車に乗るつもりだった。

女性の明るい声が窓ガラス越しに響いた。
「スペインに行くところよ。今日はペルピニヨンでキャンプの予定だけど明日バルセロナに行くわ。よかったら乗らない?」
アダムとジェニー、父親が軍人で、ベルリンの大学に通っている、と言った。
ギターケースの上に、Jack・Kerouac(ケロウアック)の「On The Road(路上)」の本が見えた。

熱があった。
周りがぼやけてきた。
どこにいるのか、何をしているのか、この二人は誰だったっけと考えていた。
谷底に逆さまに落ちていった。

体に毛布がかかっている。
「キャンプ場に着いたわよ。相当疲れてたみたい。気持ち良さそうに寝てた」
「申し訳ない、とんでもないヒッチハイカーで」
「いいわよそんなこと。どう、サンドイッチ食べれる」
アダムが備え付けの木製のテーブルにサンドイッチを並べていた。
「よく眠れたか」
「ありがとう、5時間近くも寝ていたんだね。仏人の車じゃなかったからよく寝れた」
「仏人が嫌いか」
「親戚に仏人がいたらいい気持ちはしない」
仏人が英語を話してくれないのを説明した。
「ここはどこだ?仏語で答えられてもしようがないだろう。嫌なら勉強しな」
確かに彼が言うとおりだ、、

翌朝、簡単な食事の後ハイウェイに出た。
曇り空で今にも雨が落ちてきそうだ。
夕方バルセロナに着いて、郊外のキャンプ場に向かう途中で落としてもらった。
「風邪、治ってから動かなきゃだめよ」
ジェニーがウィンクした。
「体、気をつけるようにな」
とアダムがとポーカーフェイスで言った。


ユースでシャワーを浴びて横になると完全に鼻孔がふさがった。
翌朝、船会社に向かった。
「12月21日に、リオ・デ・ジャネイロ、サン・パウロ、モンテビデオを経由してブエノス・アイレスに行く船があります。到着予定は1月4日、ポルトガルの港町ヴィゴから出港します」

通りは、ポリスがやけに目についた。
髪が肩を過ぎていたせいか、彼らの視線がきつい。
ここはヨーロッパなのだろうか。
「俺たちはスペイン人じゃなくカタロニア人だ。
スペインではフランコの悪口を言うな」、
ハイメが言っていた。
彼の両親は内戦後の抑圧、虐殺を逃れて、アルゼンチンに渡ったのだろうか。

ユースに戻った、掃除で部屋に入れなかった。
ロビーのベンチで横になっていた。
男に起こされた。
「マドリッドへ行く旅行者を探してる。
5$で行ける。出発は明日の午後4時。
どうだ?空は1つ、乗るなら迎えに来る」


チャックは大佐が既にロバートを割り出している、と推測した。
自分の存在が知れるのも時間の問題だ。
誰にも頼れない。
文無しの旅行者を装ってマドリッドに行くことにした。
実際、文無しに近いのは事実だ。
サッカーのチケット3枚、ロンドンへの旅行、そしてイビサ島の滞在費。
中古のおんぼろトラックを100$で仕入れたので手持ちの金は少なかった。
この俺が金欠とはお笑いだ。
以前、NATO情報部にいたので金は工面できたが、ヨーロッパにいることを誰にも知られたくなかった。
節約のため旅行者を集めた。
彼らにガソリン代を負担してもらうことにした。



ボブ・レノンは、ほくろの男を求めてロンドンからストックホルムに飛んだ。
ヒッピーの溜まり場、ガムラブロに何度か足を運んで情報を得ようとした。
蝋燭の明かりだけの、薄暗い、汚い所だった。
Bob Dylanと Beatlesが一曲もかからなかった。
いらいらした。
女を口説くとき数分、長く間を持たせるものでしかなかった自分の名前に、二人と神秘的な繋がりがあると信じていた。
音楽に詳しいと自負していたのに知らない曲ばかりだ、うるさいロックは嫌いだ。

7月末を最後に忽然と消えていたが、ほくろの男については興味深い情報を得た。
9月に、同じ男を探していた40前後のアメリカ人の存在を知った。
大佐に報告した。
「ほくろの男、ロバート・スコットが写真を送った主だと思いますね。
今もって行方知れずです。
人付き合いはいいほうではなかったようですが、限られた友達、ガール・フレンドにも、行き先を伝えていません」
「他に仲間は?」
「彼に近い人間でいなくなったのは見当たりませんでした。一つ気がかりなことは、9月に、アメリカ人がロバートを探していたそうです」
「これからマドリッドへ飛んでサッカー場の下調べと奴の現れそうな場所をチェックしろ」


翌日、午後4時、トラックが現われた。
荷台に5人、女性は二人でアメリカ人、それにデンマーク、イタリア、ドイツだった。
みんながジャック(チャック)と呼んでいた運転手の助手席に、帽子をかぶった髭面の男が乗っていた。
ジャック(チャック)がまずガソリンスタンドに寄って5$集めながら言った。
「夜どおし走って早朝マドリッドだ。
みんな振り落とされないように注意してくれ」
ジャックの横の男は帽子を深くかぶり、降りようとも振り向こうともしなかった。

さあ出発だ!
風邪薬を飲んだ。
頭が違う道を歩き出した。

オブラートに包まれた観覧車に乗っている。
馴染みのない絞った音が、ぶるぶる、ぶるぶる、とオブラートを震わしていた。
燃え盛る炎の地中海色の夕日を浴び、逃げ惑う排気ガス越しに見えるバルセロナの街が瞬時に戦場と化した。
家路に急ぐ人々、車、バス、すべてが、この煙にすくむ焼け跡から逃れようと必死に喘いでいる。内戦だ。 

四時間後、ドライブインに停車した。
ジャック(チャック)の食事代を、出す、出さないでドイツとイタリアが文句を言った。
「飯代まで聞いてないぜ、俺はやだ!」
この二人、大戦と同じで変なとこで手を結ぶ。
残りの四人で払った。
「もう一人いるじゃないか、あんたの横の奴はどうなんだ。
あいつはガソリン代払ってんのか、え?」
イタリアがチャックに詰め寄った。
「彼は文無しなんだ。そこんとこは勘弁しくれ」

独り離れて、遠くのテーブルに座っているチャックの連れに目をやった。
帽子をとっていた。
おや、右の耳たぶに黒い物が見える。
背格好は合っている。
なんとなく似ている。
彼のテーブルに向かった。
ガラス越しに暗闇を見ている。
ガラスに俺が映ったのか、いきなり傍らの帽子を鷲掴みしてかぶった。
間違いなく彼だ、ロバート・スコットだ。
急いで帽子をかぶったせいか、右の耳たぶから小指の爪ほどのほくろが覗いている。

「すいませんが、ロバート?あなたは、ロバート・スコットという名では?」
俺を見ようともしなかった。
「あなたの家族に不幸があったので連絡するよう頼まれました。シャーキー・マーフィという人です。心当たりないですか?」
「人違いだ。俺の名はトレシー、トレーシー、デビス。
悪いが、そのスコット〜〜なんかじゃない」 
「へい、トレーシー!
少しこのポテトチップあげっからよ!」
ジャック(チャック)だ。
「悪かったなさっきは。飯代も始めから言っときゃよかった。
断られそうで言えなかったんだ」
 
11時を過ぎていた。
荷台はひどく寒かった。
眠れなかった。
寝袋で覆っても風が忍び込んでくる。
辺りは砂漠のようだ。
道路の両脇に黒い山のシルエットが浮かんでは消えていく。

突然、イタリアが大声で喚いた。
「ミ・ギターラ!ミギターラ!」
車の弾みで飛んでいった。
ジャックが路肩に停めた。
イタリアが駆けていった。
しばらくして罵る声とどぎつい不協和音が響いた。
「グヲガギューー!!!!」
真っ赤な顔でイタリアが戻ってきた。
ジャックに毒突いた。
「あのギター500$もしたんだ、この野郎!
どうしてくれんだ!
おまえが飛ばすからだろうが。
え!どうしてくれんだよ!」
 
イタリアが急に静かになった。
呻き声を出して前につんのめっている。
トレーシーが担ぎあげて荷台に載せた。
月に照らされた顔は無表情で人形のようだ。

真夜中、ガソリンを補給して、マドリッド目指した。

太陽の目覚めとともに無事マドリッドに着いた。
みんな土埃のシャワーを浴びていた。
顔は土色、髪の毛は逆立ち、俺の髪はアフロだ。

ジャックが希望する場所にみんなを落としていった。
俺が最後だ。
カサデカンポのユースまで送ってくれた。
トレーシーが寄ってきた。
「俺がロバート・スコットだとしたらどうする。シャーキーって奴に連絡するのか?」
「ロバートの望みはそうじゃあないような気がする」
笑みが浮かんだ。
あの写真の、あどけない顔だ。
「ありがとう。恩に着るよ」
「シャーキーのカードあげる。じゃあ、トレーシー、ジャック、元気で!」

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