9:はわいーい ルイス・エンリケ
9:ルイス・エンリケ
父、高井直人とメキシコ系米人、ルイス・エンリケは73年にコンビを組んだ。
ルイスのギターと直人のウクレレは瞬く間に評判になり、共作で多くのヒット曲を放った。
当時のハワイアンのヒットメーカーだった。
直人より14歳年上のルイスは、1979年、40の若さで、知名度を利用してホノルル市長選挙に立候補した。
ホノルルでのラテン系支持基盤の弱さもあって、投票数は伸びず現職に圧倒的な大差をつけられて破れた。
ひどく落胆し、政治活動を諦めて裏世界で力を持とうと方針を変えた。
それを可能にしたのが、LA(ロサンゼルス)ラテン系ギャングとの付き合いだった。
ルイスはハワイ島に広大な農園を買って大麻を米本土に運んだ。
米中のラテン系ギャングを密売組織化して莫大な利益を得た。
83年から香港経由で共産中国が生産、精製したヘロインを米本土に運んだ。
それを可能にしたのがCIAとの結びつきだった。
CIAは73年にオーストラリアにニューガンハンド銀行を設立した。
その会長、頭取、役員に、当時のCIA長官、副長官、顧問が名を連ねていた。
そのハワイ支店長がベトナム戦争当時、タイで米軍を指揮していた元退役将軍のビル・ホワイトだった。
ニューガンハンド銀行は当初から麻薬取り引きに積極的に関与し、裏で世界各国のCIAの工作資金を用立てていた。
ルイスとビル・ホワイトの関り合いは、ヒッカム空軍基地内のライブハウスで直人とルイスが演奏していた70年代初期に遡る。
二人は82年、偶然、米本土からホノルルに向かう飛行機内で再会してから急速に親しくなった。
ルイスは偶然だと思っていたが、実際はCIAが彼の米本土の密売組織を利用しようと画策したものだった。
CIAがリクルートしたもう一つの理由は、彼の父親の存在があった。
ルイスの父親、マリオ・エンリケは1979年、ニカラグアにサンディスタ社会主義政権(注)が成立するまで、43年間続いたソモサ一族,独裁政権内で非合法活動を取り締まるボスだった。
ソモサ一族はニカラグア経済を独占し、その富は国全体の2分の1、3分の1になるともいわれていた。
それを陰で支えていたのが米とCIAだった。
1986、11月、イラン・コントラ事件が発覚した。
レーガン大統領はイランに極秘に武器を売却し、オリバー・ノース中佐はその代金をコントラ(米が全面支援するソモサ残党・ニカラグア反政府ゲリラ)へ横流した。
コントラ設立当時のボスがルイスの父親、マリオ・エンリケだった。
82年に不慮の事故で亡くなっていたので、CIAは息子ルイスに目をつけた。
当時、彼にとっても一介の海兵隊中佐、オリバー・ノースがペンタゴン、国務省、CIAに持つているコネクションは魅力的だった。
麻薬から足を洗えるチャンスだった。
1977年に誕生したカーター政権(在位1977~1981)の人権政策で、米は1978年にニカラグア、グアテマラ、エルサルバドルに武器輸出できなくなった。
その間隙を突いたのがイスラエルだった。
イスラエルでは25%の労働力が兵器産業に従事し、工業生産量の30−40が兵器だった。
ホロコウストの傷が癒えないあの国は自国の安全を守るため兵器が必要だった。
絶えず新しい開発が欠かせなかった。
金は要ったが、兵器売却先に限度があった。
アラブには売れない。
当然、アフリカ、アジアしかない。
まだ売りたい、そこに目をつけたのが中米だった。
イスラエル兵器には米のテクと開発が入っていた。
武器売買にはワシントンの許可が必要だった。
カーターでさえ、1979年、6月まで暗黙の了解を与えていた。
イスラエルの武器だったが、実質、米の武器を売っているようなものだった。
武器禁輸に関係なく膨大な利益が米に還元された。
CIAは表に出れなかったので、イランゲートが86年11月、発覚するまで、イスラエルとの仲買をルイスに任せた。
ハワイ政界のフィクサーとして既に絶大な力を持っていた。
コントラ事件後、イスラエルとのコネクションを利用して、東南アジア諸国、はてはインド、パキスタン、中東でも武器を売った。
1992年,イスラエル(モサド)から極秘に要請を受けた。
イスラエルが北朝鮮の金山ウンサンを開発するから、見返りに、イラン、イラク、シリア、リビアにミサイル、スカッドを売らないように北朝鮮に働きかけてくれというものだった。
これだけは失敗した。
別のルートで北朝鮮が、よりによってイスラエル外交部と同じような交渉をしていたのが判明した。
イスラエル政権内で大問題になるところだった。
北朝鮮は二枚舌を使ってまで儲けようとしていた。
あれは国ではない、ギャングにも劣る卑劣な集団に過ぎない。
一緒に音楽活動をしていた頃のルイスを知る直人は、公然と日刊紙・ホノルル・アドバタイザーで名指しで非難した。
スタッフを雇って彼の悪事に真向から挑んだ。
1989年、11月、ルイスは直人をLAに呼び出してLAギャングに殺しを実行させた。
注:
サンディニスタ政権:
1961年、トマス・ボルヘ、カルロス・フォンセカ(1976年戦死)によって創設。
1963年、ソモサ独裁政権に対する武装闘争を開始。
1979年、6月、ニカラグア左翼政権樹立。
米はニカラグアのキューバ化を恐れ、レーガン政権(1981〜1989)は、ソモサ残党を中心とした右派反政府ゲリラ“コントラ”を支援。
ニカラグア:
父、アナスタシオ・ソモサ・ガルシア(暗殺)、長男ルイス・ソモサ・デバイレ(病死)次男アナスタシオ・ソモサ・デバイレ(パラグアイで暗殺)
3代に渡り(1936〜11979)国を私物化。
一貫して、米は積極的に支援。
父、高井直人とメキシコ系米人、ルイス・エンリケは73年にコンビを組んだ。
ルイスのギターと直人のウクレレは瞬く間に評判になり、共作で多くのヒット曲を放った。
当時のハワイアンのヒットメーカーだった。
直人より14歳年上のルイスは、1979年、40の若さで、知名度を利用してホノルル市長選挙に立候補した。
ホノルルでのラテン系支持基盤の弱さもあって、投票数は伸びず現職に圧倒的な大差をつけられて破れた。
ひどく落胆し、政治活動を諦めて裏世界で力を持とうと方針を変えた。
それを可能にしたのが、LA(ロサンゼルス)ラテン系ギャングとの付き合いだった。
ルイスはハワイ島に広大な農園を買って大麻を米本土に運んだ。
米中のラテン系ギャングを密売組織化して莫大な利益を得た。
83年から香港経由で共産中国が生産、精製したヘロインを米本土に運んだ。
それを可能にしたのがCIAとの結びつきだった。
CIAは73年にオーストラリアにニューガンハンド銀行を設立した。
その会長、頭取、役員に、当時のCIA長官、副長官、顧問が名を連ねていた。
そのハワイ支店長がベトナム戦争当時、タイで米軍を指揮していた元退役将軍のビル・ホワイトだった。
ニューガンハンド銀行は当初から麻薬取り引きに積極的に関与し、裏で世界各国のCIAの工作資金を用立てていた。
ルイスとビル・ホワイトの関り合いは、ヒッカム空軍基地内のライブハウスで直人とルイスが演奏していた70年代初期に遡る。
二人は82年、偶然、米本土からホノルルに向かう飛行機内で再会してから急速に親しくなった。
ルイスは偶然だと思っていたが、実際はCIAが彼の米本土の密売組織を利用しようと画策したものだった。
CIAがリクルートしたもう一つの理由は、彼の父親の存在があった。
ルイスの父親、マリオ・エンリケは1979年、ニカラグアにサンディスタ社会主義政権(注)が成立するまで、43年間続いたソモサ一族,独裁政権内で非合法活動を取り締まるボスだった。
ソモサ一族はニカラグア経済を独占し、その富は国全体の2分の1、3分の1になるともいわれていた。
それを陰で支えていたのが米とCIAだった。
1986、11月、イラン・コントラ事件が発覚した。
レーガン大統領はイランに極秘に武器を売却し、オリバー・ノース中佐はその代金をコントラ(米が全面支援するソモサ残党・ニカラグア反政府ゲリラ)へ横流した。
コントラ設立当時のボスがルイスの父親、マリオ・エンリケだった。
82年に不慮の事故で亡くなっていたので、CIAは息子ルイスに目をつけた。
当時、彼にとっても一介の海兵隊中佐、オリバー・ノースがペンタゴン、国務省、CIAに持つているコネクションは魅力的だった。
麻薬から足を洗えるチャンスだった。
1977年に誕生したカーター政権(在位1977~1981)の人権政策で、米は1978年にニカラグア、グアテマラ、エルサルバドルに武器輸出できなくなった。
その間隙を突いたのがイスラエルだった。
イスラエルでは25%の労働力が兵器産業に従事し、工業生産量の30−40が兵器だった。
ホロコウストの傷が癒えないあの国は自国の安全を守るため兵器が必要だった。
絶えず新しい開発が欠かせなかった。
金は要ったが、兵器売却先に限度があった。
アラブには売れない。
当然、アフリカ、アジアしかない。
まだ売りたい、そこに目をつけたのが中米だった。
イスラエル兵器には米のテクと開発が入っていた。
武器売買にはワシントンの許可が必要だった。
カーターでさえ、1979年、6月まで暗黙の了解を与えていた。
イスラエルの武器だったが、実質、米の武器を売っているようなものだった。
武器禁輸に関係なく膨大な利益が米に還元された。
CIAは表に出れなかったので、イランゲートが86年11月、発覚するまで、イスラエルとの仲買をルイスに任せた。
ハワイ政界のフィクサーとして既に絶大な力を持っていた。
コントラ事件後、イスラエルとのコネクションを利用して、東南アジア諸国、はてはインド、パキスタン、中東でも武器を売った。
1992年,イスラエル(モサド)から極秘に要請を受けた。
イスラエルが北朝鮮の金山ウンサンを開発するから、見返りに、イラン、イラク、シリア、リビアにミサイル、スカッドを売らないように北朝鮮に働きかけてくれというものだった。
これだけは失敗した。
別のルートで北朝鮮が、よりによってイスラエル外交部と同じような交渉をしていたのが判明した。
イスラエル政権内で大問題になるところだった。
北朝鮮は二枚舌を使ってまで儲けようとしていた。
あれは国ではない、ギャングにも劣る卑劣な集団に過ぎない。
一緒に音楽活動をしていた頃のルイスを知る直人は、公然と日刊紙・ホノルル・アドバタイザーで名指しで非難した。
スタッフを雇って彼の悪事に真向から挑んだ。
1989年、11月、ルイスは直人をLAに呼び出してLAギャングに殺しを実行させた。
注:
サンディニスタ政権:
1961年、トマス・ボルヘ、カルロス・フォンセカ(1976年戦死)によって創設。
1963年、ソモサ独裁政権に対する武装闘争を開始。
1979年、6月、ニカラグア左翼政権樹立。
米はニカラグアのキューバ化を恐れ、レーガン政権(1981〜1989)は、ソモサ残党を中心とした右派反政府ゲリラ“コントラ”を支援。
ニカラグア:
父、アナスタシオ・ソモサ・ガルシア(暗殺)、長男ルイス・ソモサ・デバイレ(病死)次男アナスタシオ・ソモサ・デバイレ(パラグアイで暗殺)
3代に渡り(1936〜11979)国を私物化。
一貫して、米は積極的に支援。
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