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7:明と直人


「お母さん、橋本明さんの子どもがここにいる。
お父さんのこと何も知らないらしい。
話してあげて欲しい」
「明さんの!
知らないって、どういうことなの?」
「亡くなっている、親父の葬式から6ヵ月後に」
「どうして、、、」
「代わるよ。
さあ、純、聞けよ」
「初めまして、橋本純一です。
父さんのこと、何でもいいので教えていただけますか」
「お父様、お亡くなりになったの?」
「はい、1990年5月に交通事故で、、ひき逃げでした」
「まあ、、、、」
「もしもし、もしもし、、」
「、、ごめんなさい」
「犯人は?」
「見つかっていません」
「、、、、」
「大丈夫ですか?」
「、、亡くなっていたのね、連絡したのに手紙返ってきた、、」
「父さんが亡くなった後、お袋の故郷に帰りました。
佐世保です」
「そう、そうだったの、、連絡つかないわよね、、。
お世話になったのよ
直人も私も」

ホタルとモモの父親、高井直人は日系三世の米人で、
妻、千恵子と新婚旅行代わりのヨーロッパ旅行中に橋本明と知り合った。
直人はウクレレの名手でハワイ音楽界のリーダーだった。

1989年、11月、LAのハイウェイで真夜中、車を路肩に止めてパンクを修理中、何者かに狙撃されて命を落とした。
犯人は未だに特定されず、未解決事件のファイルに20年近く納まっていた。

橋本明は78年からギター片手に世界を放浪していたストリート・ミュージシャンだった。
当時のヨーロッハでは伝説的なギタリストで、人の山ができるのはいつものことだった。
ドアーズ、ジミヘン、レッド・ゼッペリン、ディーパープル、ロックがレパートリーで、一時期、アムステルダム、ロンドンでローカルバンドに誘われて活動していた。

79年の夏、明はチューリヒの中央駅前で弾いていた。
偶然、ヨーロッパ、新婚旅行中の高井直人と千恵子が通りかかった。
直人は明のギターに舞い上がってしまった。
明のブルースは、直人が知っているブルースとは違って黒人のそれとは対極にあるような感じがした。
どこまでも透き通った音は海中に差す太陽の光のようで、波間に揺れている鳥が飛び立ちがたいほど震えていた。
まるでハワイの音のようだった。
演奏が終わって挨拶に行った。
直人は3歳若かったが二人はすぐに打ち解けた。

それから一月余り、コンビを組んで、スイス、オーストリアを一緒に旅行した。
直人はウクレレの名手で、特にスラックキー奏法(弦を緩めてメロディーと同時に和音を鳴らす)が得意だった。
ハワイの音楽になじみのないヨーロッパの人々には多いに受けた。
2時間弾いただけで約300$以上にもなった。
3週間で約3000$以上を稼いだ。
「直人、俺が稼ぐ3倍の金だ。
ずっとコンビを組みたいぐらいだな」
「いずれハワイに来ませんか。
何か一緒にやりたいですね」
「ヨーロッパ飽きたらいずれ行くよ」
 

明、なかなか来なかったのよ。
結局来たのは、85年だったかしら。
NYに寄り道してしまった、と言ってた。
ギターを持っていなかったの。
直人が聞いたわ、
「明さん、いいギターを作る職人がハワイ島にいますからプレゼントします」
「直人、ギターはもういい。
日本に送った。
左手中指と肩の筋を切ってしまってな。
もう自由に動かせない。
弾けなくなった」
寂しそうに言った。
あの時の顔、よく覚えている。 


明は1980年に高井直人のいるハワイへ行こうとロンドンを発ってニューヨークへ立ち寄った。
2週間の滞在予定が4年余りになった。
その間、南米、中米、メキシコ、を旅行した。

1984年の夏、セントラルパーク内で道に迷った。
北端の出口、110ST、LENOX.Aveに出た。
草木が茂る土の上を数時間歩いていたので、
固い舗装道を踏みつけた途端、脚がびっくりして凍りついた。
同時に周りの空気が一変した。
目の前にはコンクリート・ジャングルがあった。
縄張りを守っているのか、4人の男が屯していた。
彼らは警戒体勢に入っていた。
強がろうが、おどおどしようが、自分に向かってくるのは分かっていた。
一瞬、公園に戻ろうと考えた。
その方がもっと危険だと感じた。

やばい、どうしたらいい。

ポケットには稼いだ金が50$近く入っていた。
差し出せばなんとかなると踏んだ。
ボサノバ、サルサ、ラテンもどきの曲を弾けば許してくれるだろう

自然体を装って前に進んだ。
4人の番人が、紙袋に入ったアルコールを交互に口に含ませながら近寄って来た。
相当酩酊している、ふらふらだ。
眉間に皺を寄せ、口からアルコールを噴出した。
自分の服にかかっても知らん振りだ。

何やっても駄目だな。

「何の用だ?
言ってみな?
え、なんか欲しいのか、え?
何が欲しいんだ、え?
それはギターか?
お前、ミュージシャンか?
俺はミュージシャンがでっきれえでな。
俺の女を寝取りやがってな。
殺してえぐれえだ」
 別のが言った。
「おめえ、チーノか?
ここはお前の来るとこじゃねえ。
チーナタウンでスパゲッティ・イタ公と戦ってろ」

ここに長年住んでいる友達が、
「もしやばい状態になったら彼らが理解できないような奇妙な行動をしろ」、
と言っていた。
最後の足掻きだ。

口を開けて、焦点の定まらない目をわざと大きく開けた。
よだれを垂らした。
へらへら笑った
日本語で子ども言葉を使った。
お経のように繰り返した。
「お爺さん、お婆さん、助けてよ、おまわりさん、、」
空がこんなに青かったなんて、、
大根役者面で驚いた顔をして通り過ぎようとした。

鳩尾を蹴られた。
屈んだところを紙袋に入っていた缶ビールで左肩を殴打された。
弾みでギターケースとピギーノーズ(小さなアンプ)がコンクリの上に落ちた。
四つん這いになった。
左手首を取られて横に引っ張られた。
刺すような、嫌な感覚が左肩に走った。

男達が走り去る足音と別の声がした。
「大丈夫か?」
おまわりが二人立っていた。
左腕を動かした時、刺すような痛みと腕が外れて落ちていった、、。
咄嗟に右手でつかんだ。

じき治ると軽く考えていた。
二月経っても一向に治る様子がなかったので医者に行った。
レントゲンに異常は見当たらなかった。
五〇肩だと診断された。 
一週間に一度、筋肉注射というものをされた。
それから半年経ってなんとか痛みが和らいできた。
同時に左腕の自由が利かなくなっていった。
その後、肩と左中指の筋が切れていたことが判明した。
取り返しのつかないことになった。
以来、ギターに触れることはなかった。 

theme : 連載小説
genre : 小説・文学

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