5:はわいーい 出会い
5:出会い
「モモ、純に電話して起こしてやれよ。
会うの久しぶりだろう」
「まだ7時15分よ」
「起き立ての人間、もしくはまどろんでいる人間は絶対に怒鳴り返さない。
これは真実だ」
「頭が仮死状態だから?
でも、純は当てはまらないわよ」
もう止めようとモモが携帯を切ろうとした時、風船になって飛んでいる声が聞こえてきた。
モモが思ったとおりきつかった。
「誰だ?
こんな早くから電話をする奴は?
豆腐とこんにゃくで生き埋めにするぞ」
噴き出した。
「私よ、モモよ。
何が豆腐とこんにゃくよ」
何も聞こえない。
又、寝入った?
「純、8時から仕事なんでしょう。
起きなさいよ!」
数十秒待った。
切られちゃったわ。
純は低血圧だから駄目よ。
50分後、ホノルル動物園横のクヒオ通りとカパフル通りの交差するマンションに着いた。
部屋は15階の3LDKで、正面にダイヤモンドヘッドを見ることができた。
八時半を過ぎていた。
モモは純の携帯に掛けてみた。
「純?おはよう。
今忙しい?」
「帰った来た。
これから毎日会えるね。
今朝モモの夢を見たよ」
「お馬鹿さん!
今朝、空港から電話したのよ」
「なぜ起こさなかった?」
「お馬鹿さん、途中で電話を切ったのはあなたよ。
ちょっと待って、兄と代わる」
「純、聞きたいことがある」
「ホタルさん、久しぶりです。
聞きたいことって?」
「上村通商グループツアーは東都ツアーが担当するのか?」
「え!なぜ知ってるのですか!
実はそうなんすよ。
そのグループ担当も僕ですよ。
まいりました。
上がみんな尻込みしちゃって。
通商なんて付けてますけど暴力団ですよ」
「今日、仕事が終わったら寄れるか?」
「おみやげ期待してます」
モモが、お姉さんぶって純と楽しそうに話しているのを見て、ホタルは似合いのカップルだなと感じた。
純とは去年、風変わりな出会いから始まった。
父が所有していたマンションに戻ってきた時、純は既に隣に住んでいた。
数か月余りは簡単な挨拶をする程度の付き合いだった。
ある日を境に親しくなった。
たまたま、モモがボストンから来ていた。
突然、純の部屋からすごい音響でラップミュージックが唸った。
これまでも数回、音楽の種類は違っていたが同じようなことがあったので、苦情に行こうとした時、純が訪ねてきた。
「すいませんでした。
やかましかったでしょうね?」
「何があったのよ!
前にもあったようね」
「この前は、ボサノバにワールドカップサッカーのブラジルのアナンサーの声が入っていたな」
「へへへ、本当にごめんなさい。
これには深い訳があるわけで、、理解していただきたくて来ました」
言葉とは裏腹に謝っているようには見えなかった。
「兄さん、向こうから怒鳴り込んできたわよ」
「えっ、よく言うな!
僕は謝りに来たんです!」
お前の怒った顔は羊がべそをかいたようにしか見えない、とお袋がよく言っていたのを思い出した時はもう遅かった。
目の前にいる同じ年頃の女の子を睨んでいた。
彼女が勝ち誇ったような仕種で背中を押した時、小羊になった。
「さあ、さっきの深い訳を説明してちょうだいよ」
居間のソファに座って興味深そうに二人を見ていたホタルが取り成した。
「名前を聞いてなかったね。
俺がホタルで彼女は妹のモモ。
君は?」
「純です。
橋本純一です。
5か月程前に日本から来ました。
年は19九です」
「モモと同じ歳か?」
モモは気分を害したのか口を尖らせた。
「あなた何年生まれよ?」
「87年の四月一日」
ホタルはモモを見て噴き出した。
「エイプリルフールだ!
生まれた日まで同じだ」
これまで四月一日に生まれたというだけで、いじめられ、からかわれてきたので純に親しみを感じた。
素直になれない自分に少し嫌悪感を感じながらつっけんどんに聞いた。
「コーヒー?紅茶?
何がいいの?」
誕生日が同じだと聞いて嬉しくなった純は、ソファに座って笑いを堪えているホタルに親近感を感じた。
何をやっても、言っても、許してくれそうな雰囲気がホタルにはあった。
「腹が減っているので、コーヒーと何かパンかケーキ類があれば最高です」
「まあ、パンとケーキまで要求するなんてたいしたお客さんだこと」
素直な純が気に入ったホタルは、ここまで英語で会話をしているのに気づいた。
「彼女はあれが普通だから気にしないでくれよ。
5か月前に来たにしては英語が上手だね?
どこで習った?」
「そんなにしゃべれませんよ。
佐世保で小さい頃からFEN(米軍極東放送)聞いてました」
「長崎県の佐世保か。
そういえば米軍基地があったね。
留学?」
「いえ、旅行代理店で仕事をしています」
モモがコーヒーとクロワッサンを純のテーブル前に置いた。
「19といえば若いね。
誰か知り合いでもハワイに?」
「いえ、ここは日本に近いし何かあったらすぐ帰れると思って。
お袋を残して来たものですから」
1990年、5月、父さんが交通事故で亡くなった。
半年前の11月に、友達の葬儀でハワイに行った、とお袋から聞いた。
3歳だったので、父さんのことを余り覚えていなかった。
全く酒を飲めないのに、泥酔状態で道路上で寝ているところをひき逃げされた。
即死だったらしい。
信じられない最後だったので、友達の葬儀と関係があるのか知りたかった。
お袋は友達のことを何も聞かされていなかった。
父さんが若い頃、世界を放浪していたのを彼女から聞いた。
外国に行こうとFENで英語の勉強を始めた。
家には、60年代の埃にまみれたフェンダーストラッド・キャスター(Fender,Stratocaster)とギブソン、 ハミングバード(Gibson,Humming Bird)の古いギターがあった。
父さんは70年代後半から80にかけて、ストリートミュージシャンとしてヨーロッパで絶大な人気があったらしい。
アムステルダム、ロンドンで地元のロックバンドメンバーとして活動していた、とお袋が言った。
でも、父さんがギターを弾いた記憶が無かった。
お袋もない、と言った。
なぜ弾こうとしなかったのか、彼女も知らなかった。
ギターは自分のものになって、部屋に転がっている。
そもそもアメリカに来れたのが奇遇だった。
たまたま17の時、学校帰りに道端で拾ったハワイ日本人旅行者用、広告紙、ジャパニーズ、ビーチプレスに載っていた記事が希望を叶えてくれた。
アメリカの永住権がクジ引きで無条件で手に入ると書かれてあった。
半信半疑で応募して当たった。
当初、未成年だったので、お袋は猛反対した。
毎日、数時間FENに噛り付き、週に二日バイトで金を貯めているのを知っていたので、折れて自分の好きなようにさせてくれた。
高校を卒業して10日後には、オアフ島で一日、20$の最低のホテルに泊まって必死に仕事を探していた。
何の経験もない青二才に仕事があるのだろうか、異国の地で生きていけるのかひどく不安だった。
仕事を探した方がいいのだろうか、でも部屋を早く探さないと毎日、20$が飛んでいく。
じっとしていると気が狂いそうだった。
早朝から新聞の求人広告を頼りに街を徘徊した。
通りは日本の観光客で溢れていた。
みんな楽しそうに解放感に浸って太陽を浴び、エネルギッシュに動いていた。
職歴の欄は白紙の、英文で書いた履歴書を持って公衆電話で連絡をしては面接を受けた。
運良く今の代理店の仕事は一週間目に見つかった。
それまで数社の代理店を受けていたが、連絡をもらえなかった。
住所が、部屋に電話もないような最低のホテルだったので敬遠したのか、それともフロントと呼ぶにはおこがましい机に座った、薬中っぽい60過ぎの女性が僕に伝言を言い忘れたのだろうか。
今思うと、僕が電話をして確認すべきだったと思う。
でもそれさえ当時の僕はできなかった。
仕事を探しているのに、やって行けるのか不安で自信がなかったのだ。
それにどの面接者も典型的な日本のサラリーマン風だったので違和感と気後れを感じた。
僕の余りの若さに彼らは一様に驚いた顔をして理解できないと言った。
方針を変えて、現地の私営、職業紹介所を当たることにした。
これが功を奏して今の代理店の仕事を見つけることが出来た。
「モモ、純に電話して起こしてやれよ。
会うの久しぶりだろう」
「まだ7時15分よ」
「起き立ての人間、もしくはまどろんでいる人間は絶対に怒鳴り返さない。
これは真実だ」
「頭が仮死状態だから?
でも、純は当てはまらないわよ」
もう止めようとモモが携帯を切ろうとした時、風船になって飛んでいる声が聞こえてきた。
モモが思ったとおりきつかった。
「誰だ?
こんな早くから電話をする奴は?
豆腐とこんにゃくで生き埋めにするぞ」
噴き出した。
「私よ、モモよ。
何が豆腐とこんにゃくよ」
何も聞こえない。
又、寝入った?
「純、8時から仕事なんでしょう。
起きなさいよ!」
数十秒待った。
切られちゃったわ。
純は低血圧だから駄目よ。
50分後、ホノルル動物園横のクヒオ通りとカパフル通りの交差するマンションに着いた。
部屋は15階の3LDKで、正面にダイヤモンドヘッドを見ることができた。
八時半を過ぎていた。
モモは純の携帯に掛けてみた。
「純?おはよう。
今忙しい?」
「帰った来た。
これから毎日会えるね。
今朝モモの夢を見たよ」
「お馬鹿さん!
今朝、空港から電話したのよ」
「なぜ起こさなかった?」
「お馬鹿さん、途中で電話を切ったのはあなたよ。
ちょっと待って、兄と代わる」
「純、聞きたいことがある」
「ホタルさん、久しぶりです。
聞きたいことって?」
「上村通商グループツアーは東都ツアーが担当するのか?」
「え!なぜ知ってるのですか!
実はそうなんすよ。
そのグループ担当も僕ですよ。
まいりました。
上がみんな尻込みしちゃって。
通商なんて付けてますけど暴力団ですよ」
「今日、仕事が終わったら寄れるか?」
「おみやげ期待してます」
モモが、お姉さんぶって純と楽しそうに話しているのを見て、ホタルは似合いのカップルだなと感じた。
純とは去年、風変わりな出会いから始まった。
父が所有していたマンションに戻ってきた時、純は既に隣に住んでいた。
数か月余りは簡単な挨拶をする程度の付き合いだった。
ある日を境に親しくなった。
たまたま、モモがボストンから来ていた。
突然、純の部屋からすごい音響でラップミュージックが唸った。
これまでも数回、音楽の種類は違っていたが同じようなことがあったので、苦情に行こうとした時、純が訪ねてきた。
「すいませんでした。
やかましかったでしょうね?」
「何があったのよ!
前にもあったようね」
「この前は、ボサノバにワールドカップサッカーのブラジルのアナンサーの声が入っていたな」
「へへへ、本当にごめんなさい。
これには深い訳があるわけで、、理解していただきたくて来ました」
言葉とは裏腹に謝っているようには見えなかった。
「兄さん、向こうから怒鳴り込んできたわよ」
「えっ、よく言うな!
僕は謝りに来たんです!」
お前の怒った顔は羊がべそをかいたようにしか見えない、とお袋がよく言っていたのを思い出した時はもう遅かった。
目の前にいる同じ年頃の女の子を睨んでいた。
彼女が勝ち誇ったような仕種で背中を押した時、小羊になった。
「さあ、さっきの深い訳を説明してちょうだいよ」
居間のソファに座って興味深そうに二人を見ていたホタルが取り成した。
「名前を聞いてなかったね。
俺がホタルで彼女は妹のモモ。
君は?」
「純です。
橋本純一です。
5か月程前に日本から来ました。
年は19九です」
「モモと同じ歳か?」
モモは気分を害したのか口を尖らせた。
「あなた何年生まれよ?」
「87年の四月一日」
ホタルはモモを見て噴き出した。
「エイプリルフールだ!
生まれた日まで同じだ」
これまで四月一日に生まれたというだけで、いじめられ、からかわれてきたので純に親しみを感じた。
素直になれない自分に少し嫌悪感を感じながらつっけんどんに聞いた。
「コーヒー?紅茶?
何がいいの?」
誕生日が同じだと聞いて嬉しくなった純は、ソファに座って笑いを堪えているホタルに親近感を感じた。
何をやっても、言っても、許してくれそうな雰囲気がホタルにはあった。
「腹が減っているので、コーヒーと何かパンかケーキ類があれば最高です」
「まあ、パンとケーキまで要求するなんてたいしたお客さんだこと」
素直な純が気に入ったホタルは、ここまで英語で会話をしているのに気づいた。
「彼女はあれが普通だから気にしないでくれよ。
5か月前に来たにしては英語が上手だね?
どこで習った?」
「そんなにしゃべれませんよ。
佐世保で小さい頃からFEN(米軍極東放送)聞いてました」
「長崎県の佐世保か。
そういえば米軍基地があったね。
留学?」
「いえ、旅行代理店で仕事をしています」
モモがコーヒーとクロワッサンを純のテーブル前に置いた。
「19といえば若いね。
誰か知り合いでもハワイに?」
「いえ、ここは日本に近いし何かあったらすぐ帰れると思って。
お袋を残して来たものですから」
1990年、5月、父さんが交通事故で亡くなった。
半年前の11月に、友達の葬儀でハワイに行った、とお袋から聞いた。
3歳だったので、父さんのことを余り覚えていなかった。
全く酒を飲めないのに、泥酔状態で道路上で寝ているところをひき逃げされた。
即死だったらしい。
信じられない最後だったので、友達の葬儀と関係があるのか知りたかった。
お袋は友達のことを何も聞かされていなかった。
父さんが若い頃、世界を放浪していたのを彼女から聞いた。
外国に行こうとFENで英語の勉強を始めた。
家には、60年代の埃にまみれたフェンダーストラッド・キャスター(Fender,Stratocaster)とギブソン、 ハミングバード(Gibson,Humming Bird)の古いギターがあった。
父さんは70年代後半から80にかけて、ストリートミュージシャンとしてヨーロッパで絶大な人気があったらしい。
アムステルダム、ロンドンで地元のロックバンドメンバーとして活動していた、とお袋が言った。
でも、父さんがギターを弾いた記憶が無かった。
お袋もない、と言った。
なぜ弾こうとしなかったのか、彼女も知らなかった。
ギターは自分のものになって、部屋に転がっている。
そもそもアメリカに来れたのが奇遇だった。
たまたま17の時、学校帰りに道端で拾ったハワイ日本人旅行者用、広告紙、ジャパニーズ、ビーチプレスに載っていた記事が希望を叶えてくれた。
アメリカの永住権がクジ引きで無条件で手に入ると書かれてあった。
半信半疑で応募して当たった。
当初、未成年だったので、お袋は猛反対した。
毎日、数時間FENに噛り付き、週に二日バイトで金を貯めているのを知っていたので、折れて自分の好きなようにさせてくれた。
高校を卒業して10日後には、オアフ島で一日、20$の最低のホテルに泊まって必死に仕事を探していた。
何の経験もない青二才に仕事があるのだろうか、異国の地で生きていけるのかひどく不安だった。
仕事を探した方がいいのだろうか、でも部屋を早く探さないと毎日、20$が飛んでいく。
じっとしていると気が狂いそうだった。
早朝から新聞の求人広告を頼りに街を徘徊した。
通りは日本の観光客で溢れていた。
みんな楽しそうに解放感に浸って太陽を浴び、エネルギッシュに動いていた。
職歴の欄は白紙の、英文で書いた履歴書を持って公衆電話で連絡をしては面接を受けた。
運良く今の代理店の仕事は一週間目に見つかった。
それまで数社の代理店を受けていたが、連絡をもらえなかった。
住所が、部屋に電話もないような最低のホテルだったので敬遠したのか、それともフロントと呼ぶにはおこがましい机に座った、薬中っぽい60過ぎの女性が僕に伝言を言い忘れたのだろうか。
今思うと、僕が電話をして確認すべきだったと思う。
でもそれさえ当時の僕はできなかった。
仕事を探しているのに、やって行けるのか不安で自信がなかったのだ。
それにどの面接者も典型的な日本のサラリーマン風だったので違和感と気後れを感じた。
僕の余りの若さに彼らは一様に驚いた顔をして理解できないと言った。
方針を変えて、現地の私営、職業紹介所を当たることにした。
これが功を奏して今の代理店の仕事を見つけることが出来た。
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