8:With a little help. ピコと徹

With a little help from Stranger
8:ピコと徹
ザックの紹介で部屋を見に行った時、ピコが備え付けの棚の後ろの窪みであの日記帳を見つけた。
このベンチで一緒に読んだ。
のこぎりが来るところまで大体同じ夢だと言った。
部屋を諦めた。でも、ピコがどうしても借りて欲しいと駄々をこねた、自殺したメラニーと何か関係があるにちがいないと。
彼女もNY大に通っていたが俺は思い出せなかった。
メラニーは俺より三歳上でピコは5歳違いだ。
ピコが夢の続きを見るのが怖くなってザックに部屋を断ったが彼女の執拗な頼みに折れた。
それから三年余り、月二回、週末に彼女が来て日曜夜に帰る、そんな生活が続いた。
彼女には年老いた医者のお父さんがいてセントラルパーク西に診療所を持っていた。
名前がジョセフ・メンゲレ、あのホロコウストで有名な医者と同じ名前だ。
なぜ名前を変えないのだろうと思った。
ユダヤ人が多い、ここNYで、あの名前で生活するのは地獄だ。
そのことをピコに聞いてみた。
ドイツから移民してきた時、両親はすぐ名前を変えたけどお父さんは変えなかった、と言った。
どうしてそんなしんどい環境に身を置いてるのだろう。
彼に会いたいと何度か言った、でも実現しなかった。
ピコはその度に言い訳をした。
名前があの医者と同じだから?違うとだけ言った。
卒業の時やっと教えてくれた。
自分は養女で実の父親は八歳のとき行方不明になったと言った。
今の養父と実の父親は親友の間柄だったらしい。
行方不明になった原因と養父の職業に関連があるとも言った。
養父、メンゲレはNYマフィア・ボスのお抱え医者なので会わせたくないと言った。
実の父親はマフィアに殺されたのだろうか。
それからあのトレード・センターテロが起きた。
あれがなかったら彼女と一緒になっていただろうか。
お袋を日本に連れ帰った時、ピコは22歳だった。
彼女との関係をどうしたらいいのかわからなかった。
愛し合っていた、でも若かった。
彼女を拘束したくなかった。
大体、先のことなんて、無理だ、不安で、不安で、自分が立っていられるかさえ危うい時に。
当時、彼女の養父も体をこわしていた。
必ず戻ってくるから待っててくれ、とは言えなかった。
どれほど愛し合っていたら言えるのだろう。
そう言えなかったのはそれだけ強くなかったということだろう。
日本に帰る早朝、ケネディ空港から電話をした。
元気な声だった、悲しくなった。
どんな声を期待していたお前は、行かないでくれなんてせがまれたかったか、GOよ。
俺のようにめそめそしたのは駄目だ、こんな男。
一人で喋っていた。
もう電話しないからと言った。ピコは自由だよ、と言った。
どこかで出会えたら声を掛け合おうと言った。
返事も聞かず受話器を置いた。
おい、おい、赤ちゃんのように空港のロビーで泣いていた。
誰も気にならなかったがお袋の目があった。
ひどくおびえていた、涙を一生懸命にこらえた。
電話の声が元気でよかった。これで彼女も踏ん切りがついて新しく前に進める。
こう思えるようになったのは大分経ってからだ。
彼女のことを忘れたことはなかった、忘れられなかった。
あの続きの夢を見ていたらと、心配だった。
二年前まで四年の間、三ヶ月ごとに電話していた。
無言電話が年に一回、後の三回は通りすがりの人に金を払って頼んだ。
それも二年前に止めた。電話を頼んだ人から結婚したようだ、と知らされた。
ひどく悲しかった。めそめそ坊やの淡い自惚れだ。
もしや俺を待っててくれてるのではと。
電話もかけられない馬鹿な男だ。
結婚を知ったのは、事件から立ち直ってピコの元に帰ろうと決心した頃だった。
お袋が亡くなって三年も腑抜け状態だった。
今回もNYに来たのはピコに会いたかったからだ。
今日ここに来たのも後押しを求めたからだ、勇気をくれるのではと。
もう彼女は結婚しているのに、何をめそめそ追いかけてる。
昔と同じベンチ横にある公衆電話を見た。
ザックに会わなかったらここから電話しようと思っていた。
もう忘れよう、ピコのことは今日限りで。
結婚して幸せになれてよかったね。
偽らざる気持ちだった。
部屋に戻ると十時を過ぎていた。
ベッドに横たわっていると徹がノックして入ってきた。
青色のTシャツの胸の辺りで、黒髪が額に降り注いでいる白衣のキリストらしき人物が、GROOVY のロゴが入った十字架の形をしたバスケットリングにダンクシュートをしている。KISSが新しくデザインしたTシャツのようだ。
黒髪から窺っている目が印象的だった、容赦なく、突き放すような、刺すような目だ。
誰かに似ている、?
「GO、メラニーって誰?」
ふいに飛んできた。
徹とキリストをしばらく見ていた。
「徹、なんでそんな名が出てきた?」
何かを言おうとしてドアを閉めた。
その音が答えのように聞えた。
徹は自殺したメラニーのことを言ったのだ。
あのキリストの目は徹だった。
8:ピコと徹
ザックの紹介で部屋を見に行った時、ピコが備え付けの棚の後ろの窪みであの日記帳を見つけた。
このベンチで一緒に読んだ。
のこぎりが来るところまで大体同じ夢だと言った。
部屋を諦めた。でも、ピコがどうしても借りて欲しいと駄々をこねた、自殺したメラニーと何か関係があるにちがいないと。
彼女もNY大に通っていたが俺は思い出せなかった。
メラニーは俺より三歳上でピコは5歳違いだ。
ピコが夢の続きを見るのが怖くなってザックに部屋を断ったが彼女の執拗な頼みに折れた。
それから三年余り、月二回、週末に彼女が来て日曜夜に帰る、そんな生活が続いた。
彼女には年老いた医者のお父さんがいてセントラルパーク西に診療所を持っていた。
名前がジョセフ・メンゲレ、あのホロコウストで有名な医者と同じ名前だ。
なぜ名前を変えないのだろうと思った。
ユダヤ人が多い、ここNYで、あの名前で生活するのは地獄だ。
そのことをピコに聞いてみた。
ドイツから移民してきた時、両親はすぐ名前を変えたけどお父さんは変えなかった、と言った。
どうしてそんなしんどい環境に身を置いてるのだろう。
彼に会いたいと何度か言った、でも実現しなかった。
ピコはその度に言い訳をした。
名前があの医者と同じだから?違うとだけ言った。
卒業の時やっと教えてくれた。
自分は養女で実の父親は八歳のとき行方不明になったと言った。
今の養父と実の父親は親友の間柄だったらしい。
行方不明になった原因と養父の職業に関連があるとも言った。
養父、メンゲレはNYマフィア・ボスのお抱え医者なので会わせたくないと言った。
実の父親はマフィアに殺されたのだろうか。
それからあのトレード・センターテロが起きた。
あれがなかったら彼女と一緒になっていただろうか。
お袋を日本に連れ帰った時、ピコは22歳だった。
彼女との関係をどうしたらいいのかわからなかった。
愛し合っていた、でも若かった。
彼女を拘束したくなかった。
大体、先のことなんて、無理だ、不安で、不安で、自分が立っていられるかさえ危うい時に。
当時、彼女の養父も体をこわしていた。
必ず戻ってくるから待っててくれ、とは言えなかった。
どれほど愛し合っていたら言えるのだろう。
そう言えなかったのはそれだけ強くなかったということだろう。
日本に帰る早朝、ケネディ空港から電話をした。
元気な声だった、悲しくなった。
どんな声を期待していたお前は、行かないでくれなんてせがまれたかったか、GOよ。
俺のようにめそめそしたのは駄目だ、こんな男。
一人で喋っていた。
もう電話しないからと言った。ピコは自由だよ、と言った。
どこかで出会えたら声を掛け合おうと言った。
返事も聞かず受話器を置いた。
おい、おい、赤ちゃんのように空港のロビーで泣いていた。
誰も気にならなかったがお袋の目があった。
ひどくおびえていた、涙を一生懸命にこらえた。
電話の声が元気でよかった。これで彼女も踏ん切りがついて新しく前に進める。
こう思えるようになったのは大分経ってからだ。
彼女のことを忘れたことはなかった、忘れられなかった。
あの続きの夢を見ていたらと、心配だった。
二年前まで四年の間、三ヶ月ごとに電話していた。
無言電話が年に一回、後の三回は通りすがりの人に金を払って頼んだ。
それも二年前に止めた。電話を頼んだ人から結婚したようだ、と知らされた。
ひどく悲しかった。めそめそ坊やの淡い自惚れだ。
もしや俺を待っててくれてるのではと。
電話もかけられない馬鹿な男だ。
結婚を知ったのは、事件から立ち直ってピコの元に帰ろうと決心した頃だった。
お袋が亡くなって三年も腑抜け状態だった。
今回もNYに来たのはピコに会いたかったからだ。
今日ここに来たのも後押しを求めたからだ、勇気をくれるのではと。
もう彼女は結婚しているのに、何をめそめそ追いかけてる。
昔と同じベンチ横にある公衆電話を見た。
ザックに会わなかったらここから電話しようと思っていた。
もう忘れよう、ピコのことは今日限りで。
結婚して幸せになれてよかったね。
偽らざる気持ちだった。
部屋に戻ると十時を過ぎていた。
ベッドに横たわっていると徹がノックして入ってきた。
青色のTシャツの胸の辺りで、黒髪が額に降り注いでいる白衣のキリストらしき人物が、GROOVY のロゴが入った十字架の形をしたバスケットリングにダンクシュートをしている。KISSが新しくデザインしたTシャツのようだ。
黒髪から窺っている目が印象的だった、容赦なく、突き放すような、刺すような目だ。
誰かに似ている、?
「GO、メラニーって誰?」
ふいに飛んできた。
徹とキリストをしばらく見ていた。
「徹、なんでそんな名が出てきた?」
何かを言おうとしてドアを閉めた。
その音が答えのように聞えた。
徹は自殺したメラニーのことを言ったのだ。
あのキリストの目は徹だった。
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