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1b.カシミール


機内を見渡した。
すべての乗客が信じられないぐらい柔和な顔をしている。
彼らは異様な空気の層の進入を認めたのか好奇の目で、シャワーを浴びた全身、汗でずぶ濡れの俺を見ていた。
また怒りが込み上げてきた。
どうしたら彼らを怒らせることができるのだ?と馬鹿なことを一心に考えた。

隣に座っている70前後の老人の嫌な波長を感じた。
横目で見ると、俺を睨んでいた。
彼の視線が下に移った。
汚れた俺のバックパックの支柱の金具が微かに老人の膝頭に当たっている。

これ以上、痛いのは堪らん。

足を折り曲げ窮屈そうに座っている。
バックパックを抱えたまま座っていた。
老人の怒った顔を見て怒りが納まってきたので戸惑った。
やがて怒りを和らげる手っ取り早い方法を発見したので楽しくなってきた。
自己中心的なとんでもない解決法だ。
相手が値すると思ったときしか応用すべきでない。
いや、相手に関係なく絶対にすべきではない!
謝った。

「バックパックをどこかに置いといてくれませんか?」
パーサーは知らんぷりして行った。
邪魔になるよう通路に置いた。
しばらくして戻ってきた彼は黙って運んでいった。
そうか、ここではそう仕向ければいいんだ。

老人はまだ俺を横目で睨んでいた。
東方から来た下等動物を初めて見たような好奇の目だ。
わあー、もう止めよう。
悪いほうにばっかり考えが行く。
素直に見れない。
唯の空気になるよう努めよう。

「満席だ」と男が言っていたのに空席がかなりあった。
やはり航空券のことは、俺から賄賂を取る算段だったのだ。

前方でパーサーが俺を指差していた。
黒スーツ姿の二人の男が彼に続いていた。
一人は2m近い長身で、片方は頭にターバンを巻いた、ずんぐりした体格だ。
俺の所に来てターバンが口を開いた。
「聞きたいことがあるんで一緒に来てくれ」
「これからカシミールに行くんですが、、、」 
2mが俺の肩を二度、三度、軽く叩いた。
力づくでも連行する気だ。

2mとターバンに挟まれしかたなく歩き出した。
乗客の会話が耳に入ってきた。
「やっぱりあのジャパニーズはハイジャッカーだったのか。
飛行機に乗るときは彼らが乗っていないか確認したほうがいいな」

くたびれた机とやたら泣き叫ぶ三脚の折りたたみ椅子だけがある、窓のない殺風景な部屋に連行された。
俺が座らされた椅子はキーキー鳴き、ターバンのはグーと唸った。
その組み合わせに不安を感じた。
立っている2mの椅子がどんな音を出すのかひどく気になった。
俺の好奇の目に気づいたのか、
旨いスープを一気に飲んでため息を吐いたとき、器の底に湯で上がったゴキブリを発見したような顔をしたターバンが言った。
「何か楽しいことでもあるのか」
「飛行機に乗る前にも色々あったもんですからカシミールは地図より遠いんだな、と思いまして」 
「パスポート見せてくれ。
それから、ここに指紋」
2mが俺の指紋を持って部屋から出て行った。

「早く来て座れ、2m」
日本語でささやいた。
正直なところ、ケチの連続でもうカシミールなんかどうでもよくなっていた。
もうなんでも楽しんでやる。
ターバンがパスポートを胡散臭そうに捲っている。
「ここまで来た経路?」
「NY(ニューヨーク)からアテネ、それからパキスタンのカラチ経由でボンベイです」
「カラチに寄った理由?」
「アテネからボンベイ直行の航空券を買ったのですが機体のトラブルでカラチに寄ると言われました。
去年、友達がこの便に乗ったときもおなじ理由でカラチに寄ったとか言ってましたよ。
この便は表向きは直行便でも実際はカラチ経由のとんでもない便です」
「君の意見は聞いてない」 

突然ギーギーと苦しそうな音が後で鳴った。
いつ戻ったのか、2mが椅子を虐待している。
それからはキー、ギー、グーの三部合唱で俺は笑いをこらえるのに苦労した。
ターバンは、何だこいつは?
って険しい顔で俺を見た。

「カラチに2泊してるな」
「故障と言ったでしょう?
直行便の都合です。
しかたなくホテルに。
もちろん、直行便が払いました」
「ジャパニーズがなんであんな安い飛行機に?」
「安いのに乗っちゃいけませんか?」
「誰に会ったんだ?」
「カラチで?初めて行った所ですよ。
知り合いなんていません。
なんでここにいるのか教えてくれませんか。
カシミール行きはどうなるのかも」
「君は聞かれたことだけに答える。
飛行機は毎日飛んでるから心配いらん。
2度と言わんよ。
誰に会った?」
「カラチに知り合いはいません」 

ターバンは机の引き出しからファイルを取り出した。
数ページめくって一枚の写真を抜き取った。
「旅行中この男を見かけなかったか?」
カラチまでおなじ飛行機で来た長髪のスイス人、ロシュトーだった。
眼鏡をかけていたが、写真ではサラリーマン風の髪型で眼鏡をかけていなかった。

カラチ空港から直接アンバサダホテル内のレストランに案内されたとき、円形の5人かけのテーブルに同席した。
哲学者のような印象を受けた。
余り喋りたくなかったのだろう、彼との会話は当たり障りのない話に終始した。
自信なげに小声で話した。
外観との落差がひどかった。
彼自身の話になると英語をあまり理解できないように装っていた。
インドに行く、と言っていた。
2日後のボンベイ行きの機内に彼の姿はなかった。

「写真に似ている男は数人いたような気はしますがはっきり覚えてません。
ヨーロッパ系は20人以上いましたから」
「よく見ろよ」
「覚えがないからいなかったですね」
「君の名はオカモト・コウゾウか」
「ええ」
「レバノンには」
「行ったか、って意味ですか。
いえ」
「難波大助(テルアビブ空港乱射事件の犯人・岡本公三が持っていたパスポートの名前)を知ってるか?」
「知りません」
「PLO(パレスチナ解放機構)、PFLP(パレスチナ解放人民戦線)をどう思う?」
「待ってください。
もしかして俺をテルアビブ空港乱射事件の岡本公三と思っているんじゃないでしょうね。
彼はイスラエルで捕まっているじゃないですか!」
「今年、5月16日にスイスのジュネーブで釈放された。
PFLPの捕虜になっている3名のイスラエル兵士とイスラエル獄中の1050人のパレスチスナ人と交換にな」
「そうでしたか。
でも俺はそのオカモトコウゾウではありませんよ。
それで調べたんすか?」
「君のような汚いなりをしたヒッピーくずれのジャパニーズはみんな調べている。
それに君は彼らと世代が大体おなじようだしな。
名前を変えたほうがいいかもな」

たぶんそうだろうと思っていたが案の定だ。
この5年間、旅をしていなかったので忘れていたが、昔旅をしていた頃の嫌な記憶が蘇った。
赤軍の岡本公三と間違えられ、彼がイスラエルで逮捕され終身刑を受けているにもかかわらず、俺は国境を通過するたびに移民局で足止めを食った。

「発音はおなじでも俺の名は岡元耕三で字が違うんだ!」
と、初めの頃はむきになって説明した。
どこの国の移民官も取り合ってくれなかった。
指紋、写真、そして質問、別人と分かるまで俺は拘留された。

ロンドンからトロントに行ったときはひどかった。
たまたまトロントに着いた日がユダヤの祝日、ヨム・キプール(贖罪の日・9月20〜29日)と重なった。
空港内の移民局施設で2日間拘留された。
容疑が晴れても入国は許されず、出発地のロンドン・ヒースロー空港に送り返された。

カナダ側から、疑わしい人物、という通知でもあったのだろうか、ロンドンでも入国を拒否された。
ロンドン在住のスイス人の友達が身元引受人になってくれたのでなんとか強制送還を免れた。

今回もニューヨークからアテネ、インドのボンベイに入るとき、移民官に入念にチェックされた。
アテネの旅行代理店でボンベイまでの航空券を探しているとき、受付が俺の名前を聞いて密かにポリスを呼んだほどだ。
あれは、5月に岡本公三がPLOとの捕虜交換で釈放されていたためだったのだ。

ターバンに言われるまでもなく名前を変えたいぐらいだ。
「その写真の男は何をやったんです?」
ターバンとはもう話したくなかったので、俺は後ろの2mに聞いた。
彼が話し出そうとしたところでターバンが阻止した。
「君はカシミールに今日中に行けるかどうかを心配したほうがいい」 

4時間後、解放された。
カシミールのスリナガールに向かった。


仏の極左組織 AD(アクシ ン ティレクト)元メンバーだったジャン メルク・トトことロシュトーは、
ジャム・カシミール独立を目指す独立戦線の助けでカラチからラホール、ワガー経由で陸路カシミールを目指した。
もう5年以上、ADを離れていた。
ここ数年は小人数の革命細胞を組織し、環境保護、動物愛護の路線に絞って破壊活動をしていた。

ドイツ赤軍(RAF)、ADなど底辺の細胞組織に始まり頂点の政 治局へと収束していくこれまでの左翼革命組織と違って、革命細胞は統括する中央組織、リーダー、アジトはなく、臨機応変に5〜7人のグループで破壊活動をした。

テレビのニュースで攻撃目標を決定する場合もあった。
このほうがテロリズム防止法の制定とコンピューター導入で、電気、電話の支払いまで入念にチェックされ、以前ほど身動き取れなくなっていた時世に合っていた。

AD時代は、NATO関連施設、軍産複合体関連施設、政治家、大使館上級職員、を狙って破壊活動をした。
成果ははかばかしくなかった。
民衆からはそっぽを向かれ嫌われた。
彼らの支持なしで活動する愚かさを嫌になるほど経験した。
そのため革命細胞の破壊活動はできるだけ夜中に敢行した。
人の殺傷は絶対に避けるという不文律を作った。
しかし、ロシュトーはそれにも限界を感じ始めていた。

崩壊状態のイタリア・赤い旅団(BR)、
ドイツ赤軍メンバーの避難場所として、
『インド・カシミール、スリナガールの独立戦線』、
『ビルマのカレン族』、
『スリランカのタミール・イーラム解放の虎(LTTE)』
を利用できないか可能性を探ってくれ、
とかってのADメンバーに頼まれてアジアに来た。

ADを離れてここ数年活動していないロシュトーなら、
インターポール(国際刑事警察機構)の目を誤魔化せるのでは、というのが彼らの考えだった。

これまで大量の逮捕者を出し、
3度の組織破壊の危機をなんとか乗り切ったドイツ赤軍(RAF)と
その最盛期の78年、政治家アル ド・モロの誘拐殺害の後、イタリア政府の厳しい追求にあい、
今では壊滅寸前にまで追いつめられた赤い旅団(BR)の避難場所として、
たしかにアジアは考慮すべき所だとロシュトーは感じていた。ヨーロッパから陸路、LARF(レバノン武装革命分派)の助けで行き来も可能だった。

しかし、テロ活動自体、我々の政治運動型テロリズムと彼らの民族独立闘争テロリズムという大きな違いがあった。
19世紀のアナキズム(無政府主義)を夢想する組織、
マルクス・レーニン主義、もしくはその変形である革命思想を掲げる都市型テロリズムを彼らはどうみているのだろう? 

帝国主義、西欧資本主義、既存の社会体制を倒すのを目標としているものの、
これに代わるべき社会システムを描き出せないでいる我々をどうみているのだろう。
我々との接点はあるのだろうか?
それに、RAF AD、 BR、の中核メンバー、
破壊分子を含め500人にも満たない組織に、
何万もの構成員を持つ組織が相手にしてくれるのか。

半年前、ADに頼まれたときは、
AD、RAFの政治家、実業家、誘拐殺害に内心、嫌悪していたので断った。
彼らの存在自体、必要悪だと信じて引き受けた。

ヨーロッパを久しぶりに離れたせいか今は後悔していた。
この旅が徒労に終わりそうな気がしてならなかった。
もう、イデオロギー、政治形態で争う時代ではないように思えた。 
破壊活動よりもっと平和的な積極的な手段があるのではないだろうか、外からではなく内に入って。

昔の自分の写真がインターポールから各国に配布されているはずだ。
捕まることだけは避けなければ。
 

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1c.カシミール



アテネからボンベイ行きのあの便が、必ずカラチで二日間ストップ・オーバーし、乗客の人数を航空会社がチェツクしないのをあらかじめ調べていた。
人との接触をできるだけ避け、インタポール、警察の目を逃れて無事カラチまで来た。

ラホールに向かうカシミール独立戦線のメンバーが運転するジープに揺られながら、カラチのホテル食堂で同席したジャパニーズのことを考えていた。
カラチ空港で荷物を受け取ったとき、自分のすぐ横にあるバックパックの荷札を見て驚いた。
《KOUZOU OKAMOTO》と書かれてあった。
たしか5月、赤軍のオカモトコウゾウは捕虜交換で自由になったはずだ。
同一人物だろうか、いや、そんなはずは、、、、、。

運良くホテルでの夕食のテーブルがおなじだった。
「日本から?」
「ええ。
今はNY。仏人?」
「いえ、スイス」
「スイスの旅行者がアジアに?
珍しいな。
どこへ行くの?」
「プッタパルティまで」
「というと、サティア・サイババの所へ?」
「ええ。友達に教えてもらって。
NYは長かったのですか」
「5年近くいた。
でもひどいね、この飛行機は!
去年、友達がこの便に乗ったときも故障でカラチで二日、足止め食ったと言ってた」
「5年ですか、、、、、、。
同じ便で故障?」
「故障は口実で外貨を稼ごうとしたのかな、、」
「え!そこまで」
「それはないだろうな。
この飛行機に裕福な旅行者が乗ってるとは思えないし」
あのオカモトとは別人だ。 


夜8時過ぎスリナガールの空港に着いた。
まだ9月の終わりだというのに、チベットよりかすかに北にあるせいかさすがに肌寒い。
空港周辺は鋭い目をしたインド兵だらけだ。緊張感があった。
ここの住人はほとんどがモスレムで、独立派、パキスタン派に分かれ、インドからの離脱を画策していると聞いていた。

空港玄関で突っ立っていると、30半ばの太った男が近寄ってきた。
「泊まる所あるよ。
私、ラシッドです」
彼はかってに俺の荷物をフォルクス・ワーゲンバンの後部座席に運んだ。
空港から30分ほどのドライブでダル湖に着いた。
彼のドンガス(ペンションになる15〜30mほどのボート)が100m程先の湖に浮いている。
ラシッドが口笛を吹いた。
シカラと呼ばれている渡し船が来た。
彼の弟、二人の娘、奥さんが俺を迎えてくれた。客は俺だけだ。
簡単な食事の後、思い出したくもない長い一日の疲れが襲ってきた。

翌朝、過去にタイムスリップだ。
別世界だ
湖面はエメラルド色に輝き、シカラがあめんぼうのように軽快に湖面を滑走している。
対岸には木造の古い家屋が立ち並び、遠くにヒマラヤの山々が見えた。
360度、絵葉書の世界だ。
「どうです?
町に出ませんか。
車で案内しますよ」
横にラシッドがいた。
暇を持て余して気が狂いそうだ、って顔だ。

15分程で町外れの一軒家に着いた。
竹藪に囲まれた塀の向こうに、こじんまりした泥色の家があった。
ラシッドに促され靴を脱ぎ、20畳ほどの黒光りしている板の間の中央にある囲炉裏の前に座った。
家具らしきものはない。
まるで道場のようだ。
ここに巣くった空気がにおった。
薄暗い奥に目をやると、老人が二人、腰をかがめて何かを潰している。
その先の開け放たれた戸から日差しが浸食し、ささやかな光を提供している。
ラシッドが静寂を破った。
「私の父と母です」
戸の向こうで一斉にはためいた。
よく見ると麻だった。
7、8m四方の麻の庭園が丹精込めて管理されていた。
いや、違った。
ここの太陽を独り占めしている。
呼吸が荒々しい。
強い生命力と発散するパワーに貪欲な肉食のイメージを持った。
ラシッドの年老いた両親は彼らの召使いだ。
彼らが潰していたのは主の麻だった。
ハシシを作っていたのだ。老人がパイプを持って囲炉裏に来た。
表情のない老人の顔に刻まれた皺と瞬きを忘れた奇妙な目に吸い込まれ、耕三はパイプを手に取っていた。
老人の服、皺、顔、身体中に、そして、柱、板の間、天井、到る所にハシシのにおいが染み込んでいた。

ラシッドに手を取られたのは覚えていた。
その後は酔った感覚に身を任せた。
車から見えるスリナガールの町が、にぶい太陽を浴びていた。どんよりセピア色にくすんでいる。
この太陽のインパクトの無さでは、アラーにお祈りを捧げる時間を知らせる役目も果たせない。

ラシッドが倉庫のような建物の前に車を止めた。
今にも崩れ落ちそうな階段を上り、促されて中に入った。
小さな講堂のようだ。
薄暗い闇の中、四隅に巨大な物体がうずくまっている。
一つしかない50cm四方の窓から太陽が板張りの床を射していた。
居座った空気の層が重く肩にのしかかった。
少し息苦しい。

窓を背にしたソファに案内された。
埃、塵、ゴミが、気持ち良さそうに日差しを浴びて上下、左右に宇宙遊泳している。
一緒にスカイダイビングしていた。
いきなり、地上に曼陀羅が拡がった。
人の声がする。
「この端にお願いします。
はい、このボールペンで」
何を言っているんだ。
こいつは誰だ、、。
ボールペンを見つめていた。
「そのじゅうたん裏の端に日本の字でいいですからあなたの名前をサインしてください。
ほら、ここですよ」
ラシッドだ。
指し示した場所に漢字でサインした。
彼はもう1枚じゅうたんを持ってきた。
おなじようにサインしてくれ、と言った。

4枚目になったとき、どうもじゅうたんを買ったようだ、と気づいた。
ハシシの酔いは少し覚めてきたようだ。
「このじゅうたんは?
俺が買った?」
「いい買い物をしました。

全部で6枚。シルクが2枚あります」 
ハシシの酔いに惑わされて買ってしまったのだ。
「、、で、、全部でいくら、、?」
「この4枚が一枚500のとこを300$、2枚のシルクが1000なんですが、勉強して800、合計USドルで2000$です」
2000$!

今、全財産、1800しかないのに。断ろう。
今ならまだ間に合う。
ラシッドが俺の胸の内を見透かしたかのようにウィンクした。
「日本で買うと、そうですね、、
最低4万はしますね」
「4万?、、ドルですか?」
「ええ。
前金は200$で結構です。
残金は後で日本から送ってください」
ラシッドの、「4万」の声が脳天にしばらく響いていた。
どうしよう?
このじゅうたんを日本で売れば数倍、いや20倍か。
長いこと旅に出れるな、、、、
なんて甘いことを、、、、、。
 
野菜を積んだシカラ、黄色で縁取った屋根を持つお菓子屋のシカラ、バラ、ライラック、ゆりを積んだ花屋のシカラが湖上を走っている。
それぞれ、ハピーボーイ、パワー、ドリーム、ソウルなど不似合いな名前を舳先に付けている。
どのシカラも櫓を漕いでいるのは女性だ。
男は長めの棒を持って船首に突っ立って煙草を吸っていた。
ラシッドもそうだが、ここの男は怠け者だ。
毎日ブラブラしている。
たいして俺と変わらないか。
ここの諺に、「2パイサ(約10円)くれるなら兄弟の皮膚も売る」とあるらしい。
男たちは血まな臭いことが好きなようだ。

町に出ると山を目指す羊、山羊、子馬を連れた遊牧民をよく見かけた。
煙草屋のおじさんが、
「春先はこんなもんじゃない。
道路が埋まるぐらいだ」と言った。
女性は頭に料理用の道具、体のベールに幼児を背負っている、力持ちだ。
男は何も持たず、ただぶらぶら歩いている。
彼らの顔は古典的な顔をしていた 。
顔が大きく、鼻はするどく尖っている。ユダヤ人の 顔立ちだ。
「彼らの名前は、モーゼ、ヨセフ、イブラハムなど聖書に出てくる名が多い」ラッシドが言った。
遠い昔ここに迷い込んだユダヤ人らしい。
ここは何千年もの昔から,中国から西アジアへの交通の要所として栄えた。
キャラバン隊が行き来していたのでさまざまな民族の顔が溢れていた。

数日後、友達に会ってくれ、とラシッドに頼まれたので待っていると、たいそう立派なシカラが来た。
凝った茶ぶ台があり、ピンクのサモヴアール(塩っ辛いお茶を作る容器)が見える。
友の名はアミールと言った。
ラシッドと同類だ、見るからに怠け者で、腹は出っぱり顎は二重だ。

俺たちはお茶を手にダル湖を一周した。

野菜、メロンなどを栽培している水上庭園が見える。
アミールがパイプに火を点け、一服して俺に渡した。
煙草かと思っていたらハシシだった。
ここでは生活の一部になっているのだ。
そうだ!
ラシッドのじゅうたんを買ったときも吸わされたんだ。
アミールにも魂胆があるにちがいない。
気をつけないと。 
しかし、それも湖上から見える野性のラン、チューリップを見ているうちに忘れてしまった。
ラシッドが、「マネー」と言ってアイリス(あやめ)を指さした。
ここではアイリスは金の象徴で、死体を埋めた後その上に必ず植えるらしい。

ダル湖を離れ、ジェルム川を15分ほど走ってシカラが止まった。
そこでボートを降りて土手を登ると、40m四方の小さな池があった。
その真ん中に高床式の3階建ての大きな家が建っていた。

私の家です」アミールが言って、ロープを手で繰り寄せた。
小さな渡し船が俺たちの方に牽かれてきた。
2階に案内された。お茶をご馳走になっていると、アミールがチョッキを持って現れた。
「どうです。
この皮のチョッキいいでしょう」
素晴らしい出来栄えの黒い牛皮のチョッキだった。
「イエス」と答えると、彼はポケットから巻尺を取り出して俺の寸法を計り始めた。
買う、とは言ってないんだが。
彼の真剣な眼差しに怯んだ。
でも、じゅうたんの事があった。
「3日後にここを出るから止すよ」
「いえ、御心配なくそれまでに仕上げますから」        
50$、と言った。
安いと思ったのか、俺は頷いていたようだ。
その後、工芸品を展示している一階に案内された。
胡桃の木を削り、めのう石にびゃくだんの粉を降りかけ擦って朱子色に仕上げた、煙草入れ、子物入れが所狭しと並べられてあった。
それらの美しさに魅せられ、俺は150$分買い、50$を前金として払ってもいたようだ。
どこかに消えていたラシッドが、俺たちの商談?が終わるのを見計らっていたかのように現われた。
まただ!
ハシシの酔いに任せて買ってしまった。
なんてことをしてんだ、俺は!
 

ロシュトーは、アミールの3階屋根裏部屋から渡し船を見ていた。
カラチで会ったジャパニーズがいるのを見てひどく驚いた。
なぜ彼がここに!
俺を追って来たのか!
ジャパニーズとラシッドが去った後、
「あのジャパニーズはあんたたちの知り合いか?」
「金離れのいい旅行者だ。
どうした、そんな顔して?」
「彼とはアテネからカラチまでおなじ飛行機だった。
カラチのホテルで話したこともある。
オカモトコウゾウって名前だ。
この名前、聞き覚えないか?」
「いや」
「72年、イスラエルのテレアビブ空港でパレスチナ解放組織と連帯する日本赤軍による乱射事件が起きた。
26人が死亡、76人が負傷した。
実行した3人の仲間の一人がオカモトコウゾウって名だった」
「奴がそうなのか?」
「いや、別人だろうな。
5月に囚人交換で釈放されたが、長い独房生活で精神状態がまいっていた、と昔の仲間から聞いたんでな。
それより俺を追って来たインターポールの可能性がある」
「ちっ!
どっちなんだ!
その乱射事件のオカモトなら問題ないが、インターポールだとやつかいなことになる。
ラシッドに確かめてみる」

アミールは船頭を呼んでラシッドのシカラを追った。
カシミール独立戦線の上層部の命令でしかたなくロシュトーを泊めていた。
ヨーロッパのテロ・グループの助けなしでカシミール独立は可能だと思っていた。
もしあのジャパニーズがインターポールなら、ヨーロッパ諸国はロシュトーがここにいるのを知っているのだ。
アミールは不安になった。

ラシッドのドウンガスに着くや、自分のシカラに呼び入れた。
「あのジャパニーズとロシュトーはカラチまでおなじ飛行機だったらしい。
自分を追ってきたインターポールじゃないかと心配してる」
「おなじ飛行機?
どいうことだ」
「アテネからカラチまで一緒で、カラチのホテルでしゃべったこともあるんだとよ」
「ジャパニーズがロシュトーを追っているとは思えんがな。
ポリスならハシシなんか吸わんだろう。
それにあの汚いなりを見ろ」
「カモフラージュかな。
この際ロシュトーを始末したほうがいいんじゃないか。
ヨーロッパを敵に回したらことだぞ」
「心配はいらんと思うがジャパニーズの荷物を調べて見るよ。彼がインターポールでも俺たちはかまわんさ。
ロシュトーを捕まえて奴らにくれてやればいいんだからな。
戦線の支部長には報告しとく。
ヨーロッパのテログループを匿ってもなんのプラスにもなんねえのは分ってるが、
利用できないかあらゆる角度から検討してるとこだって支部長が言ってた。
上がどう判断するかだ。
あのジャパニーズ、急に明日発つ、って言ってな。
チョッキのことを言ったら、じゃあ、明後日にする、とよ。
お前に明後日までにチョッキができないか聞いといてくれ、と頼まれた」
「、、てことはロシュトーを追ってきたんじゃないのかもな、、。
チョッキはなんとか明日中に仕上げるよ。
それからもう一つ気がかりなことがある。
佐伯たちにハシシを送っていたのがばれたのかもな。
その捜査に来たポリスっていう線はどうだ」
「彼らがジャパンでどじを踏んだ、?、、、」
「ジャパニーズは150$分買ったんだが、、
佐伯たちに送るのはどうする?
今回は見合すか?」
「オカモトの荷物をチェックしてみるよ。
佐伯たちに送るにしてもまだ時間はたっぷりあるし、
ポリスの様子を問い合わせてもいいしな。
ジャパンに送るのはそれからだ」

翌朝、ジャパニーズがいないのを見計らってラシッドは彼の荷物を調べた。
その夜、チョッキを持ってきたアミールに結果を報告した。
「荷物は心配いらん。
よれよれのジーパン、シャツ、パンツしか持ってなかった。
パスポートは普通だし、米のビザはツーリストビザだった。
彼はインターポールなんかじゃない。
俺が太鼓判を押す」

俺はこれ以上ここにいると身ぐるみ剥がされそうな気がして、一日早く出ることにした。
出発前夜、ラシッドの家族、会ったたことがないお爺さん、お婆さんまでもがわざわざ別れの挨拶に来た。
最初に来た14の娘がかなか立ち去ろうとしないので、俺に恋をしたのかと本気で悩んでしまった。
なんのことはない『バクシシ(喜捨)』だった。
ズボン、Tシャツ、パンツまで彼らに持っていかれた。
パンツは今はいている一枚になってしまった。
おかげでバックパックがひどく軽かった。
とんでもない所だ、カシミールは。もう一日いたら大変なことになっていた。


ジャバニーズが去って2週間後、ロシュトーはビルマの『カレン族』を目指してカシミールを出発した。
頼みのカシミール独立戦線との共闘は不調に終わった。
ジャパニーズの出現以来、彼らの態度が変わった。
迷惑顔をされた。
背後にパキスタンという国が控えているからだろう。
共闘はプラスにならないと判断したようだ。

スリランカの『タミール・イーラム解放の虎』との接触は、
カシミール独立戦線と状況が似ていたので諦めることにした。レバノン以東のアジアに行ったことがなかったのと旅の資金をADからもらっている手前
、報告する義務があったので、カレン族には接触するつもりでいた。

しかし、カシミールはまだしも東アジアはヨーロッパから遠いと感じた。
避難場所の件はもうどうでもよくなっていた。
カシミールからバスを乗り継ぎ、
インド北端を通ってネパールに入り、タイに飛んで陸路ビルマに入るつもりだった。

この数日、ラシッドの別れの言葉が引っかかっていた。
「あんたを捕まえて仏に送り届けたほうが俺たちにはプラスなんだが、上の命令だ。
五体満足でここを出れるだけめっけもんだと思って、
アラーの神に感謝しな」  




2:キャラメル超特急 カトマンドゥこのエントリをはてなブックマークに登録

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2.カトマンドゥー




カシミールからニューデリーまで、バスを乗り継ぎ一週間ほどで降りてきた。それから10日程で、ブッダガヤを経てラジギールに着いた。地下温泉風呂があった。もちろん無料だ。温かい風呂は一月振りだ。
風呂を出て安宿を探していると、誰かが名前を呼んだような、、、気がした。
又、聞こえてきた。
嘘だろう、、、。
友達が立っていた。
7、8年ほど前、日本を旅していた頃、沖縄のアラグスク島で知り合った徹だった。
インドのラジギールで会うなんて!こんなことってあるのだろうか!
しかし、昔の徹ではなかった。異常なほど痩せていた。何かがおかしい。
「徹か!、こんな所でな!どうしたんだおまえ!がりがりになって、病気か?」
「い.ゃあ.そ.れにしてもこ.んなこで.会.うとは.ほんと奇..遇だな!...」
「アラグスク以来だ。で、どうした?あの頃と違うぞ、おまえ」
「い.やまいっ.たよ。カ.トマンズーで.ほ.ら.穴に.一.か月以上.閉.じ込められた。さ.いあくのとこで.太.陽は当たらない.し.ネ.ズミ.がいてさ.俺.お.か.しいか?」
「どうして、また洞穴なんぞに?」
「ポ.リスが.朝早く.部.屋に.来てさ。た.また.ま.持.って.たハ.シシが見っかっ.た。金.50.$払.っ.たら見.逃してやる.だ.っ.てさ。ふ.ざけてるから.お.まえなんかに.払.う金.な.んかない.て.言っ.たら連.れて.行.か.れてさ」
徹は以前から少し吃っていた。時折、顔を歪めひどくなっていた。
「最悪の経験したな。そんな所に一月以上も閉じ込められたら誰だっておかしくなるぜ。ハシシか?弱いとこ突いてくるな。どうすんだこれから。旅なんていつでもやれるから早く日本に帰ったがいいぞ。普通に食べてたのか?」
「ネ.ズミ見.なが.ら.食べ.る気な.ん.か。馬鹿.見たよ.賄.賂.払っ.とき.ゃと思.うよ。でも.許せ.な.いだろ.うそんなこと。今.回は.い.い.勉.強.した。お.まえ.も注.意..したほ..うがい…いぞ」
「俺はカシミールでひどいレッスン受けた。ハシシはもうごめんだな。これからどこ行くんだ?」
「ち.ょくせつ.福..岡か.ら、タイ、ネパ.ール.に.来たから、まだ.旅.してな.い。監.獄の一.月だ.けじゃ.あ.。ボ.ンベ.イ、ケ.ララ.に行.くつ.もり。こ.の.まま.日.本.に.帰.る.気.は.し.ない。.ま.す.ま.す悪く.なる.のがわ.か.るから。あ.の.国では.僕なんかし.んどいんだ。ど.も.る.だけで変.な目で.見.られ.い.じめ.られて.きた.から。ど.こか.海の.見.える.とこ.で.休む.よ」
「徹、ドラッグほどほどにしろよ。うんざりするぐらいあるからな」
「けい.、さつ。祭.り.が近….くなると部屋に…くるから…..きを..つけろ…よ」

翌朝、右足が痛いのか徹はバスに乗るとき顔をしかめた。
呆然と見つめている。痛めていたのを今初めて知ったような顔つきだった。

パトナから船でチャルパまで行った。1時間早く着いたので乗船してバックパックを枕に寝ていると足を踏んづけれられた。やっと足の踏み場を見つけたって顔で俺を睨んでいる。まるで東京のラッシュアワー並みの人込みだ。
船は泥色の川を西北西に向かっていた。
ジャスミンの花輪、きんせんか、ばらの花弁が流れている。
対岸で火葬をしていた。
まきを積み上げた火葬壇に若者が火をつけた。
勢いよく火の粉が上がった。
周りの人たちも数歩、後退りするほどの勢いだ。
頭蓋骨を裂くか、割って、魂を出さないといけないらしい。
その横では花に飾られた紅色の小さな筏が離れようとしていた。幼児、子どもの遺体は焼かないと聞いていた。

チャルパからバスで、ネパール国境のラクサルに夜10時過ぎに着いた。
宿屋を探した。もう閉まっているか満員で見つからなかった。
しかたなく野宿をしようと町外れに向かう途中、ホテルの看板が見えた。
通常の倍を吹っかけられた。 
窓がない、ただ蒸し暑いだけの部屋だった。
ベッドのシーツをめくると10数匹のシラミがくつろいでいた。
余りの多さに振り払う気力が失せた。
彼らの存在などどうでもいいぐらい疲れていた。
横になると襲ってきた。
マッサージになったのか、いつの間にか寝入っていた。
朝、肌色が赤になっていた。赤点、40数えたところで止めた。

朝11時過ぎカトマンズに着いた。
ここには仏教徒が多いと聞いていたせいか、インドとは違ってなじみの空気が流れていた。チベット人が多いせいかどこか日本に似ている。
デリーのネパール領事館でビザを取りに行って知り合ったベルギー人のイギーとここのペンション、レインボウ・インで待ち合わせる約束をしていた。
20歳の若者で、ベルギーに送るハシシを捜しに来たんだ、と土産物を買いにきたかのように言った。
それはDURBUR SQUARE(ダルバール広場)から南に歩いて15分 ほどのJIYATHA(ジャタ)にあった。
真新しい四階の建物で、受付 のおやじさんに尋ねると、あいにく彼は不在だったが前もって知らされていたようで部屋の鍵をくれた。
4階屋上のバルコニー脇の部屋で日光浴もできて申し分ない。
荷物を置いて、蚤、シラミに荒らされ、赤く腫れあがった皮膚を冷やそうと3階のシャワー室に向かった。
湯を期待していなかったが、やはり水しか出なかった。

部屋に戻るとイギーがいた。
「も少し早く来るかと思ってたけど遅かったね」
「ブッダガヤで体がおかしくなって動けなかった。風土病のようだな、どうそっちは?」
「デリーからケララ、カルカッタ、3日前に着いたよ。ここは旅人が多いけどインドよりのんびりできる。みんな歳くってていい雰囲気でさ。60年半ばの出戻りも多い。すべてが変わった、と彼らは嘆いているけどね」
当然だろう。嘆く彼らの存在自体が変化を加速させているのだから。
「66年にカトマンズに来たことがあるアメリカ人に会ったら、当時のレストランのテーブルの上に、ハシシ、葉っぱが、塩、胡椒と一緒に並べられていたらしいよ。72年に、ビレンドラ王(2001年,drug状態にあった息子デペンドラ王子によって、后、子ども、計11名殺害される。デペンドラ自身、自殺を計り後、死去、、、、と報道された。今の王ギャネンドラ、ビレンドラの弟、が仕組んだ、、と当時から噂されている。真相は闇)になってハシシが禁止されたんだって。その禁止された翌日、SINGH DURBUR(シン・ダルバール)ビルが放火されたらしい。それほど地元では、ハシシを吸う根強い習慣があったんだ」
彼らの古い習慣を取りあげたのは、ビレンドラ王ではなくて俺たち旅行者だろう。俺たちの存在が西欧諸国からの圧力となり、対外的にハシシを禁止せざるえなくなった。
有名なフリーク・ストリートを歩いていると売人によく声をかけられた。この通りは60年代のヒッピーの溜まり場だと聞かされていた。通りで吸っていたのが路地裏に移動しただけで、当時と雰囲気は余り変わっていないのだろう。


タイ、バンコック行きの飛行機を探していたロシュトーは、カトマンズの安宿、イースト・アンド・ウエストを出てアッサンの広場へ豆腐を買いに出た。
スリナガールからニャーデリーを避け、バスと汽車を乗り継いで遠回りをしてウタル・プラデシ経由でここまで来た。 
AD(アクション・ディレクト)が用意してくれた本物の米国パスポートを持っていたので、ネパール国境、ルンビニはトラブルもなく通過することができた。
東アジアではヨーロッパのテロリストはマークされていないと強く感じた。

チベッタンの豆腐屋に行こうと路地を横切ったとき全身が凍りついた。
目の前に豆腐の代金を払う、あのジャパニーズの姿があった。
咄嗟にロシュトーは通りを隔てたバッグ屋のひさしに身を潜めた。
ひさし越しに聞こえてきた、ジャパニーズと一緒にいたヒッピーの声を聞いて身震いした。仏語訛りの英語だった。
やっぱりあのジャパニーズは俺を追ってきたインターポールか!どこからだ、コルシカ島か?いや、アテネか?なぜここにいるのがわかった!もしかしてAD内部にスパイが!

後をつけた。
レインボウという名の民宿に入って行ったのを確認して、受付にいた10歳ぐらいの少女に彼らの部屋番号を聞いた。
あのジャパニーズはハシシが好きだ、とアミールが言っていた。
ハシシが好きなインターポールがいるのか疑問だった。
フリーク・ストリートで売人を探した。
「ハシシは?」
「あるぜ」
「見せてくれ」
「そこまで来てくれ」
 路地裏で売人は、ビニール袋に入った茶褐色の塊をズボンのポケットから取り出した。
「いくらだ?」
「25$だな」
「これをある男に売ってくれたら50$払う。どうだ?」
「50。売ればいいのか。お安い御用だ」
「必ず売ってくれ。あんたは25$以上で売りたいだろうが、俺から50$入るんだから5$でもいいと思ってな。欲だけはかきなさんな」
売人とロシュトーはレインボウ・インに向かった。
もう少しハシシを欲しかったが、今二人が部屋にいるチャンスを逃したくなかった。

売人が部屋をノックした。
仏語訛りと話すのを階段の踊り場でロシュトーは聞いていた。
「ハシシ売ってんですが、、。ここじゃ話せないから中に入れてください」
「ハシシ?持ってるからいいや。でも、試し吸いして良かったら買ってもいいよ」
売人は部屋に入っていった。仏語訛りがハシシを持っている、と言ったのでもう売人が何$で売ろうがよかった。
それから20分後、レインボウインから出てきた売人は、ポケットの中の65$を握り締め、してやったりと思った。まだ半分ハシシが残っていた。
ハシシに興味がない彼は、なぜこんなもんに西洋人もジャパニーズも大金を払うのか理解できなかった。金があって物は溢れていても満たされないものがあるらしい。

ロシュトーは売人と別れた後、公衆電話から警察に通報した。
「もしもし、カトマンズ・ポリスですか。旅行中知り合ったジャパニーズとヨーロッパ系の白人が大量のハシシを国外に持ち出そうとしているんですが。今レインボウインの402にいます」
「あなたの名前は?」


彼の通報に応えた警官は楽しくてしようがなかった。
明日は新米のミラジでも連れて行こうかと考えていた。 


翌早朝、俺たちはポリスの強襲を受けた。ベッド脇の机にあるハシシが見つかった。
イギーは普通の煙草は吸わなかったが、餓鬼の頃からハシシ漬けだ。
「ブリュッセルでは12〜3歳からハシシ、葉っぱを始めるのが普通さ。俺はもう少し早かったけどね」
昼間、吸わないイギーは夜になると底無しだった。ここらがアル中と違うとこで、夜のトリップのため昼間は吸わないのだ。当然、朝はそれらの残骸が残った。
お巡りは二人とも痩せていた。賄賂をとる行為に少しは良心の呵責を感じるのか、目の焦点が定まらない。動作もぎこちない。
一人は若かった、新米だろうか。俺は関係ないなんて顔をしてドア横に突っ立っている。
相棒は30半ばで口髭を生やしている。ネズミに似ていた。
こいつが癖者でハシシを見つけるや態度が一変した。
表向きは恐そうな顔をしていたが、プランどおりにゲームを進められて嬉しくてしようがないようだ。目尻を下げ、笑いを堪えているのが見て取れた。今まで旅行者を泣かせた自信が身体じゅうに溢れていた。
徹もこいつにやられたのか。
イギーはというと、とんでもない時間に起こされたのでぶすっとしている。
「これはなんだ?」
自分の声が上ずっているのにびっくりしたのか、ポケットから煙草を取り出してフィルターに火を点けた。
相棒は相変わらずドア横で案山子だ。
まだ六時半だった。
何が起こっているのかイギーは理解していない。
鼾が聞こえてきた。
ネズミは彼のベッドに歩み寄って鼻をつまんだ。
そのとき、まずいフィルタータバコを床に落とした。誰にも見られないように。
「うわあー!」
ネズミが早口でハシシを指差した。
もう演技のようには見えなかった。
「これは何だ!これは!さあ二人とも起きろ連行する!」
ネズミがイギーの寝袋の紐を引っ張った。
上半身が剥き出しになると同時にネズミに殴りかかろうとした。
俺は体を投げ出して、なんとか彼を押さえた。
ネズミが髭をぴくぴくさせて、戸口の案山子に来るよう目配せした。
「さっさと起きろ!!行くぞ!あんまり俺を怒らすな!起きろ!」
 やばい。早く払わないとやばそうだ。
「幾ら払ったらいいんでしょう?」
「、、、、」
 ネズミはしばらく考え込んでいた。
怒りがいくらで納まるか、天秤にかけているように見えた。
「50」
「俺はやだぜ。こんなのに払う気ないぜ」
 ネズミがイギーに怒鳴った。
「おまえは絶対に許さん。起きろ!連行する」
「ちょっと待ってください。彼と相談しますから少し時間をください。どうかお願いします」
徹の話をイギーにした。それでも、厭だと言う。しかたなく俺が立て替えた。
2日後、俺たちはバスでポカラへ発った。
宿泊代を払いに行くと、ペンションのおやじさんが、
「明日出る!明日はダサインの祭り(ネパール最大の祭り。戦いの女神ドゥルガに捧げる祭り)だぞ」と言った。

ロシュトーは、402号の二人がポカラに発ったのを受付の少女から聞いた。
ポリスに捕まらなかったのは彼らがインターポールだったからか?それにしてもなぜポカラへ?
このままバンコックへ飛ぶのに不安を感じた。
ポカラへ行くことにした。 


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2a.ポカラ




ポカラに着いてバスから降りると、目の前にPhewa湖(ペワ湖)、後にマチャァプチァレ、アンナプルナの山々が見えた。
1959年、中国がチベットを占拠するまで、ラバのキャラバン隊を率いたチベット人が、塩、ヤクの毛を穀物と交換しにここへ来ていた。
そのルートが閉ざされて観光客が来るようになった。
特に60年代後半からヒッピーたちが、トレッキングの中継地、ここの自然の豊かさに惹きつけられ来るようになった。

バス停で客引きをやっていた少年が、餓鬼の頃の遊び友達によく似ていたので彼の親父がやっている宿屋に向かった。
少年の名前はラジ、目が澄んでいてどこか人を食ったような表情をしている。宿屋はダムの方角にあった。
ラジの家の中にはベッドがあるだけで家具らしきものは見当たらなかった。
食事時になると、玄関脇の軒下でアンナプルナを眺めながら一家五人で楽しそうに食べている。
間近にすばらしい自然があると、部屋の中を飾る必要はないようだ。

腹が減っていた。
何かないか、とラジに聞いた。
スープを持ってきた。
4時間ほどして、周りがかすんできた。
目に入るものが二重になった。
イギーもおなじスープを飲んだのに、彼にはなんの変化も見られない。
「多分、スープに入ってたキノコはマジックマッシュルーム(毒きのこ)だったのかもな。ラジが気を利かせて入れたのだろう。たまたま耕三のは少し古かったんだろう。僕はなんともないから」
フィルターを通して昔を回想しているような、現世界から遊離した奇妙な感覚に捕われた。
すぐ治るだろうと思っていた。
翌日、次の日と三日続いた。
ラジが見舞いに来た。
「目がおかしいんだって?古かったのかな」
「おまえ、あのキノコは何だった?」
「マジックマッシュルームが少し残ってたからスープに入れたんだ」
「なぜ入れた?」
「ここに来る客みんなに出してるんだよ。みんな喜んでくれるよ」
「治るのか?」
「うん、1週間かそこらで治るはずだよ」 

昼間の明るさが苦痛になった。
声、音もエコーがかかったように聞こえる。
食事は暗くなるまで我慢した。
2日目からイギーは隣部屋に移っていたのであまり姿を見なかった。
朝早くからブリュッセルに送るハシシを探しに自転車で郊外へ出かけていた。
夜、たまに会うと何度か文句を言った。
声を掛けたのに知らんぷりするな。


4日間、ロシュトーは二人を探していたが見つけることができないでいた。
彼らはここにいないのか、トレッキングでどこかに行ったのか。
やっぱり俺を追ってはいなかったようだな。
明日ここを出よう。
ジャパニーズが暗闇から不意に目の前に現れた。 
あいつだ!咄嗟にナイフに手が伸びた。
ジャパニーズは虚ろな目をしてロシュトーの真横を通りすぎた。
どうなってんだ!俺の顔を覚えてない!
ジャパニーズはレストランに入った。
入口が見渡せる斜め向かいのコーヒー・ショップで彼が出てくるのを待つことにした。
これでやっと居場所がわかる。
なんで俺の顔を見たのにわからなかったんだ?

レストランの中は、いつものようにハシシの煙がもうもうと舞っていた。西洋の若者がストーンして頭の中はぬいぐるみの綿になっている。
CSNY(クロスビー、スティルス、ナッシュ、ヤング、70年代のバンド)の《TEACH YOUR CHILDREN(子ども達に教えなよ) 》がかかっていた。それからニール・ヤングの《HELPLESS(どうしたらいいんだ)》 になった。
選曲がハシシに狂った若者への抵 抗のように感じた。
イギーの姿が、、、、かろうじて見えた、、やはり、、彼だった。
「耕三、今日はどうした?僕が見えるのか?」
「知らんぷりは覚えてないんだ。悪かったよ。ピンボケの世界は結構つらい。で、いいハシシ見つけた?」
「今年産は安くて質がいいんだけどここから送るのが難しそうなんだ。中に入れる民芸品の人形を見せてもらったけど、それが冗談だろうというぐらい頼りない」
「大変なことにエネルギー費やしてるな。他に使えば素晴らしいだろうにな、イギーよ」
「僕達にとってはただのタバコだよ」
「で、どうすんだ?送るのか」
「ものはいいからね、、、他に何かいい方法があるか、、それ次第さ」

翌朝、目を開けると、元に戻っていた。ラジの言うように1週間かかった。
あいつ、前にもおなじことをやったんだ、、だから1週間と言ったんだ。 

昼過ぎ、部屋の前で日光浴をしていると、隣の部屋から眠たそうな顔をしたイギーが出てきた。
「どう目は?」
「今朝、やっと治った。ラジが言ったように丁度、1週間かかった」
「ラジは楽しんでやってんのかな?」
「被害にあった旅行者は多いはずだよ。とんでもない餓鬼だ。善意でやってんだろうが」
「善意でやってる?耕三は苦しんだのに意外とやさしいな。僕はやさしくなれないな」
「多分、今まで来た殆どの旅行者がキノコをラジに頼んだんだ。だから、あいつは残りもんをスープに入れたんだろう。いつも台所にある、とか言ってたからな。今日はハシシ探しに行かなかったのか?」
「昨夜、考えてさ。うまく行けば金にはなるけど、捕まったら監獄じゃ当分吸えないからやめたよ。ブリュッセルにないなら考えるけど危険冒すメリットないよ」
「止めた理由が滑稽で笑っちゃうな。ハシシがないと生きていけないようだな」
「無理だね。僕たちは10歳前から吸い出すんだぜ。おふくろの乳じゃないけど大好物のキャンディ、お菓子、食べ物みたいなもんさ」

ラジが、30前後の日本人カップルを連れてきた。
二人は、ここはどこ?って感じだ。もうぶっ飛んだ顔をしている。
ミッキーマウスがホームレスになったような顔をした旦那がクールな声で言った。
「山根です。ここには?何か目的でも」
「ただぶらぶらと来てしまったって感じです。山根さんはトレッキング?」
「いえ、金沢で民芸品の店をやっていましてその買いつけに」
「よくここには?」
「ええ、、、、」 
キノコの件以来、俺を避けていたラジが、2cm四方のてかてか光る茶褐色のタール状の塊を宙に投げて遊んでいた。
山根さんの奥さんが、素っ裸のマイケル・ジャクソンンを見つめているバービー人形のような顔をして眼球を上下に動かしていた。
「ローオ〜ウピ〜アム(生〜あ〜へん)?」
「そう。ほしいならあげるよ」
 生阿片と聞いて、俺たちもおもわず目が行った。
イギーも初めて見るのか手にとって珍しそうに観察している。
「何も薬は入ってないんだな?」
「うん。採って丸めただけ。100%自然のもんさ」
「食べるとどうなる?」
「どうにもならないよ」
イギーが四つににちぎって、一つを口に放り込んで残りを俺たちに手渡した。
俺は嫌みたらしくラジに言った。
「また古いんだろうな?」
「へへ、半年は経ってるけど食べてもどうってことないよ。僕らまだ古いのおやつで食べるから。目はどう」
「ラジ先生の見立てどおり今朝、治ったよ。これからは勝手に古いキノコ入れるなよ。おまえ、ひどい目に遭うぞ」
「OK、気をつける。新鮮なのを選ぶ」
その後、ラジを連れて食事に行った。
みんなは野菜中心の食事だった。
俺は栄養が必要だと感じていたので、年に数回も食べないステーキをオーダーした。ミルクをお代わりした。

この日から俺の体は糞を排出する作業を放棄した。
おかしかった
今までどこから排泄していたのかわかなくなったほどだ。
肛門が鉄筋コンクリートで固められたようでもう別の器官になっていた。
部屋から20m程の所にある共同便所が憩いの場所になった、気休めの。
翌日、その次の日も駄目だった。
肛門はもう完全に閉ざされて壁になっていた。
まるでトイレに恋をしたかのように、2、3時間おきのトイレ行きが日課になった。
原因はあの生阿片だろうか?
イギー、山根さん夫婦はなんともない。
あのとき、レストランで彼らは野菜食だった。
俺はステーキを食べてミルクをお代わりした。
原因はそれしか考えられない。
ステーキとミルクが絡まってクレーズィグルーになったんだ。
なぜよりによって普段は食べないステーキを注文したんだ!
それにミルクを2杯も!
この3日間まるで便器の上で生活しているようだった。
 

夜10時過ぎロシュトーはジャパニーズの部屋に向かった。
この二日間、彼の部屋に忍び込むチャンスを窺っていたが、いつも部屋の前庭に数人が屯していた。
部屋には明かりがついていた。
あきらめて帰ろうとしたとき、ジャパニーズが出てきた。
鍵をかけなかった、トイレにでも行ったのだろう。
しばらく暗闇に潜んで様子を見ることにした。
20分後に戻ってきた。
数分後、ロシュトーが帰ろうと立ち上がったとき、ジャパニーズがまた出てきた。
あわてて顔を引っ込めた。 
部屋のドアが微かに開いていたが我慢した。
20分後、浮かぬ顔をして彼が戻ってきた。
奴は腹を壊したのかもな。
しばらく様子を見ることにした。
午前1時過ぎ、またジャパニーズがトイレに行った。
ロシュトーは部屋に忍び込んだ。
寝袋、バックパックの中を調べた。インターポールに結びつくものは何も発見できなかった。パスポートを探したが見つからなかった。
10分後、部屋を出て暗闇に潜んだ。
しばらくして戻ってきたジャパニーズは部屋に入ってライトを消した。
明日ここを発とう、
とロシュトーが立ち上がったとき、突然、目の前でドアが開いた。
ジャパニーズが現れた。
ああ、見つかってしまった。
しかしそのまま通りすぎていった。
どうなってんだ?
ジャパニーズがトイレに入った。
壁に耳を当てた。
「クレズィーグルー。ステー、、、キ、〜〜〜〜〜〜〜〜」
うん、うん唸っている。
どうも奴は便秘気味のようだ。
これまでの償いをしてもらおうと、拳大の石3個を探して隣のトイレに静かに入った。
ジャパニーズによく聞こえるように跳ね返しに注意しながら上から勢い良く落とした。
これを聞けば奴は気が滅入るはずだ。
なんてこった!何がインターポールだ。
糞詰まりのインタポールか!とんでもないことで時間を食っちまった!それにしてもすげえ便秘症がいたもんだぜ。
ジャパニーズの苦悩に満ちた独言を聞きながら、ロシュトーは笑いを堪えることができなかった。

帰り道、道端に寝転んで腹がよじれるほど笑った。
ようやく納まって立ち上がったときにおってきた。
糞だった。右手の平に付いていた。
左の肩辺りからもにおってきた。
ズボン、シャツ、全身が糞だらけなのに気づいた。
また笑いがぶり返してきて涙が止まらなくなった。
マルチン・ルター(独の宗教改革者)とフランソワ・ラブレー(仏の作家)が頭に浮かんできた。
ルターは悪魔が肛門の周りに姿を現すので、それを追い払うには巨大な糞をしなければと信じていた。
そうだろうな、ルター先生、あのジャパニーズに教えてやんなよ。
巨大な糞をするにはガルガンチェア(ラブレーが書いた騎士道物語の英雄)みたいにならんといけんとね。
そういゃあ、先生あんたも便秘気味だったらしいな。
まあ糞が詰まれば詰まるほど後で宇宙に放出する解放感は増大するっていうから割には合うわな。
あのジャパニーズも糞が出たときは死んでもいいと思うだろうぜ。 


4日目に、ラジに教えてもらって医者へ行った。
30過ぎの若い医者で事情を話すとしばらく考えていた。
アヘンと聞いて怖じ気づいたのかぼんやりしている。
浣腸してくれないか、と医者に頼んだ。
それでも壁は強固でびくともしなかった。
俺が嘘を吐いているとでも思ったのか、涼しい顔をして言った。
「君、私にはどこも悪いようには見えないけど、、」
「他に薬は?」 
「ここにはない」と冷たく言い放って背を向けた。
俺を変態だと思ったようだ。

カトマンズに行こう、薬探しに。
出発前夜、妙にすましたラジが来た。
「糞が出ないんだって。生阿片が原因なら初めてのケースだよ」
それまで笑いを堪えていた彼は噴き出した。
涙まで出して転げ回っている。
「おまえにはほんとうに色々と世話になった。このまま糞詰まりで死んだら枕元に現れるからな。今度誰かに生阿片あげるときは後でステーキ、ミルクは食べるな、ってはっきり言うんだぞ」

翌朝、バス発着場まで見送りに来たイギーが、こいつに似合わないまじめな顔で、
「糞詰まりの結末知りたいから又会おうぜ」
と言った後、噴き出した。
この野郎!俺だっておかしくて笑いたいぐらいだ! 

カトマンズで数軒の薬屋を廻った。
事情を話すと一様に首を傾げて、「薬はない」と言う。
俺が初めての症例だとは到底思えないのだが、みんな阿片と聞いて関わりたくないようだ。
どうしよう?このままあの世行きなんて最悪だ。



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3.プーケット 


バンコックに夜遅く着いた。
空港からタクシーで市内に向かった。
運転手が話しかけてきた。
「よお、あんちゃん!欲しいもんあるならなんでも揃えるぜ。ヘロイン、マリファナ、ここから5分とかかんないとこにあんだ。安くしとくぜ」
カオサンまで」 
ここにはドラッグをだしに小銭を稼ぐハイエナがうようよしている。
彼らの餌食になった多くの旅行者がバンコック郊外にあるラジャオ刑務所に入っている。
ハイエナの餌食になるのはご免だ。 

出口がないのに食欲はあるはずがない。
この一週間、水とスープしか取っていないので最悪の状態だ。
冷や汗、悪寒、吐き気、ズボンのベルトの穴が三つ減っていた。
カオサン通り近くの安宿に泊まって、翌朝、薬屋を探した。

中華街に大きな薬屋を見つけた。
50前後の主人に事情を説明した。
お祈りに近い。
その間、主人は微動だにせず、石像のように無表情だ。
奥に消えた。
一言も発しなかった。
なんとなく落ち着かない。
なかなかで出てこない。
数人がそれとなく俺を見ている。
客か?そのようには見えない。
そして、奥に入っていった。
何かがおかしかった。
監視されているようだ。
店を出た。
通りの向こうはマーケット(市場)になっていた。
薬屋を窺った。
数分後、警察官が二人、店に入って行った。
アヘンと聞いて、警察に通報したのだ。
ここに薬はあるはずだ。でもどうしたら手に入るのだろう。

バンコックはなんとなく恐かった。
翌日、山根さんに教えてもらったプーケットへ行くことにした。
ツーリスト・バスがあるのを知らなかった。長距離の路線バスに乗ってしまった。
15時間の旅は座席が狭くてしんどかった。
食べ物、排気ガスのにおいに吐き気が襲ってくる。
ヴィニール袋に吐いた。
何も出てこない。
もうおまえには付き合いきれない。
体内の器官がそっぽを向いた。

翌朝7時前、プーケットに着いた。
薬屋を探した。
マーケット近くに一軒あった。
店が開くのを待つことにした。
薬屋の主人は中国人だった、、かなりのお年寄りだ、90近い。
バンコックでのことがあったので、raw−opium(生アヘン)とはっきり言った。
すぐに主人は透明の液体が入った2mLの小瓶を奥から持って来た。
「コップの水に2〜3滴落としてよく混ぜて、1日、2回飲みなさい。これは毒だ。それ以上飲んでは駄目だよ。体がもつのは5日だけだ。1週間以上やってはいけない。それで駄目だったら来なさい。私が医者を紹介してあげる」

カタビーチ行きの小型トラックに乗りこんだ。
薬と老人の説得力のある言葉に興奮していた。
もう10日も糞詰まりだ。
夢遊病者だ。
運ちゃん、4人の乗客が恐々俺を見ている。
誰も俺の横には座らない。
死に場所を見つけた病人が興奮してにたにた笑っている。
ラベルには《opium tint(オピアムティント)》と書かれていた。
毒を以て毒を制すということなのか。 

バンガローで飲んでみた。
コップに一滴落とした。
水面を這った。
広がった。
暗い部屋に日が差した。
光沢を持った輝きに水銀を連想した。
ひどい味だ。
いきなり胸焼けと吐き気が襲ってきた。

四日が過ぎた。
もう胸焼けと吐き気に我慢できない。
明日も駄目なら日本に帰ろう。
朝、フランス式のトイレ(傾斜をつけたコンクリート上に足台のレンガがある)に屈んだ。
気のせいかコンクリートの壁がいつもと違う。
削岩機を手に兵士が直腸に忍び込んだ。
削り始めたのか?

夕方、直径2cm、長さ3cmほどの細長い純白のペンダントがトイレ溝に横たわっていた。
馴染みの排泄した感覚がまったくなかった。
美しかった。
こんな綺麗なものがほんとうに俺の体内から出てきたのだろうか?
見たこともない白さだ。
光沢を持った薄い透明の膜が光っている。
いつのまにか暗くなっていた。
でも、明るかった。
暗闇の中、純白の光に見とれていた。

真夜中、またペンダントがあった。
終わったのだ。
2週間たっていた。
虫歯が痛かった。
こんなに痛かったなんて、、、  

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3a:プーケット


「歯が痛い」
「ハ、、、」
それだけだ、プーケットの歯医者が言ったのは。
5分後、奥歯が一本消えた。

好物の蒸しまんじゅうを買った。
瞬く間に8個減った。
喉元過ぎたら〜だろうか、満腹で苦しい腹をさすっていた。
新たに20個買った。

誰もいない貸しきりビーチで寝転がっていた。
乳児を連れた小川さん夫婦に出会った。
40過ぎのカップルで、旦那は顔色が悪い。
夫人が彼のスポークスマンだ、よくしゃべる。
「どこからなの?」
「ネパールです」
「ポカラの方には?」
「ええ、行きました」
「じゃあ、山根さんに会わなかった?」
「ええ、会いましたよ。知り合いですか?彼らにここを教えてもらったんです。いずれ来るとか言ってました」
「民芸品の買い付けうまく行ったのかな。私たちに何か伝言なかった?」
「いえ、何も。民芸品については今年はいいのがあるけど値段が高いとか言ってましたね。民芸品も出来、不出来があるんですね」
「あら、知らなかったの。民芸品の中に入れるもののことよ」
「え!」
「あら、知らなかったの」
「もしかしてハシシ、、、、」
「決まってるでしょう」
 小川さんが声を荒げて口を挟んだ。
「おい、お前!」
 夫人は話題を変えようともしなかった。
「この国には何でもあるから気をつけた方がいいわよ。特にバンコックではドラッグに手を出さないようにね。タクシー運転手、ホテルの従業員、通りで声をかけてくる人間を相手にしないようにね。ひどいめに遭うわよ。警察から賞金が出るからドラッグを売っておいて後で警察に通報するのよ。知らないうちにドラッグをバッグに入れられて填められた旅行者もいるらしいわよ。ここの監獄は悲惨なんだから。食事も自腹だし」
ここの監獄に入っていたのだろうかやけに詳しい。
「私たち、明後日、発つけどカタゲストハウスの201号にいるから遊びに来て」

翌夕方、小川さんのバンガローへ行った。
明かりは点いているのに声をかけても返答がない。
ドアが少し開いていた。
奥さんが乳児のバスケットに何かを隠している。
しばらくして表に出てきた。
二人とも完全にfar out(ぶ っ飛んでいる)して目が飛んでいた。
俺の頭にオウムが留まっているのか、不思議そうに彼女が見ている。
けだるそうに言った。
「明日帰るから山根さんに会ったらよろしくね」
「ええ、もし会えたら」
赤ちゃんが泣いた。
激しくなった。
二人は動こうともしない。
「泣いてますよ!」
彼らの動作がのろい。
待てなかった。
走った。
おむつに隠れて注射針が右の太股に刺さっていた。
振り返ると、目が四つある裸のマネキンが立っていた。
 
翌早朝、ドアを叩く音で目が覚めた。
小川さんが立っていた。
「ちょっといいか」
「ええ、」
「昨日は変なとこ見られちゃって。言い訳するつもりはないが、、実は、、、、この2年ヘロインをやってる。交通事故で腰を痛めて、、、痛み止めに、、、使い始めて、、、中毒になった。以来ここに来てはやってるんだ。その、、、、昨日のことだが、、、心配で。つまり通報されることが、、、」
「誰にも言いませんから安心してください」
「ありがとう」

彼らは昼前に出発した。
これからの一生を時間の浪費で終わらせないためにも、ヘロインから抜け出てもらいたかった。
赤ん坊をだしに、ヘロインを運ぶまで堕ちていないことを、、、、
 

3b:キャラメル超特急このエントリをはてなブックマークに登録

Sweet Candy Express


3b:プーケット.


バンガローのレストランは満席だった。
ここに座らないか、60過ぎの白人の男が言った。
彼とは二日前にビーチで簡単な挨拶を交わしていた。
10代半ばのタイ女性があどけない顔で横に座っている。

食事中、俺たちの会話は弾み、話はあらぬ方向に行った。
彼はつい最近までマイアミ空港の警察官だったらしい。
「コロンビアからペットの犬が空輸されて来た。まあ、普通なら99%、到着した日に飼い主が引き取りにくんだがこのときは誰も来なかった。妊娠しているのか腹が大きくて元気がない。触るとこれがカチカチに固い。レントゲンで調べて見ると、何があったと思う?」
「、、、、」
「筒だ。何個も見えた。手術で取り出すと、緑、赤、青、ピンク、黒、色つき風船が約100個出てきた。合計1パウンド(453g)のコカインだった。死にかけていた犬の腹から鮮やかな色の風船が見えたときは、前衛のアートを見ているような、なんか奇妙な不思議な感覚だったな。コンドームに詰めて風船で包んでむりやり犬に食べさせたんだ」
「ひどいことを」
「犬はひどい拷問を受けたもんさ。翌日、馬鹿が犬を引き取りに現れたよ」
「その犬は?」
「ああ、、元気だ。仕事してる、空港でね。どこも引き取り手がなくて預かっていたんだ。たまたま麻薬犬として訓練したらこれが抜群にすばらしくてね。まじな話、体験からドラッグに怒りを感じているようなんだ。今じゃあ、マイアミ空港ナンバー一のドラッグ探知犬だ」 
「すごいな、それは!」
「マイアミに行ったことは?」
「いえ」
「マイアミバイスのテレビ番組を見たことあるかね。かなり古いが」
「ええ、イアン・ハンマー(Jan Hammer チェコの作曲家、キーボード奏者)のテーマ音楽ですね」
「テレビと同じで麻薬関連の事件ばっかりだよ。コロンビアのギャングに、カストロが80年に追い出した13万人のキューバ難民。その中には数千人のキューバの犯罪者が含まれていた。それに不法入国者が加わるんで麻薬が絡んだ殺人事件は解決しにくい。
犠牲者のほとんどが偽名で特定できないんだから当然だな。
指紋の写しをコロンビアに送っても音沙汰無しか、あっても一年近くかかる。
もう他の事件で手一杯でなにもできない。おまけに麻薬密売人から押収する登録されてない武器が多すぎて、過去の殺人事件に使用されたかどうか調べる弾道テストさえできない状態だ。
目撃者の大半は麻薬密売に関わっているから証言はまず無理だ。
仲間が恐いからラテンアメリカ系の容疑者が自白したって話は聞いたことがない。 パナマのノリエガ(パナマの軍司令官)がカストロと組んでハバナを中継地として麻薬事業をやっていたのは周知の事実だが、バハマにリンデン・オスカー・ピンドリングという男がいる。
実は、独立前からバハマの首相でおまけに英枢密院の終身顧問、英連邦諸国内で最も長く指導的地位にある人間だった。そんな人間がドラッグに深く関り合いがあった」
「首相がドラッグに?」
「コロンビアの組織から金をもらっている。選挙資金、献金とかの名目でね。バハマはハバナ以上に麻薬の積み替え基地として最高の所なんだ。14の島が基地になってるよ。ある島は武装した密売人たちが占拠し、ある島は彼らの持ち物だ。しかも警察、役人は金で買われている。その他、周りに大小合わせて無人島が約700、それに2000以上の危険な岩礁がある」
「バハマの島を?マイアミ空港は?」
「もちろん活発だ。ボーイング747で運ばれてくる。主にコカインだ。定期航空便のパネルの裏、頭部ノーズコーン、貨物輸送機だとランの積み荷の中とか木製の家具やワインに溶け込ませたりね。
70年代後半まではマリファナが主で巨大な貨物船でフロリダ近くまで運んでそこから高速ボートで沿岸まで輸送していた。その後コカインが飛躍的に増えた。ママリファナ・ギャングにコカイン・ギャングが加わった。今は飛行機で基地のある島まで運んでくる。それからは超高速船だ。 
フロリダ南部には、大小さまざまな入り江、湾、運河、水路、湿地帯がある。
沿岸パトロールに追われても彼らは危険な岩礁を利用して命がけで逃げるんだ。
時速100キロで水深60センチ以下の所をね。熟練した船頭にはわけないことさ。
彼らは4時間働くだけで1万から1万2千$稼ぐ。
追跡する俺達は一回の勤務手当が100、それから税金を引かれるんだよ。
命まで賭けて追うってのは馬鹿らしいよな。それに奴らは無線をうまく利用している。
小船は超短波のVHFをよく使うが、この船舶用バンドの周波数は72チャンネルある。
彼らは符丁を頻繁に使って傍受を防ぐんだよ。さらに航空用の720チャンネルの無線を使ったりもする。
しかもフロリダ南部には13万隻以上のレジャアーボートが登録されているから麻薬を積んだボートを探し出すのは不可能に近い」
「取り締まるのは無理ですか?」
「浪費だね。合衆国のマリファナは合法化して高い税金をかけたほうがまだいい。その税金で中毒者を教育すればいい。コカインは命に関わるから合法化には反対だがうまい手がないな」
食事中、連れの女性は終始にこにこしていたが一言も話さなかった。 
彼らが去った後、いつもは愛想のいいウェイターがやけに不機嫌だ。
「あのカップルは親子か?」
「金!!いい歳したおやじが幼い少女の体を買って旅行してんのさ!何週間もだ!彼女、何歳だと思う!まだ12だぜ!こんなことがあっていいのか!」
食べ物の残骸にまみれたテーブル布巾を二人が去った暗闇に思いっきり投げつけた。

12歳の少女の体を数週間もてあそんで旅行している元警官。
犬の腹にコカインを詰め込んだ馬鹿。
どこが違うのだろう。

翌日プーケットを出発した。
山根夫婦は現れなかった。 




4:キャラメル超特急 バンコクこのエントリをはてなブックマークに登録

Sweet Candy Express



4.Midnight Express・バンコク



バンコックに戻るバスでオーストラリアの旅人と一緒になった。
ビーチで数回見かけて挨拶はしていたが彼とは余り話したくなかった。
自分の思いつくままに喋って一人で悦に入る質だ。
絶えずどこか体の一部が動いている
落ち着けない。

プーケットを出て3時間後に止まった休憩所で、席に戻ると俺の座席隣に座っていた。
「いゃあ、あんたも乗ってたんだな。
あのタイ人に替わってもらった。
同じバスってのも奇遇だな。
え?バス旅は退屈だからあんたがいたんで助かったぜ。
カトマンズでジャパニーズには世話になったよ。
飯おごってくれて、おまけに大事なもんまで運んでくれた」
辺りを見回して小声で言った。
「大事なもんてのは何か分かる?
ハシシだよ。
一月前に成功したんだ。
カトマンズから運んだ。
いくらあったと思う」
「誰が乗っている分からないからそれ以上は話さないほうがいい」

夜中、うつらうつらしている俺に小声で話しかけてきた。
「2kだぜ、驚いたろう。
どうやって運んだかなんて聞くなよ。
独創的な、今だかってなかった方法だ」
「独創的?独創的な方法で運んだハシシか。
お笑いだな。その名前でも付けて売ったら」
「ああ、言われなくても考えてる。
あんた、どんな方法か想像できないだろうが」
「想像する?そんな馬鹿なこと考えたことないからな」
「ヒントをあげようか。俺は一番、安全ってね」
「他人の持ち物に入れて後で回収するんだろう」
「いい線いってる。
登山隊さ。
どこの登山隊でもよかったんだが、たまたまジャパンからの登山隊がいてな。
その荷物の中に2kのハシシが入った俺の寝袋を紛れ込ました。準備は大変だったぜ。
飛行機の出発日時。
彼らの荷物がどこに行くか。
まっすぐジャパンに行かれちゃあ笑い話になるからな。
それに寝袋を紛れ込ますタイミングとかよ。
寝袋に2kのハシシを上手く隠すのも大変だった。
俺たち白人には甘いんで正直なとこ登山隊がジャパニーズで助かったぜ。
アジア人、黒人、彼らには見る目つきからして違うのに白人には甘いんだな、あんたの国は。
それで助かったんだから俺にゃ文句はねえんだが。
その登山隊は国際協力隊だったらしくて税関の検査は簡単でな。
タイの空港で寝袋、抜き取った後すぐおさらばしたかったが飯までおごってくれてな。
え、お笑いだろう。
2kのハシシがフリーパスってんだからな。
とにかく至れり尽くせりでジャパニーズ様様だったぜ」
「2kのハシシなんて爆弾抱えているようなもんだろう」
「爆弾、、、、?ああ、言えてるな。
バンコックで何度か売ろうとしたんだが、、、、。
あるコネでサイアム広場のバーで取り引きすることになった。約束の時間は夜10時だったが偵察をかねて一時間早く行ったんだ。
ブランディをシャツにぶっかけ酔った振りしてな。
約束の時間、間際になって何かがおかしいのに気づいたよ。
暗闇で数人の人間が目配せしたり手で合図してんだ。
胸騒ぎがしてトイレに行って窓から噸ずらした。
出たとこが店の裏でな。
そこからお巡りらしいのが4〜5人、入り口に屯してるのが見えた。
恐いとこだぜバンコックは。
お前、知ってるか?
バンコックのドンムアン空港は私服のお巡りだらけだっての」
「まだ爆弾を抱えてるわけだ」
「メルボルンまで運ぶつもりだ」
 
2kのハシシに一生を賭けているような深刻な顔でバスの天井を眺めている。
成功したとしても、気苦労を思うとまったく御苦労さんだ。
わずかばかりの泡銭と捕まって馬鹿をみるのを比べても割に合わないのは一目瞭然なのに。

「もうジャパニーズの登山隊はいねえし。
陸伝いでマレーシアに行こうとチェックしたんだが難しそうでな。
マレーシアのぺナン空港までうまく運べたら国まで運ぶ自信はあんだが。
問題はあそこはヘロイン、2グラムで死刑なんだ。
ハシシなら2〜30年以上ってとこだろうな、、。
バンコックの空港からは自信ないし、、、」
「そんなに悩んでるなら捨てな。
メルボルンまで運んで売っても監獄に入る年数は遊んで暮らせないだろう」
「抜け道があんだな。
大人は2グラムで死刑だが子どもは罪になんねえ。
子どもに運んでもらうってのもあんだよ」

「馬鹿なことを!アラン・パーカー(Alan Parker)監督の『Midnight Express(深夜特急』って映画見たか?1970年にあった実 話を映画化した」
「いや」
「2kのハシシをテープで体に巻き付けてトルコからアメリカに運ぼうとしたアメリカ人旅行者の話さ。
そういゃあ、そっちも2kだったか」
 彼は真剣な顔になった。
「俳優のブラッド・デビス(Brad Davis)が主人公の役だったが名前は忘れた。
サングラスをした主人公がイスタンブール空港の搭乗待合室でニューヨーク行きだったかな、搭乗アナンスを待っている。
煙草をせわしなく吸ってびっちり汗かいてな。
バックに流れている音が心臓の鼓動でもう特急みたいな速さだ。
周りには百人以上の乗客がいて、誰が見ても彼が異常に緊張しているのが分かる。
彼は自分を落ち着かせようとトイレへ行くんだ。
テープで体に巻いたハシシをチェックした後、待合室に戻ると乗客は誰もいない。
あわてた彼は係員の制止も聞かず搭乗口を駆け抜けて連絡バスに乗るんだが、彼の挙動不審がセキュオリティの兵隊に怪しまれる。

連絡バスから飛行機に乗り込むとき、50人ほどの兵隊が待ち受けている。
乗客はタラップの前で体を触られ身体検査をされる。
 
彼の順番だ。
検査が終わるや、30以上の銃口を一斉に向けられるんだ。
彼が夜空に両手を突き上げる場面は圧巻だった。

当時、ハイジャックが多かったからテロリストだと思われたんだな。
兵隊は爆弾を体に巻いていると思った。
今にも発砲しそうな真剣な表情だ。

それがハシシだと分かった途端、みんなバカ笑いさ。
つられて主人公も笑う。
《なんだハシシ運びは笑えることなんだ》ぐらいに軽く彼は思ったっただろうな。
みんな楽しそうに笑ってるから俺もそう感じた。

しかし、そうじゃなかった。
彼の両親は金のかかる弁護士を雇い、アメリカ大使館はトルコ政府に働きかけた。
やれることはすべてやったが徒労に終わる。
一度、逃亡しようとしたからそれも加算されたんだが、結局、30年以上の刑を言い渡される。

監獄の中には数人のアメリカ人、ヨーロッパ人がいた。
みんな気の遠くなるような刑期を宣告されてもう屍さ。
彼らの心情を表わす言葉なんてない。

俺はそんなへまなんかしない、なんて言わないほうがいい。
ドラッグには成功もヘマもない。
どっちも割に合わないつまらないことだからな」
「で、最後はどうなるんだ!」
「それから5年後だったか、、、当時、一緒にトルコを旅行していたガールフレンドが面会に来る。
すべてを諦め抜け殻になっている主人公に彼女が強く言うんだ。
“ここをなんとしても抜け出さないと駄目だ”、ってね。

そのとき、彼女、金を巧妙に隠した家族の写真集を置いていく。
主人公は脱獄を決意する。
75年、看守を偶発的に殺して脱獄に成功する。
心身の傷、時間、多大な犠牲を払ってな。

たかがハシシがそうじゃないんだ。
決行する前に《Midnight Express》のビデオを見たほうがいい」
「《Midnight Express》の意味は心臓の鼓動のことか?」
「escape(脱出)の意味らしい」

翌朝、バンコックで悩めるオーストラリア人と別れた。
 
バンコックは巨大な排気ガスの街だ。
通りで見かける片足を上げたキックボクサーのポスターが脳裏から離れない。
落ち着けなかった。

3日後、バスでチェンマイに向かった。
想像していたとおりの静かな町並で寺院が多かった。
その多さは町の大きさを考慮するとバンコックの比ではなかった。

theme : 連載小説
genre : 小説・文学

The end of a明日 .プロローグこのエントリをはてなブックマークに登録

The end of a明日

医学的に治癒が困難な病の記述があります。
どうか、skipしてください。


概略

中学校を退学したシュシは音楽と環境問題にはまっていた。
元パンクで代議士秘書の勤と出会う。
勤の父親は要人外国訪問支援室長で機密費を横領していた。
その大半が政治家、官僚に渡っていた。
勤はそれらの情報をメモリーカードに記録した。
カードがどこにあるか、いずれ知らせると言い残して父親は亡くなる。
シュシはクルド難民の子で妹、薫と勤の為に何か出来ないか探る。
薫と美世の空気が同じだ、と勤は感じていた。






 プロローグ 
1:シュシ(種子)
2:レディ・レジ魔
3:薫
4:何も-natural
5:恵美
6:勤 - punk
7:環境会議
8:機密費
9:Temple
10:触れ合い 
11:続 触れ合い
12:美世
13:葛藤
14:闇の中へ
15:桜散る
16:マサコと恵美
17:桜三部咲き

登場人物

シュシ(種子):ミュージシャン
恵美:シュシの母親
薫:恵美の養女。
美智子:恵美の妹
チキータ:フィリピン人、薫の母親
ムスタファ:クルド人、薫の父親
松岡行俊: 外務省、要人外国訪問支援室長 
松岡勤:法務大臣、藤山克夫の秘書。行俊の息子
マサコ:勤の母
美世:勤の妹
狂人(キョウト):勤のパンク仲間
藤山克夫:法務大臣  
武藤隆:外務省、事務次官
斎川俊行:外務省元北米一課長、現在内閣官房参与。
田中五郎:米大使
恋済十郎:総理大臣
山本邦明:外務大臣

(要人外国訪問支援室は既に廃止され、外遊先の担当部局が対応している模様)

全てフィクションです。





プロローグ


環境保護団体
[The end of a明日]

シンボル曲、スキーターデイヴス(Skeeter Davis)のThe end of the world 

太陽はどうしていつもあんなに輝いているの
どうして波はいつも浜に打ち寄せてくるの
知らないの、この世界は終わりの

なぜ鳥さんたちはあんなににぎやかなの
なぜ星はいつも光ってるの
知らないのね、もう世界は終わりなのよ

でも、まだ、
何も変わっていない
どうなるの、これから

わたしの心臓は動いてる、
生きていたいのよ
涙もそうよ、
なのに、なぜ世界が終わりなの、

さよなら、と地球さんが言ったから
ただ、それだけ、、
わたしたち、何をした?
、、、、
もしかして、、、、
わたしたちが、、
傷つけたからなの?




会の活動 
1:スーパーで買い物レジ袋をもらっている人がいたら、袋持参を問題が起きない程度に半強制的に薦める。
2:不必要と思われる外灯を消して回る。
3:なるべく、車に乗らないようにする。
4:捨て猫、犬を保護する。
5:魚屋の魚類、苦しんでいるようなら川、海に放す。(極力、魚屋さんの理解を得るよう努力する)
6:4000cc以上の車のタイヤをパンクさせる(ハイブリ  ッド車を除く)

その他、会員、活動内容、募集中。



自分が独りでやって、、も
何が変わるの、、、

でも、それは愚かな考えだった。
私はのうのうと生活しているのに、
もう既に環境で苦しんでいる人たちがいる。

明日のエコではもう地球を救えない。
もう、バンドエイドでは救えない。
私たちは地球が再生できる量の、
20%も多く自然を消費している。
地球上、すべての人間が、
私たち、金持ち並みの生活をするには、
地球が5個も必要なの。

これって、
欧米スタイルの、
私たち、
金持ちライフスタイルが問題なの?
もう私たち先進国は指導する立場にないのよ、
自分自身が問題なのに。

私たち金持ちのために、
貧しい人たちは食料を供給し、
そのために生態系を破壊され、、、
病気になり、
私たちが当然のごとく受けている
医療施設、薬もなく、
死んでいく。

世界平均で37キロ、
貧しい人たちは一桁、
アメリカでは3倍の110キロの地球資源を、
一人が1年で消費しているのよ。

地球の20%が、
世界人口の1/3が、
一日、1$以下で生活しているのに、
地球の約半分が、
1日2$以下で生活しているのに、
日々の糧を一部の人が独占していいの?
分かち合えれないの?
せめて、、、、地球があるうちに。

経済成長、、、って何?
利益以上にコストがかかるのに、、
何が経済なの。
経済拡大のため、
その資源はどこから来るの?
ゴミはどこに捨てるの?
経済成長って、、
有益なものと有害なものをつくることなの?
不経済成長じゃないの?

ある島で、
唯一ある木を切ったそうです。
みんなは言いました。
もうカヌーは作れないじゃないか。
経済学者は言いました。
仕事だよ、大事なのは。
その内、テクノロジーが解決してくれる。
傲慢なアメリカ人、ヨーロッパ人、日本人は言います。
おれの木だ、、自分の木を切ってどこが悪い。

もう、駄目なんです。
みんなの価値観を変えなければ、、
駄目なんです。
価値観なんて、、、、、、
そんな言葉さえ、、、
もう陳腐です。

何をやっても遅いんです。
、もう、、遅いんです。
でも、、
今やらないと、

美樹
新太郎
美咲
大二郎
、、、、
子どもたちが
、、


テレビでは、

パレスチナで、
ファタ派とハマスの内紛ですって、
国を造りたいならイスラエルに向かって行かなければいけないのに、、

年金問題、、
自民党って、
もう何年、政権にいるの?
なぜみんな投票するの?

イラク、、
世界がアメリカの言いなりになって、
もう何年、、、
世界は平和になった?

ミスター地球が笑いながら言ってます。
また、お笑いで時間潰しているな。
人間って、やっぱ馬鹿だ。
みんな、俺がどうなるか知ってんのに、
もう、今の俺はホスピスで死を待っているのに、
何もやらない、
やろうとさえしない。
人間は馬鹿だと思いたくないんだ、
心底、馬鹿なのに。
無能だと思いたくないんだ、。
心底、アホなのに。
人間は夢が好きなんだな、
でも夢ってなんだ。
地球はもう駄目だから、
月に住むことなのか?
まだ、この期におよんでも、
テクノロジーが全てを解決してくれる、、、
信じているの?
本当に?
救いようのない馬鹿だな。
宇宙に行くより、
海の底に住むのがまだ現実的だとわからないのかね。

みんな、
現実を、、、、
見たくないの、
聞きたくないの、
関係ないの、
今の生活の質、落ちるなら、
生きててもしようがない。

俺の
私の、
生きている間
もてばいいわ、
もっててくれれば、
もつさ。

だから、、
だったら、、
だからこそ、
私たちは宣言します。
”The end of a明日”
を創設して闘います!




お詫び

活動、6のタイヤのパンクは、
当初、何かをしなければ、、
と焦燥を感じて付け加えましたが、
個人の権利、自由の侵害、まして管理という、
私たち会員が一番忌み嫌うものでした。
人々の共感を目的とした、
この運動にはそぐわないと
会員、全員一致で削除を決めました。

なお、会員が既に2台の車のタイヤをパンクしました。
ご迷惑をおかけしました。
申し訳ありませんでした。
“The end of a明日”で
弁償させていただきました。
我々、会員一同、心から謝罪したいと思います。

(現在、パンフレットがうんざりするぐらい残っています。
次回のパンフレットから削除いたします)

(inspired by" The Planet" by Charon film)


The end of the world
(Written by Arthur Keat, Sylvia Dee)

Why does the sun go on shining?
Why does the sea rush to shore?
Don't they know it's the end of the world
Cause you don't love me anymore?

Why do the birds go on singing?
Why do the stars glow above?
Don't they know it's the end of the world
It ended when I lost your love.

I wake up in the morning and I wonder
Why ev'rything's the same as it was.
I can't understand, no I can't understand
How life goes on the way it does

Why does my heart go on beating?
Why do these eyes of mine cry?
Don't they know know it's the end of the world?
It ended when you said goodbye
Don't they know know it's the end of the world?
It ended when you said goodbye.






theme : 連載小説
genre : 小説・文学

1: The end of a明日 シュシこのエントリをはてなブックマークに登録

The end of a明日



一. シュシ(種子)


カレン・カーペンターの声が特に好きだった
いつも自分だけに歌ってくれた
彼女は一番前で歌いたくなかった
どうしても自信がもてない
自分を守るため、、
必要だった、
囲いが、
柵が、、、、
だからドラムを叩いた
ドラムが、、、守ってくれた
カレン・カーペンターが好きだった。




シュシが学校に行かなくなって3か月が経った。
母、恵美はその理由を知っていたので何も言わなかった。
自分で解決してくれればいいけど、
容易にできるとは、、、。

13歳の夏、始まった。
シュシは字がきたないのを気にしていた。
字をきれいに書きたいと、
教則本を買って勉強していた。

学校から帰ってきた。
いつもは冷蔵庫を開けて大好きなプディンを探すのに、、、
目も合わさず無言で自分の部屋に向かった。
「シュシ、どうしたの。何も言わないで。
あなたの好きな、三毛猫の三色プディン買ってあるわよ」

5分が経った。
彼女の部屋をノックした。
応答がない。
「シュシ、いるんでしょう。入るわよ」
泣いていた。
「どうしたの、泣くなんて、いつものあなたらしくないわね」
「お母さん、字が書けなくなった、、、」
「何を言ってるの?書いているじゃないの?」
「書けない。手が震えて動かないの、、、」
「書いてみなさい」

おかしい。
指、手が小刻みに震えている。
鉛筆の芯が動こうとしない。
動かせない。
力が入りすぎている、
鉛筆が震えている、
あれ、、肘から、、、

時間をかけると書けた。
一つの線を書くのに、2,30秒。
直線には、、どうしてもならない。
曲線は書けなかった。
「シュシ、力を入れて書いては駄目よ。
これまでやっていたように書いてみなさい」
「やっているわよ。でも、、駄目なの」
「これまでのように何も意識しないで書いてみたら」
「意識しないで、、って、、、無理よ。
鉛筆持った瞬間から右手がおかしいのよ」
「力抜けない?」
「、、、、、」
「さあ、一緒に深呼吸しましょうか?」
「駄目よ!やったんだから。手を自由に動かせないの」
「鉛筆はいつもそのように持っていたの」
「分らない。どうやって持ってたのか、、、そんなこと気にして持ってないわ!」

シュシは広告用紙の裏の白紙を利用して書きなぐっていた。
一日、1時間以上も。
自分なりに解決しようと一生懸命努力していた。
見ていて可哀相だった。
出来るなら代わってあげたかった。
これまで無意識でやれたことが、急に出来なくなった苦しみにもがいていた。
「一生懸命、字をまねて書いていたの、、
急によ、、手が動かなくなって。
戸惑った、、あれ、、、って。
でも、、いくらやっても手が動かない!
動かないのよ!
お母さん!
本当に書けなくなった、、、」 

無意識でやれたことを意識して治せるのかしら。
どう修正したらいいのか解決法がわからない。
原因はわかっていた、、。
力を抜けばいいの、、右腕の。
でも、、どうやって。
鉛筆をもった途端、力が入っている。
シュシは気の遠くなるような時間をかけてあらゆる方法を試していた。
鉛筆を持つ位置、寝かす角度、
手と接地面との角度、
肘の位置、手のひらの接地具合、、
いろいろやっていた。

ただ、時間だけが通り過ぎていった。
鉛筆を持つ位置を変えるだけで数か月、
上手く行かないのでやり直して数か月、
翌日になると、昨日どう持っていたのかも忘れていた。
他の方法も効果がなかった。
稀に、右手の力が抜けることがあった。
「お母さん、ほら、上手く書けた。
力が入らなかった!」
その感覚を忘れまいと、
記憶に残しておこうとしていた。
手を一生懸命マッサージしながら、。

翌日、鉛筆を持った途端、泣き出した。
「昨日はただ手が麻痺していただけなのよ!」

悲しいぐらい努力した。
鉛筆を持つ矯正用ゴムを使ったり、
左手で書こうともしていた。
当初、左手は力が入らないとひどく喜んでいた。
それも、あきらめたようだ。
夜半泣いていた。
左手にも力が入った、

字を書こうとしなくなった。
快活な子だったのに。
成績は落ちた。
答えはわかっているのに書けないの、

結局、シュシは中3になった春から学校へ行かなくなった。
担任の先生は心配してくれたがどうすることも出来なかった。


学校に行かなくなって、
それまで薫とやっていた活動にめり込んでいった。
それと、並行して、
《Beat’em》(奴らを打ち負かせ。em=themは自らのinferiority(劣等感)を意味する)というバンド名でライブハウスで活動を始めた。一人だけの ONE-MAN band だった。
すべて自作自演の曲でパソコンで作ったギター抜きのオケに、ライブでギターをはめ込んだ。
歳に似合わず、60、70年代初期のロックが好きで、
ギターは、デュアン・オールマン(スライドギターの名手)、
ジミ・ヘンドリックス(ギタリスト)の影響を強く受けていた。
日本人では尾崎豊が好きだった。
早世したミュージシャンにしか興味が持てなかった。

彼等は、みんなすごいことをやっていた。
生み出しているものの偉大さに気づいていなかった。
エアポケットに入っていた。
ただ,邁進した。
僅か数年で、普遍なるものを生み出し、作品が彼等に代わって生きつづけている。
凝縮した塊が、体を生贄にして弾け永遠となる。
シュシは、憧れていた。
普遍的なものを生み出す力、時間は限られているわ。

theme : 連載小説
genre : 小説・文学

5:キャラメル超特急 黄金三角地帯このエントリをはてなブックマークに登録

Sweet Candy Express



5. 黄金の三角地帯 チェンマイ

 
13世紀にメングライ王がここに王国を作って以来、19世紀後半までビルマ族、モン族との争奪の地だった。
そのため、ビルマ族、タイ族、カレン族、メオ族、アカ族、モン族、シャン族の人々が住んでいた。
チエンマイは国際都市だった。
 
二日後チェンライへ行き、そこを拠点に2週間ほど三角地帯に行った。
マエチャンを回りそこから往復6日かけてバンポングまで行った。
マエサイまで行きたがったが、これ以上行くなと兵隊に止められた。
ここら一帯はラオスの共産軍、阿片畑を君臨するクンサの軍隊などでピリピリしていた。

そこからアカ部落へ行った。
車の通らない山路を彼方からこだまする銃声を聞きながら歩くほど心細いものはない。
周りは一面けし畑だ。
途中、肩から古そうな銃をぶら下げた数人とすれ違った。
銃身は剥きだしの木で餓鬼の頃使っていたくたびれた野球バットを思い出した。

入り口ゲートが、子孫繁栄のため性器の形をした部落に着いた。
頼んで泊めてもらった。
高床式の家に案内された。
床は板張りで一、二センチ間隔に隙間があって約2m下に地面が見える。
40前後のおやじさんが、隅のござで横になって阿片を吸っていた。もう長く生きそうもない。
頭痛薬の白い粉をどす黒い樹液に混ぜ、びんに入った石油を数滴たらした。
粘り気を出して吸いやすくするためだ。それを手にとって捏ね、適当な硬さになったところで丸めて針金の先に固定してランプの炎で焼いた。
それを竹パイプに詰めてジュ、ジューと音を出して吸っている。
「アメリカ人、オーストラリア人がよく来るよ」
 彼はとろんとした顔で天井に話しかけた。
 
ここにいる間、おやじさんは阿片の入った喫煙用具を枕元に置いて寝転がっていた。
女性のお年寄りはたくさんいたが男は見えなかった。
阿片で寿命を減らすのだ。
 
ここの女性は、ツイッギーより早くミニスカートを着ていたらしい。
確かに濃い青の綿を織った短いスカートを履いていた。
上半身は長袖のジャケットで、竹の帽子からリスの毛、犬の毛、鳥の羽、ビーズ、インドのシルバー・ルピーなどが垂れている。
祭りで着飾っているのだろう思っていた。
それが普段着だった。
生活は楽そうには見えなかったが、彼らの笑い声と笑顔は絶えることがなかった。


翌日の夕方、見るからに疲れはてた旅人が二人同宿した。
一人は若いカナダ人で名をアランと言った。
もう一人はカラチで会ったロシュトーだった。
一瞬、目が合ったとき目を逸らした。
俺に気づいたようだ。
そ知らぬ振りを装っていたので敢えて話しかけなかった。
彼らのバッグ、靴、ズボンには泥が乾燥してこびりつい