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一:何でそうなるのよ(短編)

インドのブダガヤデで、沖縄を旅していた頃知り合った和夫に出会った。
こんなとこで、ありえるのか、、ありえるのだ。

「野生の馬・カゼ覚えてるか?アラグスクで俺に慣れてた野性の馬さ」
その馬には強烈な印象があったのですぐ思い出した。
「よく覚えてる、リーダだったからな」
「俺アラグスク出て石垣からすぐ黒島(石垣島南西、18kmに位置する)に行った。
そこで偶然カゼに出会ったんだ!信じられるか!
どうやって黒島まで来たのかわからない。俺を追っかけて来たようでさ」

カゼはもう溺れ死んだと思っていた。 

旅していた。最初から金の無い旅だったので、旅先で適当なバイトをしては動いていた。
沖縄の西表島で金が底を尽き石垣島に出てきた。たまたま散歩中に見かけたバイト広告をたよりにその事務所へ向かった。
50過ぎの男がオリオンビールの缶を手にかつ丼をまずそうに食べている。
「バイトの広告を見たのですが」
「あんた、酒は?」
「飲めません」
「嘘ついとるとは思わんけど、あんたの顔見りゃ相当飲めるんと違うんかね」
「よくそう言われますがまったく飲めません」
「顔がどす黒いね。酒焼けではないんかね」
「ここに来る前、二ヶ月ほど西表島で道路工事のバイトをやってましたから。なんなら、そのビール少しもらえますか。
顔が赤くなるので飲めないのが分かります」
「あんたうまいこと言って、ただでビールを飲もうなんて」

席を立って出口に向かった。男は早口でしゃべりかけた。
「あの島は孤島でね。昔いろいろあったもんで酒を飲めない人を探してんすよ。契約は三か月、金は月六万、食事はすべてこっちもち。仕事は牧場のバイト。やりますか?」

ドアの把手に手を預けたまま振り向いた。
「まあ、こっち来て座ってくださいよ。気に触ったら堪忍してくださいな
じゃあ、あなたさんがよければバイトお願いしますよ。
あそこは牛以外、女もパチンコも何もありゃせんのでね。それでもよかったら」 

俺は西表島の道路工事で得た金をほとんど遣い果たし、千円しか持っていない。
日給、四千円のバイト、一泊二千円の民宿代、週、四日以上働かない。これで金が貯まったら奇跡だ。
「島の名はアラグスク島(新城島)ち言います。石垣から船で三時間ぐらいかかりますか。西表島の南東約七Kmの所にあります。アラグスクは島が二つありましてな。
上地島(かみじ島、面積一.八km)と牧場のある下地島(しもじ島、面積一.六km)に分かれとります。
距離はそうですな約四、五〇〇mもありますかね。
上地島には小さな村と電話がありましてな。緊急のときは唯一それが外との通信手段になりますたい。
島の人口は五〇人もいますかね。大体そんぐらいと思いますたい。
下地島には五百頭近い雌牛と六頭の種付け牛、それにアルバイトの五人と食事の世話をする老夫婦の計七人がいましてな。
週に一度、食料を運んで来る船と大潮のとき歩いて渡れる上島以外はまったくの孤島ですたい。
その連絡船も波が荒いと来んですたい」

そこには五人の若者がいた、その一人が和夫だった。契約三か月のうち、一月を残していた。

theme : 短編小説
genre : 小説・文学

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仕事は楽しかった。朝七時に起床して老夫婦の用意した缶詰め主体の朝食を食べた後、日産のおんぼろトラックで一キロ先の牧場センターに向かう。
運転は一番下手な奴に任せて俺たちは荷台でジェットコースター遊びだ。もちろん、免許証、持っていないのを選ぶ。
道中は珊瑚、岩の突き出たひどいでこぼこ道だった。
俺たちの体は痣だらけで、よく荷台から放り出されて岩に叩きつけられた。不思議なことに誰一人として怪我をしない、覚悟ができていたからだろうか。

センターには、約百m四方の柵、水飲み場、種牛の牛舎、倉庫などがあり、そこを囲むような形で珊瑚でそれぞれ境界線を囲った牧草地が五つ、扇状にあった。
毎日、順繰りに五百頭余りの牛を放牧していた。

牛をまずセンターの柵に集めるのがここでの最初の仕事だった。
缶詰主体の食事はいただけなかったが、朝一番に大声を出して牛を追い立てるというだけで、ここでの健康は約束されていた。
柵に五百頭余りの雌牛を集めた後、発情した牛を気長に待つ、他にやることがない。
カウボーイは暇な職業だと思った、西部劇では、これで馬なんだからほとんど遊びに近い。

発情した牛は相手が雌牛だろうが背中に乗ろうとする。
ここでカウボーイは動く、ここのカウボーイはかっこよくない。
二メートル程の棒の先端にロープで輪を作って無様に走る。
狭い空間に閉じ込められている五百頭もの牛の間を走り回るのは容易ではない、しかも地面に平らな所はなく到る所、珊瑚、石が突き出ている。
何度もけつまずいて牛にぶつかって踏まれそうになった。
雨の日などぬかるみに足を取られて滑った。
もうカウボーイにはなりたくない。
牛はおだやかな?動物だった、彼らの足元で怖がっている自分がこっけいに思えるぐらい知らん振りしている。

種付けは楽しいものではなかった。
なんとか五人がかりで発情した雌牛を捕まえて、珊瑚を二mほどの高さに積み上げた約10m四方の囲いに入れて首だけ囲いからのぞかせ、身動きできないように角をガジュマルの木に縛りつけた。
首の後ろは柵の中、みんな一様に不安そうだ。

それから軽く見積もっても六百キロはある種付け牛を牛舎から連れて来る。
若いのと年老いたのが、それぞれ三頭ずついた。
後者はやたら前戯が長い、人間と同じだ。
七三の割合で若いのを極力選んだ、当たり前だ、他人?のをのんびり見るのは勘弁してほしい。
年の功か、なぜ自分たちにお呼びがかからないのかを彼らも知っていた。
だから非常に、異常に、柔順だった、囲いに行くまでは、もちろん表面だけ、気持ちはとうに他所へ跳んでいる。
体は今にも破裂して数百人分のステーキが焼けるぐらい興奮している。
それを理性で?、彼らにもあるのだ、コントロールしようとあがいている。当然、俺たちと同じで女性を前にできるものではない。
彼らには悪かったが、あのアンバランスな躍動感は笑えた。
巨体のバレリーナ、白鳥の湖でもなんでも踊れそうだ。

種付け牛の歓喜の表情とは対照的に無理矢理、犯される雌牛はかわいそうだ、悲惨だった。
そのイメージも早朝出くわす、生まれたばかりの子牛を連れた母牛を見て徐々に薄れていった。

契約が三ヶ月なので人の入れ替わりが結構激しかった。
後二週間で契約が切れる斉藤さんという旅人がいた、一番の古参だ。
彼がその年老いたバレリーナの踊りを見たさに悪ふざけをやった。
囲いに入れる寸前に上演中止を告げるのだ、彼らの落胆は想像を絶した。
牛舎に帰る姿の痛々しいことといったら、捻挫したバレリーナどこじゃない、引退を告げられたに等しい姿だ。
俺はいい加減な人間だったので止めようとはしなかった。
でも、和夫にはそれが許せなかった、力づくで鼻輪を奪って囲いに誘導した。

いい加減な奴ほどよくしゃべる、俺のことだ、、和夫は無口、無駄口をたたかない、ただ行動に移す。
曲がったことは大嫌いだ、融通がきかない、真面目一筋、そのため皆からよく思われていない。何をやるにしても説明しようとしない、、嫌われて当然だ。
動物だけは彼を理解していた。荒れていた牛は彼の一言でおとなしくり、カラスがよく彼の肩にとまっていた。

斉藤さんの出発前夜、浜で二人は殴り合っていた。
喧嘩に改めて感服した。痛さは瞬間、お互いの心に刻み込まれるものは生きている限り残る。
二人は拳で言い合って、体をぶつけてお互いを解り合おうとしていた。

精魂尽きて起き上がれなくなった頃仲裁に行った。
誰も何もしゃべらなかった、言葉はいらない世界だ、誰かの世界に近い。

斉藤さんの見送りに、もちろん、顔が痣だらけの和夫もいた。
“和夫、お前にはもう会いたくない、だが、見かけたら声はかけれよ”
この言葉だけで二人は十分解り合っていた。

この島には二十頭あまりの野性の馬がいた。彼らは二つのグループに分かれ、雌馬の争奪にあけくれていた。
カゼが率いる十五頭と若い黒がリーダの五頭だ。
たまに出くわす二頭の戦いは熾烈を極めた、KI、プライドどこではない、ルールなしの死に物狂いだ。
体力のある若い黒が勢力を伸ばそうとカゼに挑んでいたが、無駄な動きが多くて経験の差でいつも打ち負かされていた。

毎日、昼前、一族を引き連れてカゼがセンターの水桶目がけて来た。
彼らの迫力と勢いに水を飲んでいた牛は先を争って逃げる、まるでギャング団の襲来だ。
俺たちには近寄ろうともしないのに、怖くて近寄れなかったのだが、カゼは和夫にだけは気を許した。
彼がセンターに来るのは水と彼に会うためだ、と気づいた。
いつもどこにいるのか探していた。
和夫が呼ぶと一目散に走ってきて頬擦りだ、気性の荒い野生の馬がメロメロになる、理解できなかった。

和夫が去り、俺も後一週間でここを出るという頃、雌馬を従えて水を飲みに来るようになったのは黒だった。
彼はすべての雌馬を従えていた。
カゼは戦いに負けたのだ。

それから二日後、台風の接近のため柵のチェックに行った浜で横殴りの雨と強風に打たれて戦っている二頭の馬に出くわした。
この数週間で形勢は逆転していた。
カゼは挑むのをあきらめて浜の方に駆けていった。
おんぼろトラックで後を追った。

砂浜を突き抜けた、、海に向かっている。
どうした!
上島に向かって海に飛び込んだ。
何やってる!無理だ、こんな強風、流れではたどり着けない。

案の定すごい勢いで流された。
かすかに見え隠れしていた頭も瞬く間に波間に消えた。

この島でカゼの生きる場所はもうなかったのだ。
和夫のいる黒島に行こうと、あの台風を利用したのだろうか?


ブダガヤなんかで出くわしたせいか和夫は以前よりはしゃべった。
少しは彼もいい加減な大人になった、と思っていた。

ネパールのカトマンズで、民宿で一緒に泊まった米人のとばっちりを受けて二ヶ月余り、刑務所に入っていた、と言った。
早朝、民宿に踏み込んできた警察官二人に賄賂を払わなかったからだ。当のハシシを持っていた米人は賄賂、百$払って放免されていた。

人力車の叔父さんが、手に五ルピー(20円?)紙幣を持って和夫に何か話しかけた。
彼は知らん振りしている。
とうとうお巡りさんまで来た。
彼の説明によると“このジャパニーズが余分にお金を払ったので返したい”と言っているらしい。
和夫はいつものように何もしゃべろうとしない。
これじゃあ、刑務所に入っていたのも納得だ、昔と変わっていない。
「どうしたんだ!五ルピー払いすぎたんだとよ。早く受け取れよ」
「彼の子供にあげたんだからほっとけ、いいんだよ」

もう周りは人の山で大騒ぎになっていた。
こんなことで、人力車の叔父さんも叔父さんだ、二十円だろう、黙ってもらっとけばいいのに、、
あ、同類なのか、、和夫と、、、

みんなうんざり顔だ。
受け取れないと、執拗に言い張る叔父さんの手の中で五ルピー紙幣のガンジーだけが笑っていた。



theme : 物書きのひとりごと
genre : 小説・文学

dorock修

Author:dorock修
物語,音楽をとおして何かを共有できないか、心に入り込めないか探っている者です。
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