桜井さん・短編

桜井さん
学生時代、行きつけのジャズ喫茶で、ジョン・コルトレーンのAFRO・BLUEとNAIMAをリクエストする六〇前後のおじさんがいた。
目を閉じ、口を少し開け、顔は恵比須さんのようだった。
この二曲を聴き終えるといつも出ていった。
偶然、山谷で半年振りにおじさんを見かけた、何かがおかしかった。
頭は振り子のように揺れている、車のクラクションで飛び跳ね、通行人にぶつかっては怒鳴られている。
逃がれようと、すべてから、逃れようと必死だ。
いたたまれなくなって話しかけた、自分自身からも逃げようとしている、そんな人に。
右足を引きずって駆けている、でも僕の歩く速度だ。
ああ、危ない、車だ。
何も眼中にない、自分自身さえないかもしれない、ただ空気のなかで漂っている。
近くのビル工事現場から大きな音がした。
すごい形相だ、一目散に走り出した、右足が地面を離れることはなかった。
その分、上半身は異常な速さで前後、上下している。
1キロ近く、間をおいて悟られないように付いていった。
ゼーゼー息を吐きながら公園のベンチに腰掛けている。
ラムネを買って、AFRO・BLUEのメロディーを口ずさみながら差し出した。
僕の顔を透かして遠くを見た。
このメロディがなんだったのか考えて、いる、ようにも見える。
数回トライして様子を見た、表情に変化はない。
NAIMAを口ずさんでいると五〇前後のおばちゃんがやってきた。
「おばちゃん、おじさん半年前と感じが違うんだけどどうしたのかな?」
「前はそうでもなかったのに最近おかしくなったのよ。週に何日か働いて好きな競馬やらパチンコやってたんよ。今日もうけたからおばちゃんこれあげるって、チョコレートやら煙草くれてたんよ。
それがね、こうなったんわ仕事で山に行ってからよ。あたしも心配で仲間の人に訊いたの、“あんたたち桜井さんに何かしたんじゃないの”そしたらね、仕事で使ってたダイナマイトの音聞いたとたん、桜井さん駆け出したんだって。
そんとき八mの崖から落ちたらしいんよ。でも、それじゃなくってね、ダイナマイトの音が原因らしいんよ。
なんでも、軍隊で大砲を撃ってたらしいんよね、砲、撃、、手?弾を込める?そのためらしいんよ。
ダイナマイトの音で、昔の嫌な記憶が呼び起こされたんだろって、お医者さんが言ってたらしいんよ。ほんと、あんた悲劇よ!身寄りがいるのかわからへんし」
おばさんは一気にしゃべると溜め息をはいた。眉間にしわを寄せて、桜井さんを心配そうに見つめている。
おじさんは瞬きもせず、まだ遠くにいる。
もう一度AFRO・BLUEを耳元でサックスの音に似せてトライした。
駄目だ、もう桜井さんはあのリクエストしていた頃とは繋がっていない。
無性に腹立たたしくなった。
今更なんになる、半年前に戻っても。
おばちゃんに会釈して行こうとした。
AFRO・BLUEのフレーズが音をはずして聞こえてきた。
まだ俺たちの世界と繋がっていた。
いっしょに歌った。
桜井さんは、目を閉じて、口を半開きにしてあの恵比須顔だ。
半年前がなつかしい、、
僕にもいろいろあったからひどく嬉しかった。
なぜコルトレーンのこの二曲が好きなの?
何を見てるんだよ、おじさん?
まだベンチでNAIMAを歌っていた。
桜井さん、もう大丈夫だよ、そんなに歌えれば、、
音もはずれていないよ。
振り返ると僕を見ていた。
夕日が差した、僕と桜井さんだけを照らしている。
恵比寿さんの目は光っていた、あの頃より恵比寿顔だ。
学生時代、行きつけのジャズ喫茶で、ジョン・コルトレーンのAFRO・BLUEとNAIMAをリクエストする六〇前後のおじさんがいた。
目を閉じ、口を少し開け、顔は恵比須さんのようだった。
この二曲を聴き終えるといつも出ていった。
偶然、山谷で半年振りにおじさんを見かけた、何かがおかしかった。
頭は振り子のように揺れている、車のクラクションで飛び跳ね、通行人にぶつかっては怒鳴られている。
逃がれようと、すべてから、逃れようと必死だ。
いたたまれなくなって話しかけた、自分自身からも逃げようとしている、そんな人に。
右足を引きずって駆けている、でも僕の歩く速度だ。
ああ、危ない、車だ。
何も眼中にない、自分自身さえないかもしれない、ただ空気のなかで漂っている。
近くのビル工事現場から大きな音がした。
すごい形相だ、一目散に走り出した、右足が地面を離れることはなかった。
その分、上半身は異常な速さで前後、上下している。
1キロ近く、間をおいて悟られないように付いていった。
ゼーゼー息を吐きながら公園のベンチに腰掛けている。
ラムネを買って、AFRO・BLUEのメロディーを口ずさみながら差し出した。
僕の顔を透かして遠くを見た。
このメロディがなんだったのか考えて、いる、ようにも見える。
数回トライして様子を見た、表情に変化はない。
NAIMAを口ずさんでいると五〇前後のおばちゃんがやってきた。
「おばちゃん、おじさん半年前と感じが違うんだけどどうしたのかな?」
「前はそうでもなかったのに最近おかしくなったのよ。週に何日か働いて好きな競馬やらパチンコやってたんよ。今日もうけたからおばちゃんこれあげるって、チョコレートやら煙草くれてたんよ。
それがね、こうなったんわ仕事で山に行ってからよ。あたしも心配で仲間の人に訊いたの、“あんたたち桜井さんに何かしたんじゃないの”そしたらね、仕事で使ってたダイナマイトの音聞いたとたん、桜井さん駆け出したんだって。
そんとき八mの崖から落ちたらしいんよ。でも、それじゃなくってね、ダイナマイトの音が原因らしいんよ。
なんでも、軍隊で大砲を撃ってたらしいんよね、砲、撃、、手?弾を込める?そのためらしいんよ。
ダイナマイトの音で、昔の嫌な記憶が呼び起こされたんだろって、お医者さんが言ってたらしいんよ。ほんと、あんた悲劇よ!身寄りがいるのかわからへんし」
おばさんは一気にしゃべると溜め息をはいた。眉間にしわを寄せて、桜井さんを心配そうに見つめている。
おじさんは瞬きもせず、まだ遠くにいる。
もう一度AFRO・BLUEを耳元でサックスの音に似せてトライした。
駄目だ、もう桜井さんはあのリクエストしていた頃とは繋がっていない。
無性に腹立たたしくなった。
今更なんになる、半年前に戻っても。
おばちゃんに会釈して行こうとした。
AFRO・BLUEのフレーズが音をはずして聞こえてきた。
まだ俺たちの世界と繋がっていた。
いっしょに歌った。
桜井さんは、目を閉じて、口を半開きにしてあの恵比須顔だ。
半年前がなつかしい、、
僕にもいろいろあったからひどく嬉しかった。
なぜコルトレーンのこの二曲が好きなの?
何を見てるんだよ、おじさん?
まだベンチでNAIMAを歌っていた。
桜井さん、もう大丈夫だよ、そんなに歌えれば、、
音もはずれていないよ。
振り返ると僕を見ていた。
夕日が差した、僕と桜井さんだけを照らしている。
恵比寿さんの目は光っていた、あの頃より恵比寿顔だ。
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